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裏側


 スミギナとの騒動の後。

 オブザが行ったことは二つだ。


 一つは自己紹介。

 これには奴隷と奴隷が情報を得るという意味があった。


 もう一つは、この先のことの説明。

 勿論雷がダンジョンマスターということといった機密事項は伏せ、あくまで迷宮都市での予定を知らせた。


 そして明日の予定を告げて、雷は退出した。


 雷が去った後、残された奴隷たちには安堵の表情が浮かべる。

 やがてスミギナが、囁くように言った。


「……一体何なんだよ、あいつ。わけのわからない技使いやがって」


 その言葉が指しているのは、間違いなく先ほどの一件だろう。

 元Bランク冒険者でも見たことがない技。この場にいる誰もが騙された幻術。他の奴隷たちも、あのような完璧な幻術は初めて見るものだった。


 やがて、恐る恐るといった様子で、イネアがスミギナに聞いた。


「あの……スミギナさん。あれもスキルの一種……なのでしょうか?」


 イネアのその言葉に、他の奴隷たちもスミギナに視線を向ける。

 自己紹介の時に、スミギナがBランク冒険者ということは知らされているので、他の奴隷たちももしかしたらという希望をもってスミギナを見る。


 その視線を受け、スミギナは息を吐きこう答えた。


「ああ。恐らくだが、あれはスペシャルスキルと呼ばれているものの一つだろう」


「スペシャルスキル?」


「詳しいことは省くが、簡単にいえば通常よりも特殊なスキルだ。普通のスキルよりも、強力なものが数多く存在している。俺は何度かSランクといった化物が使うスペシャルスキルを見ているが、正に規格外といった感じだ。あのスキルも間違いなくその一つだろう」


「そんなに凄いスキルなのですか……」


「ああ、あのオブザとかいう主人は、一体何者なのかね」


 スミギナはそう言うとそのまま立ち上がる。

 その手には己とイネアに振り当てられた部屋の鍵があった。


「さて、俺は部屋に行って休む。また明日な」


 スミギナのその言葉が引き金になり、他の奴隷たちもそれぞれの部屋に戻っていく。

 その胸中には、様々な思いが渦巻いていた。


 =========


「失礼しま~す」


 冒険者ギルド。

 少し古びた扉が開く音と共に、一人の中性的な青年がギルドマスターの部屋に入室した。


 入室したのは、紺色のキャップ帽を目深にかぶった、へらっとした笑顔を浮かべている中性的な顔立ちの少年だった。

 白を中心とした清潔感ある薄着の服装は、ギルド職員に支給されている制服ではないが、胸に輝く徽章が、彼をギルドのある部の人間であることを証明している。


 それを見て元々部屋にいた人物、ガニム・ケンドリフィは笑みを浮かべた。


「来たか、ミュディガ」


 =========


「今は、ヴァネッサちゃんはいないの?」


「ああ、別の仕事をやらせている」


 質問に答えると同時に、ギルドマスターの、ガニム・ケンドリフィは、改めて常に笑顔を浮かべている目の前の青年を見る。


 第一冒険者ギルド一課所属の隊員、ミュディガ・ジークリンス。

 元A級冒険者の肩書を持つ彼は、とある欠点がなければ、文句の付け所がないほどに優秀だ。腕もあり、様々なダンジョンを渡り歩いた経験もある。


 その経験と実績から、ガニムは彼をオブザの監視員に任命した。そんな彼をここに呼んだ理由は、主に釘を刺すためである。


「ミュディガ、話は既にウェルスから聞いているな?」


「まあ、大体はね~」


「お前をここに呼んだ理由は、既に分かっているだろう?」


 ガニムはここで一度言葉を切り、鋭い眼光でミュディガを射抜く。

 それを受けたミュディガは表情を崩すことをなく、次の言葉を待っていた。


「前回と、同じことは絶対にするなよ?」


 それを言われたミュディガは、一瞬だが笑顔を消した。

 その一瞬、ミュディガの瞳の奥に浮かんだものを、ガニムの目は見逃さなかった。

 そしてミュディガは、すぐにいつもの笑顔を戻すと、何でもない風に答える。


「……分かってますって~。僕も、毎度毎度戦争をしたいわけじゃないですから」


「ならいい。くれぐれも、肝に銘じておくように」


 ガニムはそれを言い終わると、ミュディガから視線を外す。

 失礼します、といって退室したミュディガを、ガニムは複雑な気持ちで見送った。

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