98話◆失えない片翼。
寮に戻った僕がルイといちゃいちゃ…いや、今日の報告などをしている内に、夕食の時間を報せる鐘が寮内に鳴り響いた。
「夕食の時間だ…ルイ、食堂に行くよ。
デュマスに僕とマル君が仲良くなった所を見せないとね。」
「そうだな。」
デュマスの姿をしているため便宜上デュマスと呼ぶが、その中身は謎の殺人者。
ソイツの素性に関しては一切何も分からない。
ただ、そいつの目的が僕であるらしいという事だけは分かっているのだけれど…僕をどうしたいのか。
正直に言うと、ふん捕まえてぶん殴って色々吐かせてしまいたい所なんだけど。
ただ、コイツが悪の組織だか秘密結社だか何だかの下っ端だった場合、ボコった僕がスッキリするだけで後に得られる物が何も無い。
大聖堂の地下でニコラウスを誘拐しようとした奴らが捕まる前に自死を選んだように、あの世に逃げられる場合だってあるし、それにデュマスが下っ端過ぎて肝心な所は何も知らされてない場合もあるし。
もっと深く情報を手に入れるように動かないと。
ああ〜正直に言うとイヤだ。
殺した人間の皮を被って成りすますようなキッショい奴に心を許したフリすんの。
シーヤの伯父さんに成りすましていた唇ベロベロジジイみたいにマジで殴って顔面ズルっとやりたい。
食堂に着くと、扉の前で従者のデュマスを連れたマル君に会った。
マル君はデュマスと二人きりが怖かったのか、僕の顔を見ると安堵したような表情を見せた。
「あ、アヴニール…お、同じテーブルで、一緒に食事をしないか?お、オレ達は友達だからな!」
どこかたどたどしく芝居じみた感じもするが、マル君は一挙手一投足をデュマスに監視されていると感じているせいか、奴の感情を逆撫でしないようにと強く意識しているようだ。
マル君の背後のデュマスは一応は僕とマル君が友人という立場になったのを知っているらしく、無言で僅かに頷きながら微笑んでいる。
「そうだね、一緒に食事をとろう。」
僕がニコリとマル君に微笑むと、マル君が更に安堵の表情を見せた。
こんなマル君を見ると、つい先日までのふてぶてしい態度をまた見たいとさえ思えてくる。
従者が変わり心を入れ替え態度を改めたと周りに思われている今のマル君の態度が、恐怖支配の怯えから来るものだと分かっているから尚更に。
食堂の給仕にルイが声を掛け、開いているテーブルへと案内してもらう。
いや…まぁ…そうなると思っていたんだけどね。うん。
「チッ…」
僕は皆から見えない方に顔を傾けて表情を隠し、ひそかに舌打ちをする。
「おい、アヴニール!
お前このボクを差し置いて、なぜブタと仲良く同じテーブルに着こうとしている!」
テーブルに案内されている僕達の前に、行く手を阻むように偉そうに立ちはだかるジュリアスピヨコ。
少し後ろに下がった所では従者のジェノが「うちの坊っちゃんがすみませんねぇ」みたいな顔でニヤニヤしながら何もしやがらない。
主人の暴挙を止めろよ尻!
「…マル君がブタなら、お前は羽根の生え揃ってないピヨコだ…僕にとっては、どっちもどっちなんだよ…。」
イラっとした僕は、誰にも聞こえない位の小さな声で本音という名の悪態をつく。
ルイだけは僕の苛ついた感情を即座に読み取ったようだ。
「アヴニール様、マーダレス侯爵家のジュリアス様にも同席して頂きましょう。
貴族家の交流は率先して行うべきものですし、良い機会です。
アフォンデル伯爵家のマルセリーニョ様も、それでよろしいですか。」
ええっ!追っ払ってくれると思ったのに、まさかピヨコまで誘っちゃうなんて!
いや意識を分散させる狙いでルイはピヨコとジェノを巻き込んだのかも知れない。
僕、警戒心を持たせないようにと思い過ぎて、逆にデュマスを意識し過ぎてるみたいだし…
デュマスはデュマスで、気がつけばいつも僕を目で追っている。
ルイに同意を求められたマル君は、キョドり気味にデュマスの顔を見上げた。
デュマスは視線を僕からマル君に移す。
「もちろんです。
坊ちゃま、ご友人が増えて良かったですね。」
デュマスが微笑み、主のマル君に代わって返事をした。
人の皮を被っていると知っているせいか、僕には奴の微笑みが、外皮を無理矢理動かしたニチャァっと粘ついて歪んだ表情に見えておぞましい。
だが警戒されない為には、それを顔に出せない。
「いつの間にかアヴニールはブタと仲良くなったのか!
だったら友人の友人はボクの友人でもあるな。
喜べブタ!ボクもブタの友人になってやろう!」
マル君がヘラッと引きつり笑いを浮かべた。
…ピヨコ…この能天気バカめ。
いや、能天気なピヨコが僕たちの輪に入ったお陰で、ルイの思惑通り僕のプレッシャーが少し和らいだ気がする。
案内された丸いテーブルで、ルイが椅子を引いてクッションを重ね、座高を高くセッティングして僕を座らせてくれた。
向かい側でも尻…いや、ジェノが椅子を引いて雑にピヨコを座らせる。
その隣ではガチガチになったマル君がデュマスに椅子を引いて座らせて貰っていた。
「アヴニール坊ちゃま、少し顔色が悪いようですが…
…お待ち下さい、今、水を持ってきます。」
僕の状態に気付いたルイが、給仕を呼ぶより取りに行った方が早いと席を離れた。
デュマスの事を考え過ぎたせいか、かなり気分が悪い。
腹が立つとか通り越して、とにかく存在が気持ち悪い。
この乙女ゲームの世界において、異色の僕の存在自体がかなり大きなバグではあるのだけれど、デュマスの存在は、この世界に絶対無かったし、絶対に必要ではない汚泥の様な存在だ。
それが今、僕の側にいる………
「アヴニール様。」
ゾアッと強い悪寒が全身を走る。
僕の座る椅子の真後ろに、いつの間にかデュマスが立っており、僕の両肩に手を置いていた。
「ご気分が優れてないようですが…大丈夫ですか?」
「…だ、大丈夫……」
ヘビのようにデュマスの声が僕に絡み付く。
これが、僕のデュマスに対する意識のせいだと分かっていて精神を落ち着かせようとしても、僕の生理的本能による嫌悪感には抗えない。
「貴方様はマルセリーニョ坊ちゃまの大切なご友人。
心配でなりません…アヴニール様…。」
声音だけでなく、肩に置かれた両手の触感からもおぞましい気配が僕に絡み付く感じがする。
…ヤバ、吐きそう…
「貴様、何をしている。」
デュマスの両手が僕の肩からはがされ、同時に僕はテーブルに両手をついて「ゴホッ」と咳き込んだ。
テーブルに手をついたまま後ろを振り返ると、ルイがデュマスの右手首を、ねじ切りそうな程強く掴んでいる。
「体調がよろしくないようでしたので、心配で。」
「…貴様ごときが、私の愛する主に触れるな。」
何を言ってんの!!!いや、何をやってんの!!
あわわわわ!魔王のルイが本気出したら人間の手首なんて、簡単にブッちぎれるよ!
「ルイ、もうやめろ。
兄のような立場だからって、過保護なんだよ。」
僕と目を合わせたルイが我に返り、スゥっと熱を下げた。
「デュマス殿、申し訳ありませんでした。
立場をわきまえずに感情のままに行った言動、深く詫びます。
坊ちゃまは優秀ですが、この学園の誰よりまだ幼いので…過剰に心配してしまうのです。」
ルイがデュマスに対し、スッと頭を下げた。
ルイに頭を下げさせたデュマスに対し、尻がビキッとこめかみに血管を浮かせる程激昂した一瞬を僕は見逃さなかった。
魔王様の側近の、尻のデカいユニコーンジェノ。
魔王様に頭を下げさせた無礼者めって、デュマスを勝手に殺してしまったりしないよな…。
「後で釘を刺しておく。」
僕の思考にルイが小さく返事をし、食事が始まった。
自分でフォークを持ち、ぎこちなく食事をするマル君と、胃が気持ち悪いのを我慢して食事をする僕。
そして、そんな僕たち二人の前でテンション高めに一人で喋りながら食事をするピヨコ。
何なんだ…これ…。あぁ…早く部屋に帰りたい…。
「死ね!!!!」
食事が終わり、自室に戻ったルイの開口一番のセリフがそれだった。
━━死ね!?
死ぬが良いじゃなく、死ね!?
最初の出会いは倒すべき敵同士だった僕に対してさえ、そんなセリフ無かったよね。
ルイは自身の力を極限まで弱め、椅子に置かれたクッションに拳を叩きつけた。
極限まで弱めたのに、クッションは風船みたいに弾け飛んでしまった。
「かなりお怒りだよねールイ。
そんなに、奴が僕に触れたのが許せなく……」
話してる最中にヒョイと両脇を持って抱き上げられ、ストンと長椅子に腰を降ろしたルイの膝上に横向きに座らされた。
あまりにも自然に、流れるような一連の動作に抵抗もツッコむタイミングも無く。
「はぁ…」
「はぁじゃないよ!
こっちがハァ!?だよ!何なのコレ!
いっ、いきなり膝上にッッ…!距離感おかしいンっ!」
抗議の途中で、ギュウッっと抱き締められた。
いやいやいや!マジで!
マジで最近のルイは距離感がおかしい!
好きとか、愛してるとか言ってくれてるから分からなくはないけど!?ないけどね!?
僕に対する愛が止まらないってのだよね!?
僕もルイが好きだけど、僕はルイを抱っこしたいとか思わないんだよね!思えないって言うか!?
恥ずかし過ぎるし!その差は何ですかね!?
「奴がお前に触れたのを見た瞬間、奴を消滅させてしまいたかった。」
手首をねじ切る所か、人間一人消滅させられるのか魔王様は!こわっ!
「だが、それ以上に……奴の頭にハッキリと、お前を手に入れるには私が邪魔だとの思考が浮かんだ事が許せなかった。」
「ぇ…手に入れる…?…いや、えっと…
それはルイが僕に対して思う感情とは違うよね?」
デュマスがルイみたいに僕といちゃいちゃしたいって意味の手に入れたいではないよね…
ソッチだったら、えげつなくキショい。
「お前をブタのように言いなりになる傀儡としたいのか、お前自身に成り替わるためにお前が必要なのかは分からないが…恐らく奴は私を狙う。
私と成り替わり、お前の傍らに立つために。」
「ええっルイが殺されて、顔の皮を剥がされるって事!?
そんなの…そんなの絶対に嫌だ…!ルイが死っ…」
ルイの膝上に座った僕は、ルイの胸に抱きつくように身を寄せ、訴えるような眼差しでルイを見上げた。
「アヴニール…」
すがるように抱きつく僕を柔らかく、そして力強く包むように、ルイの両腕が僕を抱き込む。
暖かくて優しくて…癒されるようなぬくもりを感じる。
瞬間、僕の頭にこんな考えが浮かぶ。
━━やっちまったな、おい!━━
ルイが殺されたらなんて考えて思わず涙ぐむほど悲しくなったけど、よく考えたら魔王様のルイが、どんなに強かろうが勇者でもない人間ごときに、殺されたりするハズがねぇ。
今さら「勘違いでしたから、解放してください」なんて言えん…。
「アヴニール…私を失う事に恐怖を感じてくれるのか?」
はわー!完全に身体が密着した状態で話し掛けられると、甘めな重低音が全身に広がるみたいに響く!
「そっ…それはね…大事な従者だから…」
「では私がお前の従者でなければ…ただの魔王であるならば…
私が倒されて、この世から消えたとしても悲しくはないのだな…」
コイツ!なんて意地の悪い問い掛け方をするのだろう!
「そんなワケ無いだろ!
僕がルイを好きだって知ってるクセに!
何度も言わせて、何度もそう言ったのに!僕は…!」
━━やっちまったな、おい!━━
感極まったようなルイの顔が一瞬、目に入った。
その一瞬の後、僕は目を閉じるしかなかった。
ごく自然に、唇が重ねられた瞬間に僕は目を閉じた。
まるでそれが、何かの儀式であるかのように。
互いの唇がそっと重なりあっただけの口付けなのに、全てが溶け合うような錯覚に陥りそうになる。
僕たちは、こんなにも自然に混ざり合ってひとつになれる気がする。
もう自分の一部となりつつある互いの存在を失う事が出来ない。
「何があっても…絶対にお前を離さない。」
離れた唇の隙間を繋ぐように紡がれた言葉に、僕はただただ何度も頷く。
「例え世界を敵に回しても…。」
………?
ルイの愛という甘い蜜の中にとっぷりと浸かった僕はルイの言葉を深く考える余裕が無かった。
もともと設定が世界の敵認定されている魔王様が今さらナニ言ってんのー?位しか。
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ゲームでのようであり、ゲームではないかも知れないこの世界にも突拍子も無い様々なバグが生まれ、処理、修整されていく。
不自然に生まれ強引に消されたバグは他にしわ寄せするように歪みを生み出す。
この世界の在り方を描いた「神」と呼ぶべきシナリオライターは二人いる。




