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名もなき物語  作者: 白カギ
《解決の物語》
65/85

Part.4 拠所

「……さて、と」


 内部を燃やす、と言う単語だけを聞けば物騒に聞こえるかも知れないが、燃やすことができるのはあくまでも魔力であり、臓器を燃やす類の物ではない。相手を殺すのが目的なのではなく、あくまで相手の魔力を燃やし尽くして戦闘不能に追い込むための魔術なのだ。そろそろ"内炎"も燃え尽きたはずだ。気を失っているセキラを長めながら七曜は彼をどうするか考える。


 ――僕は手錠なんか持ってない。かと言って、"ストリング"で縛ろうにも……


 チラリと地面に倒れ伏せている不良達の姿を見る。セキラの魔力から解放されたのか、彼らの肩にすでに釘は残っていない。全員が全員、気絶したように大人しくなっていて襲いかかってくる心配はない……はずだが、釘などなくても実は操る事ができるのではないか? と言う疑問から"ストリング"を解くことは躊躇われる。


「……なるほど、強いな後藤七曜」


 はっと目を醒まし、低い声をかけてくるセキラ。考えていた僅かな時間で目を醒ます辺り、彼もまた魔力だけではない、体もしっかりと鍛えた強者なのであろう。恐るべき回復力だが、流石に魔力の回復には至っていないようで彼は仰向けに倒れたまま起きようとしない。それでも七曜は気を張ってしまう。


「そりゃどうも。で、打ち負かしたんだし君達の目的でも……」

「ふん、教えるわけないだろう」


 吐き捨てるように言ったセキラの体が徐々に輪郭を失っていく。何事かと"魔眼"を発動させて見れば、見慣れない術式がセキラの体中に走っているではないか。幸いにして自分を攻撃しようと言う気配は見られない。七曜は"内炎"を突き付けながらセキラに問い詰める。


「何をする気だっ!?」

「そういきり立つな。もはや俺の魔力など枯れ果てる寸前だ。魔界に帰らせてもらう」

「なにっ!? 待てよ、まだ聞きたいことがっ!!」


「お前如きの拷問で口を割るとでも思っているのか?」


 語気こそ荒げない一言にも関わらず、睨み付けてくるセキラの眼光に七曜は言葉を返すことができなかった。

 無惨に敗れていながらも、彼の中に眠る芯は折れてなどいない。王者の如き毅然とした風格を見せつけられ、改めて七曜は彼に勝てたと言う事が奇跡のように感じられたのだ。

 その七曜を見て満足したのだろう。セキラは「ふん」と鼻を鳴らした。


「敗兵は去るだけだ……が、いくつか情報ぐらいくれてやる。日浪市にある龍穴の数は全部で9つ。その内、6つは既に楔を打ち込んだ」

「はっ?」


 急な話に七曜は間抜けな声を漏らしてしまう。戦闘中にも虚実織り交ぜた話をして誑かす男だ。信じがたいことだったのだが、しかし七曜は日浪市にある龍穴の数が実際に9つであることと、その内の半分以上に楔が打ち込まれている事実は知っている。


「残りの3つを俺、ムラサメ、そして娘共が打ち込む予定だったが、そうも行かないみたいだな……」

「娘……ども?」

「協力者のことだ、これ以上は言わん……そもそもこの話のどこに真実があるかも分からんだろう?」


 クックックと短く笑いながら、セキラの姿は虚空へと消え去っていく。最後に残った笑みを見せる口元が、再度開いて言葉を継げる。


「健闘を称え、もう1つ真実を教えてやる……楔がすべて打ち込まれたとき、日浪市の人間すべての魔力を吸い尽くす術式が発動する。すべて打ち終えた後に"狭界"が解ければ日浪市にいる人間は全滅に違いない……せいぜいあがけよ、人間!!」


 完全に消え去りながら残した情報が、木霊の如く七曜の脳内に響き渡る。


「魔力を、吸い尽くすだって?」


 あり得ない話ではない。現在にしても、龍穴は魔力を地中へと吸い込んでいる上に、楔に何らかの術式が埋め込まれているのは明白な事だ。すべてを打ち終えたその時に術式が完成すると言うのは充分考えられる事である。変に現実味がある分、信じたくなる話である。"ストリング"を回収しながら七曜は情報を整理する。


 ――いや、恐らくそれは真実で良いと思う。だからこそ、僕はその楔を打ち込む作業を止めたいわけで……

「んー……あれ、後藤、先輩……?」


 不意に聞こえた女性の声に七曜はビクッと背筋を強ばらせる。思考を中断させられたその声の方を見れば、身を起こした黒い肌の少女がいた。目元を擦り、ぼんやりとした表情でこちらを伺っている彼女は、雨に濡れた寒さに身を震わせている。ちょうど"ストリング"を回収できた所だ、疲れた体であることも忘れて七曜は浅葱の元に駆け寄る。


「浅葱ちゃん! 大丈夫?」

「……はい、ちょっと寒いですけど大丈夫です。ここ、どこですか?」

「ここは駅前だよ。話せば色々長くなるけど……どこか痛いとかない?」

「強いてあげればちょっと気怠い感じがしますけど……って、先輩の方こそ大丈夫なんですかっ!?」


 他ならない彼女から受けた傷も含まれてはいるが、セキラからのダメージは七曜の全身に刻まれている。ひしゃげたメガネはどこかへと飛び去り、その代わり顔には青あざが広がっていて、無事とは言い難い姿だった。驚いて身を起こした浅葱の肩が目に止まる。


 ――肩にささっていた釘は抜けてる……術中にはもうなさそうだね。


 魔宝具には傷を押さえ込む物もあると聞く。恐らくだが、釘は痛みを与えるのではなく、あくまでセキラの魔術を通すための媒介なのだろう。無駄な肉のない軟らかな肌には傷1つ付いていなかった。彼女の言葉から察するに、痛みすら残っていないはずだ。


「何があったんですか?」

「えっ? あぁ、ちょっと絡まれちゃってさ。何人か倒れてるでしょ? 僕が倒したんだって」

「倒したって……先輩、ケンカお強いってレンちゃんが言ってましたけど本当だったんですね。なんか意外です」

「そっ、そうかな?」


 意外だとよく言われるが、その実七曜は不良達とのケンカに巻き込まれる。その9割5分が女絡みのトラブルであり、自業自得だったりするので七曜は何も言えないのだが……。


「本当に大丈夫ですか?」

「あはは、ちょっと体中が痛いかな」

「ちょっとじゃすまないですよね!? 待っててください、確か……ありました!」


 スカートのポケットをまさぐり、絆創膏を差し出す。夜に攫われたためか、彼女は制服ではなく私服に身を包んでいたが、それにも関わらず持ち歩いているとはどういうことだろうか。七曜も念のためを思って制服のポケットには絆創膏を入れているが、私服の時は流石に持ち合わせてなどいない。


「数が足りないですけど、ないよりはマシです!」

「大丈夫だって! ツバつけとけば治るから!」

「ないよりは、マシです」

「……ありがとう、ございます」

「なんで急に敬語なんですか?」


 自覚がなさそうに普段の穏やかな調子で話し続ける浅葱。絆創膏をもらう事を躊躇ったために出した有無を言わせぬ気迫に七曜はたじろいでしまった。大人しい彼女が見せる意外な一面だったが、しかし彼女の気迫はサンゴや六花達と違い、七曜の事を心配するあまりに向けられたいわば慈悲の気迫だったのだ。彼女らしいと言えば彼女らしい一面とも言える。

 あははと短く微笑んで七曜は誤魔化しながら、絆創膏を受け取ろうとする。しかし、浅葱は絆創膏だけでなくハンカチを取り出していた。


「あっ、浅葱ちゃん!? なにをする気なの?」

「なにって手当ですよ。昔からレンちゃん、傷が絶えなかったので、わたしこう見えても応急処置は慣れてるんですよ?」


 控えめな微笑で自分を見上げてくる浅葱。献身的な彼女の想いが伝わってきて七曜は暖かな気分になるが、申し訳なさの方が勝ってしまう。


「自分でやるから大丈夫だよ。ハンカチ汚れちゃうし」

「気にしないでください、汚れたらまた洗えば良いんですから」

「そうは言っても、血だよ? 僕もハンカチぐらいなら持ってるから自分でやるって!」

「換えなら沢山持ち合わせてますから、遠慮なさらないでください」

「遠慮とかじゃなくって、浅葱ちゃんに申し訳ないんだって。自分の怪我ぐらい自分で治せ――」


「いい加減にしてください、怒りますよ!」


 押し問答の果てに待っていたのは浅葱の怒声だったのだ。大人しいイメージが強い彼女からは想像できないほどの大きな声と共に、目をつり上げて七曜を睨んでいる。セキラの方が殺気すら混ざった強い気迫を纏っていたハズだ。にも関わらず、彼女の静かな怒気の方が、七曜には突き刺さる。


「どうしてわたしを頼ってくれないんですか!? 申し訳ないなんて思われなくても良いんですよ!」


 セキラと浅葱を比べた場合、自分に害するためか自分に益するためかと言う大きな違いがあるからなのだろう。まくし立てる浅葱の剣幕に七曜は押されてしまう。自分に詰め寄ってくる浅葱の叱責は止まらない。


「先輩の優しさはわたし大好きですけど、優しさと相手に遠慮することは違うんです! 先輩はもっと人に頼ることを覚えるべきですっ!!」

「っ!!」


 至近距離で言われたその言葉に七曜は心を射貫かれたような気がした。大声を出して肩で息をしている浅葱は、呼吸を繰り返す内にその怒気が萎んでいく。ハッとした直後、「ごめんなさいっ!」と頭を下げる。何度も何度も繰り返す彼女に七曜は「いや、僕も悪かったんだし」と歯切れの悪い言葉を返す。


「その……1つ、聞きたいんだけどさ、僕ってそんなに人に頼ってないかな?」

「えっと……気を悪くしないでくださいね?」


 そう前置いて浅葱は顔を上げる。じっと見つめてくる彼女の目には、生徒のことをよく見ているからこそ内情を理解している熱心な教師のように優しさと厳しさが折り混ざっていた。


「差し出がましいことを言うようですけど……そう、思います。先輩って色々抱え込むタイプですよね……?」

「そう? この通り何も考えてないような……」

「そういう所ですよ?」


 誤魔化すために浮かべた笑顔が凍り付いてしまう。冷や汗を流しながら笑みを引っ込める七曜を見て、浅葱は畳みかけるように言葉を続ける。


「自分がどれだけ何か抱えていても、目の前にいる人に変な心配をかけないようにわざと道化を演じている……そう言う、所ですよ」

「心配……」

「上から物を言うようになっちゃいますけど、優しい先輩らしい美点だとわたしは思います。先輩の気遣いができるところ、わたしはすごく……大好きです」


 大好き、と言う所に少し詰まってしまった浅葱の意に七曜は気付くことなく、ただ素直に浅葱の言葉を受け止めている。浅葱は頬を紅くしているが、マジメな彼らしく気付いていない。浅葱もまたそんな七曜に腹を立てるでもなく、むしろ気付かれなかったことにホッとしたように笑みを見せる。

 

「レンちゃんから伺ってます。生活のためにたくさんバイトを入れながらも、奨学金のために勉強も頑張って……ただ学校に通わせてもらってる私達が恥ずかしくなるぐらいにすごいことをやってのけながら、でも自慢なんかせずに先輩は明るく人と接する事ができる……本当、わたしの憧れです」


 浅葱の顔に浮かぶ笑顔からは、彼女の想いを感じる。心の底から自分に憧れている、と言う事を伝えてくれる後輩に七曜はどこかくすぐったくなってくる。

 「でも」と浅葱は声色を変える。


「なんでも自分でできて優しい先輩だからこそ、自分の事はなんでも自分で片付けたいって思ってるんじゃないですか?」

「それは……」


 無理もないことなのかもしれない。

 生まれた時から愛を傾けられることもなく、捨てるための準備を続けていた母親相手に信頼感を抱いたことなどなかった。

 自分の教育は終わったから、と勝手な理屈で捨てられて以来、七曜は誰に頼るでもなく自分の力だけで生き延びてきた。

 父親である延喜と生活したごく僅かな数年間、確かに七曜は彼との共同生活で他者と生活する楽しさを見いだしたが、

 その生活もあっけなく奪われ、罪を償うべく永江から保護観察が終わって以来自分の力だけでここまで生きてきた。


 頼れる時期に年上に頼ることを許されなかった七曜は、必然的に自分一人でなんでもこなさなければならなかった。


「他人に心配をかけまいと、自分だけで突っ走っちゃう。一見、力があるから当然って思えますけど……端から見てるとそう言う姿って一番危なっかしいんですよね」

「……自分だけで突っ走る、か」


 浅葱の言葉を受けて、七曜は思い返す。

 一樹と衝突することになったあの時だって、自分は一樹に声をかけるでもなくただ自分の中で彼のことを疑ってばかりだった。

 一番信頼できる友人を相手にしているのに、ただその心情を聞くのを怖がっていたのだ。


 一言、彼に心の内を聞いてみればよかったのに……それを、殴るという形で自分は出してしまったのだ。


 なんて事をしてしまったんだろう……自責の念に押し潰されそうになる七曜の全身に柔らかい感覚が訪れる。


「先輩は、一人じゃないんですよ。人に頼ることは弱さじゃなくて、強さなんです。時には、自分の弱さをぶつけてください」


 浅葱の声が七曜の耳元に聞こえてくる。

 目を開ければ、浅葱は七曜の頭に手を当てて胸元に抱き寄せていたのだ。


 傷だらけの罪人を諭す聖女のように、浅葱は七曜の耳元で優しく囁く。


「先輩と烏飼先輩ってすごく良いコンビですよね。遠くから眺めるのが大好きです」

「……」

「烏飼先輩といるときの先輩って、すごく生き生きしてるように思ったんです。腹を割って話せる間柄だからこそ、何も隠さずにぶつかり合うことができて、先輩らしさが溢れてて……」

「でも、僕は……そんな一樹を……」

「言わなくても、なんとなく分かります」


 そんな拠り所を七曜は自分から壊してしまった。

 母親に泣きつく幼子のように、七曜は涙を流しながら浅葱の胸に顔を埋める。

 そして、浅葱は母親のように七曜の事を受け止め、ギュッと抱擁の力を強くする。


「わたしもよくレンちゃんとケンカします。その度にレンちゃんの事嫌ったりしますけど……でも、その度にどちらからとなく謝って、ちゃんと仲直りしてるんです」

「浅葱ちゃん……」

「烏飼先輩だって、きっと後藤先輩とケンカしたことを後悔されてるはずです……大丈夫です、きっと仲直りできます」


 始めてだったかもしれない。

 誰かの前で、自分の"弱さ"を見せられたのは。


 ひとしきり泣いた後、七曜は浅葱の胸から顔を離す。涙でぐしゃぐしゃになった顔には、笑顔が浮かんでいた。


「ありがとう、浅葱ちゃん!」

「いえいえ……はっ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」


 浅葱も自分がなにをやっているのかに気付いたのだろう。抱きしめていた七曜を離し、顔を真っ赤にしながら必死に謝る。


「何様のつもりだって感じですよね!? 本当ご無礼しました!」

「謝りたいのはむしろ僕だって! おかげで大切なことを学べたよ!」

「そそそ、そんな勿体ないお言葉!……それっぽく言いましたけど、どれもこれもお義父さんから昔聞いた言葉ばっかりですよ?」

「君の口から聞こえたんだから、それは君の言葉に違いないって!」


 思い切り泣いた後だからだろう、スッキリとした心持ちで七曜はハンカチを取り出して涙や鼻水を拭い、雨が止んだ後の日差しのように爽やかな笑みを浅葱に見せる。


「僕も、誰かを頼っても良いんだね?」

「はい! いつも優しい先輩ですから、先輩が困っているときに見捨てる人なんかいませんよ! 烏飼先輩も……私以上に、そう思ってるはずです!」

「そうだね。怖がらずに、一樹に会ってみるよ……で、早速お願いなんだけど、僕のハンカチこの通り汚れちゃったんだ」


 涙と鼻水で濡れたハンカチを七曜はヒラヒラとさせる。


「手当、お願いしても良い?」

「もちろんです!」


 嬉しそうに微笑む浅葱の心持ちが、七曜の心に温かい晴れ間を見せる。

 自分の心にかかっていた暗雲が、ようやく晴れたような気がした。

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