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惨劇の記憶(シエル視点)

 燃えている。

 わたしの故郷が、燃えている。

 赤い炎の舌が、天まで届くような大火が、すべてを呑みつくさんと暴れている。


 へたり込むわたしの背後には崩れた城。

 商店の建物や家屋も熱に弱ってつぶれていた。


 そこかしこから悲鳴が聞こえる。

 喉や肺を焼かれて声も出せずもがく人々が道のあちこちに転がっている。


 わたしはその惨劇の中で、泣くことすらできずに呆然としていた。

 炎が間近に迫っているのに、身じろぎもせずにただ赤く濁った空を凝視していた。


 わたしたちが一体何をした?

 こんな目に遭わなければならないほどの大罪を犯したのか?

 ただ真っ当に、正しいと思うことを主張しただけなのに。

 それが間違っていたというのか?


 いくら考えてもわからない。

 混乱した頭のなかで、疑問だけがぐるぐると回転し続けている。


「シエル様!」


 声が聞こえた。

 意識の焦点が合わない視界の中で、誰かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 あちこちに傷が入った鎧を着こんだ男だ。


「シエル様! シエル様、大丈夫ですか!?」

「う、あ……アロン……」


 揺さぶられて、相手の名前を思い出す。

 そうだ、アロン。わたしの愛しい人。


「しっかりしてください、シエル様! 安全なところへ逃げましょう!」


 引きずられるようにしてよろめき歩き、広場に着く。

 そこには疲れた身を寄せ合うようにして人々がうずくまっていた。

 もう泣き声すら上げられなくなった赤ん坊がいた。

 疲れ果てた様子で座り込む母親の脇で、静かに死にかけていた。


「アロン、わたし……」


 振り返ると、アロンはもうこちらに背を向けたところだった。


「待ってアロン……! どこへ行くの?」


 わたしの問いに、彼はこちらを見ずに答えた。


「陛下を探しに」

「お父様は死んだわ」


 震える体を抱きしめるようにしてわたしは言った。

 この国の王たる者の最期は、わたしが見届けた。

 最初の攻城魔法の一撃の中で、お父様は頭を砕かれて死んだ。


「では王妃様を」

「お願い、行かないで」


 あくまでも行ってしまおうとするアロンの背中に、わたしは必死で呼びかけた。

 怖かった。

 ここに一人残されることが、じゃない。

 お父様に続いてアロンまで亡くすことがだ。


 アロンは強い人だ。

 それは知ってる。

 だがだからといって不死身なわけじゃない。

 死んでしまえばそれで終わりだ。

 だから、行かせるわけにはいかなかった。


「そばにいて」


 わたしは手を伸ばした。

 その指先が彼の腕に触れる前に。


「できません」


 アロンはさっと身をかわした。

 ほんの少し。

 でも、絶望的に遠い一歩分を。


 そして彼は、わたしを一瞥すらせずに炎の向こう側に消えた。


「……アロン!」


 わたしは叫びながら飛び起きた。


「…………夢?」


 ベッドの中だ。

 まだ周囲は暗かった。

 窓からうっすらとした月明かりが差し込んでいる。

 目元を拭うと、うっすら涙がこぼれていた。


「どうしたの……?」


 すぐ横で寝ていたフラウが、寝ぼけ眼で訊いてきた。


「なんでもないわ」


 そう答えて頭を撫でてやっていると、彼女は丸まって、再び眠りに落ちた。

 なおもその額に触れて暗闇の物思いに沈む。


 王女としてのわたしは。わたしの故郷は。わたしの愛しい人は。

 あの日跡形もなく消えてしまった。

 もう手の届かない遠くに吸い込まれて取り戻せなくなった。

 そう思っていた。


 だが、その中の一つは、そして一番大事なそれは、あの戦火を生き延びていた。

 それはとても良い知らせで、舞い上がるほどうれしかったけれど、わたしはふと横を見ずにいられなかった。


 そこには壁がある。

 狭い部屋の薄い壁。

 その向こうにはカズキが眠っている。はずだ。


 後ろめたくなるのはなぜだろう。

 彼とは何もないのだから、思い悩む必要は、ないはずなのに。


 心に生じた迷いの手触りを探りながら、わたしはそのまま静かに夜を呼吸した。

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