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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
68/85

Part.7 手品

「早くめくってよ~!」

「待ってよ、もう」


 ギョロギョロとオッドアイを覗かせるリンを鬱陶しそうに払いのけながら、ウララは本の世界へと没頭する。一語一語をじっくりと読んでいく彼女の読書スタイルは必然的に時間がかかる。対して、話の概要を掴めれば語句の表現などどうでもいいと考えているリンはページをパラパラとめくることを好む。真逆の二人が同じ本を一緒に読むことなど土台無理なことなのだ。そもそも主導権はウララが握っている。ウララはマイペースにページをめくりながら、首だけを傾けてリンに文句を零す。


「自分の本を読めば良いじゃない」

「持ってないもん! あーあ、退屈的な~……」


 唇を尖らせながらリンは窓の外へと目をやる。ざぁざぁと絶え間なく降り注ぐ雨の音に釣られてウララもまた視線を移した。

 露骨にガッカリしながら顔を曇らせる彼女は、雨をなぞるかのようにツーッとガラスの上で指を滑らせる。


「雨降ってるから外にも遊びに行けないし……」

「遊びに行くって、ここは戦場よ。なに悠長なこと言ってるの」

「本読んでる人に言われたくないよ~!」

「……」

「都合が悪くなると無視する大人的な対応来た!」


 ぶーぶー言ってるリンから目を離して、ウララは再び文字が織りなす世界へと入り込んでいく。自分が集中したことに気付いたのか、茶化すのをやめてリンは外を眺めたのだろう。雨の音とページをめくる音だけが聞こえる静かな空間、テンポよく聞こえる雨の音はむしろ心地が良い。晴れていると暑い上に本が日焼けしてしまうからウララは嫌いだ。


「……」


 ペラッ、とページをめくる音が響く。一人きりで本を読んでいるかのような心地よさを感じてそれはそれでいい……のだが、どこか物寂しい。そもそもこの空間には自分だけではない、リンもまたいるのだ。一人きりの空間は一人きり、もしくは喫茶店やバスの中と言った見知らぬどうでも良い人間ばかりの一人きりの時が心地よいのであって、見知った者と一緒の空間における一人きりはただ辛いだけだ。淡々とした口調ながら、確かに怒りの感情を込めてリンに向かって言い放つ。


「リン、静やか」

「えぇ、なんで怒られたの!? 理不尽的だよ!!」

「ほどよく五月蠅くしてれば良いのよ」

「あっ、もしかして寂しいの~!?」

「要するにそう言うことで……いや、そういうわけじゃ、ない、けど……」


 気恥ずかしさを感じて思わず黙り込んでしまう。そんなウララの顔を見て、リンは「うわぁあ!!」と嬉しそうにしゃがれた声を上げる。


「だからウラちゃん大好きっ!! 寂しいなら寂しいって言えば良いんだって!!」

「……まぁ、ちょっとは寂しいわよ」

「オッケーオッケー! じゃあ、草上凜、余興に軽ーく手品をしま――」


 ブルルッ、と言うバイブレーションの音がリンの腰辺りから響く。リンは「もう、良い所なのにっ!!」と苛立ちを見せながらポケットに手を突っ込む。


「敵?」

「そうみたいだね。誰かな~っと?」


 ポケットから取り出されたものは……どこにでもありそうなシルクのハンカチである。黒色と青色の線が交互に入り交じっている男物のハンカチは、風が吹かないこの室内でもなぜか小刻みに揺れている。バイブレーションの音と相まって震える奇妙なハンカチをリンは触る。まるでスマートフォンを弄るかのように片手で触っているが、そのハンカチは気付けばスマートフォンに変わっていたのだ。暗証番号を入力して、形態を立ち上げた直後……先のしゃがれ声よりも、心なしか喜色を強めて叫びだした。


「七曜くんじゃん!! 相変わらずかっこいいなぁ~! メガネないけど、それもまたそそるね~!!」

「……で、これどこのカメラ?」


 キャーキャーと声を荒げながらもすばやく画面をキャプチャするリンの姿が気にくわない。ウララはリンから携帯をひったくり、画面を操作しながら場所を確認する。


 駅から繋がる道の内、3番目に遠い場所のカメラであるらしい。であれば、ここに来るのは5分後ぐらいだろうか? 考え込みながら、ついでに写真フォルダを開いて七曜の写真を完全削除していく。他にも何人か顔立ちが少しばかり整っている人間の男の写真が並んでおり、その中にはセキラやムラサメも入っているではないか。いつの間に撮ったのだろうか。苦い顔をしながらウララはそれらの写真も消していく。


「あぁ~、ちょっと~!! 水に濡れて走ってる、しかもノーメガネの七曜くんなんて、レアショットだよ!? 必死な形相であちき達の手のひらの上を踊ってる姿にすごく好感的なのもてるじゃん!!」

「そうね。それでそのイケメンくんをどうするの?」

「そうだね~……当然、たっぷりと楽しませるよ!! どうしようかな~?」


 赤く染めた頬と共に、リンの口角が柔和に上がる。七曜(イケメン)を"落とす"ために策略を張る姿は小悪魔のような女の子を彷彿とさせて、まさに恋する乙女に相違ない。


 "落とす"、と言っても"落とし入れる"と言う意味であるが。


「よし、決めたっ!! "入れ替えマジック"!!」


 リンは指をパチンと鳴らす。楽しそうに手品を考えついたリンを見て、ウララもまた心が躍る。手持ちの本を閉じて、彼女の策を聞き始めた。


 ***


 浅葱からの処置のおかげでどこか体が軽くなったのを感じる。

 あれから、倒れている火蓮を屋根の下まで運び、浅葱と共に待っていてくれるように七曜は頼んだのだ。何があったのか、詳しい事は話していない。それでも浅葱は「分かりました」と快諾してくれたのだ……彼女達を攫う者が出ないとは言い切れないが、自分といるよりはマシかもしれない、そう思って七曜はより一層早期解決を望んで走っていたのだ。


 行く先に人影が見える。その顔を見て、七曜は足を止めた。


「まさかここで君に会うなんてねっ!」


 龍穴へと向かっていた七曜は、人影を見つけて声を荒げた。その内容とは裏腹に彼の声はそこまで驚いてなどいなかった。


「やっぱり、君はそっち側ってことで良いのかな、六花さん?」

「そっち側もなにも、お前の味方になった覚えなどないのだがな?」


 目の前にいるのは長い髪をはためかせて仁王立ちをする国柴六花その人だった。美しさが刻まれた氷像のような透き通った頬と、見る物を威圧し自信の役割を果たさんとする仏像のような威圧感を同時に放つことができる人物など七曜はこの人物以外知らないし、恐らくこれから先もそう出会えないだろう。"間違いなく"国柴六花が、目の前に立ちふさがっている。


 ――あれ、でもなんか違和感が?


 彼女の見た目になにかおかしい所があるわけではない。彼女から感じる迫力もまた間違いない。だが、なにかが少し違うような気がしてしまう。


 彼女の声はこんな声だっただろうか?


「残念だよ。同じクラスなんだし、仲良くできればなって思ってたのに」

「たかだか同じクラス程度で仲良くされるなど……」


 そう言って六花は駆け出す。突っ込んできた直後、彼女の姿がふと消える。


「虫酸が走る!!」

 ――上かっ!?


 走り幅跳びの要領で飛びかかりながら蹴りを放っていたのだ。直感で頭上を仰いだ七曜は、足をこちらに向けて突っ込んでくる六花のつま先が目に止まる。咄嗟に腕をクロスさせて頭を護るが、その蹴りの勢いに腕が砕けそうになる。


「そんなつれないこと言わないでよ!」


 空中で受け身が取れない姿勢であればこちらが攻めることはできる。"狭界"に入れる魔力と、こちらに向かってくるその敵意に遠慮など七曜は覚えない。"ストリング"を伸ばして拘束し、一気に"内炎"を叩き込もう、そう決めた七曜はしかし手が動けない事に気付く。先日、サンゴが拘束されていた際に見たのと同様の砂が、ちょうど右腕と左腕を交差させた部分を固定させるように貼り付いていた。


 ――砂っ!? しまった、この体勢はヤバイっ!!


 先程つま先を押さえた箇所だが、その際に砂の魔術を打ち込まれたらしい。"雨の中でありながら"砂の拘束はほどくこともできずにびくともしない。悠々と着地した六花は、着地際に七曜に向けて足を振り上げる。


「危なッ!!」

「チッ!」


 スカートであることなど意にも介さないその振り抜きだが、中身を見ている余裕など当然無い。上半身を後ろに傾けてつま先を回避する……が、同時になにかが七曜の目元に飛んできた。


「ぐっ!?」


 なにか、を見ることを七曜は許されなかった。

 七曜の目になにかが入ってきて、反射的に目を閉じてしまった。目に"それ"が入ることはかろうじて防げた物の、どうやら彼女にとって閉じる閉じないは関係なかったらしい……上瞼と下瞼の辺りにガッチリと砂が張り付く感覚が襲う。


「しまったっ!!」


 砂を取り払うこともできなければ、目を明けることもできない。最初から直接攻撃ではなく、こちらの動きを縛ることに六花の目的はあったようだった。


「なんだ、敵にもならないではないか」


 六花の足が七曜の脇腹を抉る。鈍い痛みに七曜は顔をしかめることしかできない。続けざまに入ってくる蹴りの威力は先の戦闘で傷ついた七曜の体をじわじわと蝕んでいく。


 どう切り抜けるか、考える時間が増す毎に六花の連撃は続いていく。足を滑らせ、盛大に腰から落ちていってしまった。六花が足を振り上げてトドメをささんとする気配が伝わってくる。


 ――やられた……クソ、ここまでかっ!?

「ようやく見つけたわ、リッカぁああっ!!」


 間一髪、聞き慣れた声と共に、足音が近づいてくる。一瞬の後、バシィっ!! と言う鈍い音が七曜のすぐ近くで聞こえてくる。


「大丈夫、シチヨウっ!? あんた、目つぶされてるじゃない!!」

「サンゴ、ちゃん?」

「ちっ、ココに来て増援か……」


 悔しがる六花の声と共に、足を振り払う音が聞こえる。どうやら、サンゴの槍を六花は足で受け止めて、それを払った音らしい。


「……ここは、1回引くか。別にここで勝つ必要などないしな」


 捨て台詞と共に走り去っていく音が聞こえてくる。足音は徐々に遠くなっていき、気付けば雨の音だけが聞こえるだけとなっていた。荒くなっていた呼吸を整える音が聞こえて、直後に手が引っ張られて立たされる。


「もう、しっかりしなさいよシチヨウ!! また逃がしちゃったじゃないっ!!」

「ははは、面目ない……無事で良かったよ! 大丈夫かい?」

「アンタの方がケガ酷いじゃないの!……ほら、ちょっと見せなさい」


 姿は見えないが、その"声"は間違いなくサンゴのそれである。久しぶりに聞く声ではあるが、孤軍奮闘状態の今、唯一味方とも言える声が聞こえてくれることに七曜は安堵を覚えていた。カリカリと爪で引っ掻く音が聞こえてくる。


「固くて取れないわね……前受けたあの砂と一緒だわ」

「あの時は内炎を注いだんだっけ? まったく、それも含めて手を塞いだのかな?」


 手の方が離れないかと七曜は力を入れるが取れる気配がない。ありったけの力を込めるが、砂の拘束はがんじがらめに七曜の両手を捉えている。


「あたしでも無理だったもの、アンタにできるわけないじゃない」

「ご尤もだね。サンゴちゃん、【アプソル】で傷つけられないかな?」

「そうね、やってみるわ」


 地面に投げ捨てた槍を拾う音が聞こえてくる。


 ***


 ――チョロいわね……作戦通り。


 キスでも待つかのように間抜けヅラを見せる七曜に、ウララは笑いを堪えるのが精一杯である。こんな顔のどこが良いのだろうか?


 現代社会では忘れがちなことであるが、敵味方の連絡が取りづらいこの状況下において、情報の力とは想定以上に大きい物である。現在ウララでも六花がどこにいるのかは知らない。おおよそ真実を知らせてやけっぱちになっているのではなかろうか? そんなことはどうでも良いが、とりあえずここにはいない。そしてサンゴは自分達が取り押さえている。だが、一切その情報を持たない上に、情報が入る目を封じられた七曜は与えられた物をそのまま信じざるをえないのだ。


 リンが立てた算段は、確実に七曜を追い詰める物だった。六花の姿で攻撃を繰り返していくこともなしではないが、ここに来るまでにセキラを倒しているのである。もしかしたら倒される恐れがあるかもしれないと思ったリンは、不意打ちを目論んだのだ。


 そのとっかかりとして、まずは六花の姿をしたリンが七曜の前に立つ。この際、砂を用いて目つぶしを行い、そこでサンゴの声をしたウララが乱入する。こうすれば、七曜はサンゴを疑いもせずに受け入れていくらでも隙ができるはずだ。姿を自由に変えられるリンと、声を自在に変えられるウララ。リンもある程度声帯模写ができるとは言え、聞き慣れたヒトからすれば違和感を覚えても仕方がないレベルであったりする。音和の姿をしていたときにマスクをしていたのもそれを誤魔化すためだったのだ。そのため、六花ではないことがバレる可能性もゼロではなかったが、それぞれの良さを活かしたこの作戦はついに完遂の一歩手前まで来ていた。


 ――別に殺しはしない……けど、再起不能にはなってもらう。


「そうね、やってみるわ……」


 先程投げ捨てた槍……ではなく、先を尖らせた金属パイプを拾い上げて突き付ける。


「手元が狂ったらごめんね、シチヨウ!」


 切っ先の狙いは目。しかし、その振りかざしには砂を貫いてそのまま七曜の目を潰さんとする勢いを持っていた。

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