フラウたちはタウ
月明かりだけで森の中を歩くことには無理があった。
木々の枝葉にさえぎられて視界なんてほぼ利かないに等しいし、実際飛び出している木の根に何度かつまづきもした。
だが頭はかっかしていたし、もうどうにでもなれという気分だった。
どこに向かっているのかすら自分でもわからなかった。
背後からは爆発音や悲鳴がかすかに聞こえてくる。
多分その中でシエルも戦っているんだろう。
彼女の悲鳴もまじっていたかもしれない。
ときどき無性に振り向きたくなったが、俺はそれを必死に押さえつけて歩き続けた。
もういい。
もうあいつのことなんてどうでも。
あいつに別れを告げられた時、俺は裏切られたと感じた。
手の中にあったものを盗られて、ゼロになったように思った。
ここで手に入れたものが全部なくなってしまった。
だが、考えてみれば俺なんて最初からゼロだった。
ゼロが一になったと錯覚して、ようやく今やっぱりゼロでしかなかったと気付いただけだったんだ。
つまり、もうどうでもいい。
嫌われ者のまま歩き続ける。
どこまでも遠くへ。
ずっとずっと遠くへ。
「カズキ?」
「……へ?」
突然声をかけられて、俺は思わず立ち止まった。
聞き覚えのある声だった。
視線を上げた先の暗闇に、誰かが立っているのがわかる。
「まさか、フラウか?」
「やっぱりカズキだ!」
相手が駆け寄ってくるとぼんやりその姿が見えてきた。
間違いなくフラウだった。
ぼさぼさの髪の毛のあちこちに木の葉をひっつけて、とびきりの笑顔で飛びついてきた。
「カズキ! よかった! 追いついた!」
「どこ行ってたんだよ」
抱きとめて訊ねる。
「むふー! 武器さがしてた! えらい?」
「武器?」
「うん。敵をやっつけるためだよ。そこ」
フラウの指さす地面に、半分草に埋もれるようにして剣が横たわっていた。
かなりの長さがある両手剣だ。
赤い輝きが、柄頭に見えた。
見覚えがある。
聖剣だ。
フラウを地面に下ろして剣を取る。
一瞬振動のようなものが手に走った気がした。
「……?」
だが気のせいでしかなかったらしく、もう何も変なところはない。
今はただ黒い刀身に、わずかに月の光を反射させていた。
フラウが言う。
「これでね、でっかいのをやっつけるの」
「でっかいの……ってまさか古代樹か? これで?」
「そだよ!」
言われてしげしげと剣を見るが、剣以上の何物でもない。
「いや……無茶言うなよ。ただの剣だぞ。あいつにはものすごい魔法の攻撃だって通じてなかったんだ」
「でもこれはこだいじゅに通じるただ一つの武器なんだって。こだいじゅは因と果を断ち切っちゃうけど、断ち切られた因と果をくっつけるのがこれなんだって」
その言い方には違和感があった。
「誰に聞いたんだ?」
「この子!」
と指さすのは剣そのものだ。
かなりわけがわからなかったが、それは置いておくことにした。
「……フラウ、行くぞ」
言って歩き出す。
今まで向かっていた方向に。
つまり湖とは反対の方へだ。
「なんで! 違う違う!」
フラウが足元に飛びついてきて進行方向を変えようとする。
俺はそれを引きずるように歩き続けた。
そのまま、歯を軋らせるように告げる。
「いいか、フラウ。あいつは、シエルは、俺たちを見限ったんだ。俺の意見を聞けないとぬかしやがった」
「どゆこと!? すねてるの!? それだめだよ!」
「違う! 俺は、怒ってるんだ!」
足を止める。
急に立ち止まったせいでフラウが転んだ。
「なんなんだよ、わかんねえよ! あいつ何がしたいんだよ!? 禁術がそんなに大事かよ! 俺たちのことはどうでもいいってのかよ!!」
叫んで、息をつく。
拳を握りしめていると、フラウがつぶやくのが聞こえた。
「やっぱりすねてるんじゃん」
「……違うって言ってんだろ」
「ちがわないよ。思いどおりにならなくてイライラしてるだけだよ」
「……っ」
反論は、いくらでも、思いついた。
百でも二百でも。
それでも言い返さなかったのは、なんでだろう。
「シエルはさ、やさしいよ。あとうそがヘタ。ぜんぜんヘタ」
フラウは数歩を後戻りして、俺が取り落としていた聖剣を拾うと引きずってきた。
「だから助けなきゃ、フラウたちが」
彼女が差し出してきた剣の柄を見下ろしながら、俺はつぶやいた。
「……あいつ、俺たちが行ったら嫌がるかも」
「そんなことない。シエル、言ってた。フラウのこと、大事に思ってるって。カズキのこともだよ。友達だって」
俺はぽかんとした。
「いつだよ……?」
「シャルーちゃんのお母さんのことで謝ってくれた夜。そう言ってたんだ」
フラウは黒目がちの目をまっすぐ俺に向けた。
剣の柄を、再び俺に差し出す。
耳がピンと立っている。
「フラウたちはタウだ。友達を助けに行こう」




