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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
69/85

Part.8 問答

「待って、サンゴちゃん!」

「っ!!」


 鋭く尖った金属パイプが七曜の目を射貫く寸前、七曜の静止の声がウララの動きを止める。まさかばれたのか? 動揺を悟られないように、ウララはサンゴの声を出す。


「どうかしたの?」

「君は本当にサンゴちゃんかい?」

「……っ!?」


 跳ね上がった心臓が、金属パイプを握る手に汗を滲ませる。両手を拘束され、目を閉ざされた追い詰められきった七曜の抵抗に、彼を鼻で笑っていたウララは見事なまでに意表を突かれたのだった。どこにバレる要素があったのだろうか? バクバクと鳴り続ける心臓を押さえながらウララは今までのやりとりを思い返す。


 ――いや、待て。まだコイツはウチに気付いてない。気付ける根拠なんかないはずだ。


 おかしなところなどない。どこにも七曜が気づける要素などなかったはずだ。喜怒哀楽や性格を調べ上げ、更に彼女の声を何度も聞き、何度も練習した。攪乱や暗殺に幾度となく使ってきたこの技術に、ウララは絶対の自信がある。大丈夫、コイツはまだ疑っているだけだ……いくらでもごまかせる。押しの強いサンゴに化けていたのは幸いだった。ここでちょっとぐらいムキになっても怪しまれることはないだろう。


「本当もなにも、あたしはサンゴよっ!! なによ、ちょっと会ってないだけで声も忘れちゃったの?」

「よく覚えてるよ。だからこそ不安なんだよ」

「はぁ!?」

「君が本物だったら申し訳ない……だけど、敵の中に声帯模写ができるヤツがいるっぽくてね」

「はぁ? 声帯模写ってなによ?」

「知るわけもないか……さっき電話越しに騙されてね、まんまと敵の罠にかかっちゃったんだ。セキラが火蓮ちゃんを操って声を出させた可能性もゼロじゃないとはいえ、もしかしたら君が声をマネできるヤツかも知れないだろ? 生憎、今目が見えないんだよ」


 そう言えば、1時間ほど前にウララは木下火蓮の声で七曜に電話をしていた。セキラと闘った、と言う事はセキラは火蓮を手の内として利用していたハズだろう。ならば、七曜が声帯模写を使える者が協力者にいることを知っていてもおかしくはない。

 鋭い……セキラを切り伏せただけのことはあるとウララは冷や汗を感じながらも、冷静に声を荒げる。


「そんなわけないじゃないっ!! なによ、どうしたら証明になるのよっ!?」

「そうだね。いくつか質問をしても良いかい?」


 ――大丈夫……疑っているだけだから。確証は得ていないはず。


 自分を落ち着けるべくウララは聞かれないように深呼吸を漏らす。的確な状況判断に驚きはした物の、サンゴではないと言う証拠を掴んでいるわけではない。


 ――しっかりと答えれば、大丈夫なはず……大丈夫、落ち着けば、いける。


 深呼吸をして自分を落ち着かせる。元々ドライな性分なのが助かった……既に、ウララの内に焦りなどない。


 ――ここで相手にしているのがコイツだったのは助かった。烏飼一樹だったら、迷わずウチに攻撃してきたはずだ。


 目がふさがれているのに、自分をじっと見つめているように七曜の顔はこちらを向けられている。すべて見透かされているような錯覚を受けるが、そんなことはありえない。なんなら、今のうちに刺せないだろうか? いや、彼からは隙が感じられない。万が一刺すそぶりを気取られれば、自分の首を絞めるだけだ。ここは出方を窺うのが妥当だろう。


「……しょうがないわね、それで気が晴れるなら良いわよ」


 ――化けるとき、マネするとき、どちらにせよウチ達はしっかりと下調べをする。だから、答えられない質問なんかあるわけがない。


 特にサンゴに関してで言えば、魔界からの情報だってある。一樹や七曜に関してよりも正確な情報を掴んでいることもあるからこそ、この場を乗り切る自信はある。


 ――それにね、後藤……もう3分経ってもウチが仕留められなかったら、リンが来る。3分以内に考えつかなかったらどのみちアンタは詰み。さて、どうくる?


 得た情報の中には、当然のことながら七曜の背景(バックグラウンド)のことも入っている。最近は日和っているとはいえ、サンゴにも勝るとも劣らない戦闘経験を持っているのだ。この作戦を看破される可能性はゼロではない。それを見越しての二重の不意打ち作戦なのだ。生まれついての性分だが、相手の緊張感を削いで油断を生じさせる軽い言動と、高い計画性。どちらの意味合いでもリンは一流のマジシャンなのである。

 ちょうど考えついたようだ。七曜は質問を口にする。



「君の【アプソル】の最大全長は?」

「3mよ」

「お母さんの名前は?」

「ラル」

「火蓮ちゃんがいつも首に巻いている物は?」

「マフラーね」

「一樹の飼い犬の名前は?」

「ケパロスよ」


 その程度の情報しか出ないのか、と溜息をつきたくなる。ここ一週間みっちりと調査を繰り返してきた身だ。答えられないわけがない。


「浅葱ちゃんが悩んでいることってなに?」

「自分の肌が黒いことじゃないかしら? 昨日会ったばかりだけどそんなこと言ってた気がするわ」

「君の好きな花は?」

「サクラよ」

「君がこっちに来たときに初めて食べたものは?」

「一樹の……卵焼きよ。おいしかったわね」


 ――危なかった……割とギリギリのところついてくるわね。


 ココに来た直後の情報であれば調べていないと思っているのだろうか? 確かにそうだったのだが、生憎その件であればこの一週間で何度かサンゴが口にしていたため知っている。


「ヴァンと闘った時、僕らはどこに向かっていた?」

「イツキと出会った所よ。なんて名前だったかしら?」

「さぁ、僕も分からない。じゃあ、最後の質問だ」


 これで終わり? まだボロなんか出してないよ? とウララは少し苛立ってくる。さっきからずっと頭上に降り注ぐ雨の感覚が鬱陶しい。濡れると頭が痛くなってくる。


「キミのスリーサイズは?」

「……なにどさくさに紛れて変な質問入れてるのよ!? 刺すわよ?」


 サンゴさながらの迫力で鉄パイプを突き付けるが、これは演技と言うよりは本音に近い。時折体を使うことがないわけではないのだが、それでも急に下ネタを振られると拒否反応の方が大きい。気配で察したのだろう、七曜は身をのけぞらせて乾いた笑みを漏らす。


「あはは、ゴメンゴメン冗談だよ」

「もう、こんだけ答えられれば良いでしょう!? スラスラと出てるんだから、怪しいわけないじゃない!!」

「ごめんごめん、疑って悪かったよ」


 謝りを入れて七曜はにこりと笑う。

 ――よかった、なんとかな――

「やっぱり、偽物だね?」

「うごっ!?」


 間髪入れずに振り上げた足がウララの腹に突き刺さる。その蹴りには本物だったらどうしようか等という迷いはない。一発で仕留めんとするほどに力のこもったものだった。腹を押さえながら後ろに蹲り、サンゴの声を振り絞る。


「なっ、何するのよっ!! 本当に痛かったじゃないっ!!」

「白々しい演技はやめなよ。もうばれてるって」

「くっ……どっ、どうして……」


 もはやこれまで……観念してウララは声をいつもの調子に戻す。


「どうして、分かったの!? 完璧に答えたはずなのに!?」

「うん、全部完璧に答えてたね。でも、質問なんかどうでもよかったんだ……最初で、随分と長い間黙ってたよね?」

「……まさか、既にそこで?」

「確証は得られなかったけど、怒ってるサンゴちゃんなら考えるよりも先に口が動くはずだ。それに、確かめた方法はそれだけじゃないよ」


 七曜は手のひらをこちらに向けて広げる。手のひらからは鉄線が伸びており、その先を辿れば自分の背後に直立しているではないか。傘の持ち手のように途中で折れ曲がって自分の頭に触れている。雨の感触に紛れて気付かなかったが、その鉄線は自分の頭に触れていた。


「身長を……測ったのか? 抜け目のない男ね」

「背丈までマネされたらどうしようもなかったとは言え……こうやってね、"ストリング"を伸ばしてたの。質問はその時間稼ぎさ」

「そう……でも、お前が不利なことは変わらない!」


 そう言ってウララは鉄パイプを拾い上げる。踏み込んだ直後、何の迷いもなく喉元を狙った。殺してしまうかもしれない? そんなこと知るか、この腹の痛みと見破られたショックへの恨みを一心に込めて放つ。


「すごいパワーだね……ひやっとしたよ」


 七曜はその一突きに合わせて砂の拘束を破壊したのだ。軌道が読めるほどゆっくりとした一撃だったわけではない。だが、七曜は心臓か喉元か、そのどちらかを狙ってくることだけは予想していた。ならば、話は早い。


 先程の"ストリング"をそのまま伸ばし、鉄パイプに巻き付けた後にそのまま拘束された箇所まで上げたのだ。砂は勢いよく破裂し、パイプは七曜の手をかすり大きな切り傷を生んでいる。だが、拘束を解くことはできた。自由になった手には、あらかじめ生み出しておいたであろう"内炎"が燃えている。炎を砂に叩き付けると、その砂はぽろぽろと崩れ去っていく。露わになった目があった瞬間、七曜はその目を丸くした。


「あれ、中々可愛い子じゃん。」

「……は?」

「昨日から僕否定されまくってるな。そろそろ傷つくよ?」


 苦笑を漏らしながら七曜は地を這わせていた"ストリング"を回収し、そのまま左手に巻き付ける。右手にもまた鉄線でできたグローブを作り出し、拳同士をぶつけ合ってカシャンと金属音を響かせる。


「好きなだけ傷つけばいいじゃない。ウチには関係ない事だし」


 こうなってしまっては戦うしかない。相手は既にセキラにやられたボロボロの体だ。なにより、今ここにはリンが向かってきている。彼が不利なことにはなにも変わらない。


「道理だね。しかし、女の子を相手にするってのはちょっと嫌だな……」

 ――まっすぐな目……分断して心が折れるかと思ったけど、立ち直ったみたいね。


 それでも、どうしてこの男は澄み渡った空のような顔をしているのだろう? ウララは雨も嫌いだが晴れはもっと嫌いだ。本が傷むしなにより暑い。忌々しい太陽を思い出すその顔には迷いがない。不利な情勢は一緒なのになぜ笑っていられるのか、不愉快な気分に舌打ちをしながらウララは七曜を睨め付ける。


「したくないならしなくて良いんじゃない? ウチは構わず攻撃するけどね」

「言っておくけど、僕は戦う覚悟があるんなら誰でも殴るよ? だからこそ……ここは、押し通らせてもらう!」

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