アルダビラの領主その2
「この度は急な申し出を受けて頂きありがとうございます。ですが申し訳ありません。取引の話というのは方便で、ヴィラル伯爵とこうして直にお会いするのが目的でした」
そう言ってセリカが頭を下げると、合わせてセネトも頭を垂れる。
「……そうか、それはまたずいぶんと思い切った行動に出たものだ。当然ただ会いたかった訳ではないのだろう?」
二人の正面に座る恰幅のいい中年男性ヴィラル。十年以上前、先代領主に大金を払って領主の地位と領土を買った男である。
「私はセリカ。今は亡きハーノイン王家の血を受け継ぐ者です」
「なんと……」
流石の伯爵も本人が直接やってくるとは思っていなかったのだろ。目を丸くして驚く。そして観察するようにセリカの容姿を眺めた。
今現在ハーノイン領にてセリカの存在は有名であり、ハーノイン王家の血を継ぐ者、というフレーズだけで大抵の人には伝わるのである。
「生憎だが小生はラクリエ王女の顔を知らない。たとえ反乱軍にその遺児がいたとしても、君が本人であるという根拠は何もない」
疑っている。彼の発言からそれが伺える。重要な交渉になるためセリカ本人に行かせたのだが、彼の言う通り、セリカが王家の血を継いでいる事も、ここにいるのがセリカ本人である事も、証明する事は難しかった。だが……、
「……美しい容姿をしている。そして気品もある。それは千の言葉よりも説得力を持つものだ」
そう言うと伯爵は、おもむろにソファの前に跪くと、
「初にお目にかかりますセリカ王女。お会いできて光栄にございます」
そう言って臣下の例をとったのである。
(……この人は本物だ)
元は確かに商人なのだろう。だが今目の前にいる彼は、帝国に来てから出会ったどんな人よりも礼節を弁えていた。
「……お顔を上げて下さいヴィラル伯爵。確かに私はハーノイン王家に連なる者かもしれない。ですが今は守るべき国民も領土も持たないただの小娘に過ぎません」
王女である事は否定していないのがミソである。
(冷静に対処し過ぎだろセリカ……。君は自分の出生を知らずに一市民としてそだった設定なんだから、もっと慌てないと……)
とはいえヴィラル伯爵はセリカの品格を見て本物と判断した節がある。一概にどちらが正しいとも言えなかった。
「ヴィラル伯爵、私たちが今この地を帝国から取り戻すために戦っているのはご存じですね? 貴方のこれまでの功績は私も高く評価しています。今こそ我らレジスタンスに協力し、ここアルダビラ領同様にハーノイン全土の民を救う時です」
伯爵の行動を見る限り、彼のハーノイン王家に対する忠誠心は厚い。それ故思い切って協力を呼びかけた判断も別段おかしなものでもないだろう。ここへ来たのは伯爵のスタンスを知るためではあるが、味方にできるのであればそれに越したことはない。
「残念ですがセリカ様、その話、お受けする事はできません」
あくまで沈着に、ヴィラルはそう返した。
「何故です?」
「セリカ様がこの屋敷に来られるまでに、アルダビラの様子はご覧になられましたか? 実は小生が領主になったとき、帝国の圧政はそれほど酷いものでもありませんでした。しかしそれから数年後に皇帝リチャードが病に伏されるようになると、次第に宰相のアズールが権力を振るうようになり、その支配も苛烈なものへと変わっていったのです。商人の勘、とでもいいましょうか、やがてそうなる事を察した小生は、ここアルダビラの商業を発展させることでその支配に対抗しようとしたのです。領主としては半端者かも知れませんが、小生には商人として培った知識と経験がある。だからこそ税率を低く抑えながらも帝国への上納金を納める事が可能だったのです。このアルダビラこそ中部、東部ハーノインで最も豊かな領地であるという自負があります。小生はこの土地と領民を愛している。その領民に、血生臭い戦乱や圧政の苦しみを与えたくはないのです」
圧政の苦しみというのはレジスタンスに協力して敗北した時の事を言っているのだろうか。領主がレジスタンスに与したとあってはラインクルズも流石に黙ってはいまい。
「……そうですか、残念です。ですが全面協力とはいかなくても、消極的な協力なら可能なのではありませんか?」
「といいますと?」
「いずれレジスタンスが総統府に攻め込む時、このアルダビラは重要な通り道になります。もしそのときがきたら、伯爵様、貴方はレジスタンスの通過を黙認するだけでいい。もちろん略奪なんて絶対に許さないし、仮に命令に背いて略奪を働く者がいたら好きに裁いて頂いて構いません」
消極的な協力。セリカの提示した条件であれば、流石にレジスタンスに加担したとまでは言い難い。何よりレジスタンス側が勝利した時、その勝利に何一つ貢献しなかったとなれば、ハーノイン独立後のアルダビラの立場は微妙なものになるだろう。人は苦しい時に手を貸してくれなかった者を信用などしない。ヴィラル伯爵が元商人だからこそ、信頼の価値というモノは理解できているはずなのだ。
ヴィラル伯爵は逡巡するように眼を閉じると、やがて納得したように頷いてみせる。
「そうですね、いかに領民を守るためとはいえ、その為に他のハーノイン人を苦しめていい通りなどないでしょう。分かりました。もしそのときが来たら、密かに通行の許可を出しておきます。もちろん形には残せませんが……」
そう言ってセリカの提示した消極的な協力について、応じる姿勢を見せたのであった。




