前置き
汝は知るや。
解き明かされた真実が、時にどんな毒よりも深く、人の心を蝕むということを。
激しい雨がステンドグラスを叩く、深夜の大聖堂。
静まり返った法廷の最奥で、私は一冊の鑑識手記を抱きしめたまま、立ち尽くしていた。
手に残るのは、事件現場で採取した一滴の薬液と、冷たい硝子管の感触。
そして私の目の前には――“冷酷な裁定者”の異名を持つ最高裁判事、ルシアン・ヴァルハイト公爵が立っていた。
「エレノア。お前がその明晰な頭脳で導き出した『答え』だ。……私を告発し、その手で裁く覚悟はあるか?」
カツン、と靴音を響かせて彼が歩み寄ってくる。
漆黒の髪に、鋭い氷のような青い瞳。逃げる隙すら与えない圧迫感のなか、手袋を嵌めた彼の長くて冷たい指先が、私の首元をそっと撫で下ろした。
肌が粟立ち、心臓が耳元でうるさいほど跳ね上がる。
首筋に触れる彼の体温は熱く、息が届くほどの至近距離。私がこの手記を告発文書として提示すれば、この男はすべてを失うだろう。だが、その胸に飛び込めば、私は一生この冷徹な公爵の愛に囚われることになる。
「……私はただの鑑識官です。どんな事実に突き当たろうとも、解を曲げることはいたしません」
「強がりを言うな。お前のその瞳にあるのは、私への恐怖か? それとも……罪を暴かれる官能か」
低く重厚な声が耳朶を揺らし、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を駆け抜ける。
彼は私の返答を待たずに引き寄せ、拒む間もなく唇を重ねてきた。雨音をかき消すような、濃密で、危険で、息もできないほどの接吻。
「汝、その指先で私を裁け。お前が暴く真実になら、私は喜んで裁かれよう」
――始まりは、あの日。
毒殺魔の濡れ衣を着せられた私が、現場に残された一滴の痕跡から、この男の仕掛けた甘い罠を見破った、あの放課後のような密室からだった。




