覚悟と忠義その1
――それから更に二ヶ月が過ぎた――
「ゼアル様、ハーノイン聖王国より使いの者が参りました」
「分かった、すぐに行こう」
そして迎えられた人物、それは……。
「お久しぶりですゼアル様、以前王都でお会いした時以来になりますかな」
そう言ってゼアルの前に現れたのは、剣聖と呼ばれるイハサの父、ガリュウであった。
「これはガリュウ殿、使いの者が参ったとは聞いたがまさか卿だったとは。して、今日は何用で?」
「うむ、今日は大事な話があり参った。可能であれば人払いをお願いしたいのだが……」
「そうか、承知した。では奥の客間で話をしよう」
大事な話、と言うからにはハーノインの今後に関わる事か、あるいはイハサとラクリエに関する事か。いずれにしてもまた一波乱ありそうな内容である事は予想がついた。
「ラクリエ王女、お久しぶりでございます。お変わりないようで安心しました。そしてイハサ、そなたも壮健なようで何よりだ」
ゼアルは客間にガリュウを案内すると、そこにラクリエとイハサも招き入れた。二人からガリュウには正体を明かしていることは聞いている。またここには部外者もいない。それ故の判断である。
「ガリュウ様、お久しぶりです」
「父上もご健勝のようで何よりです」
ラクリエとイハサが順に再開の言葉をかける。数か月前に二人はハーノインでガリュウに会ってはいるが、そのときは顔を隠したままだった。こうして直に顔を付き合わせるのは実に二年振りの事である。
「うむ、これから話すことは二人にも関係があることだ。心して聞きなさい。おそらく今より数ヶ月でハーノインはミッドランドに敗北するだろう」
それを聞いて、イハサとラクリエは言葉を失う。二人は薄々そうなるのではないかと思ってはいた。だが当事者であるガリュウ本人の口から語られたことで、それはより確実なものとなったのである。
「ワシは客将としてハーノインに属していた。今回ワシが使いに行かされたのも、王の気遣いによるものだ」
「父上、と言うのは……?」
「使いは建前。ここにはイハサもいる故、わしにハーノインを見捨てて逃げろと、明言こそしていないがそういう意図があったのだろう。だがわしは長年世話になったハーノインを見捨てることはできん。用が済み次第、ハーノインに戻るつもりだ」
「父上……」
「イハサ、わしはもう十分生きた。だから自分の死に場所は自分で決めたい。そう思うのだ」
諦めや体裁ではない、それは死を覚悟した……いや、決意した者の言葉であった。
「……父上はずるいです。せっかく再開できたのに、今度こそ本当にお別れだなんて」
「すまんな、だがお前も武人として生きていれば、今のわしの気持ちが分かる日も来るかも知れん」
かくいうイハサ自身も、既にガリュウの決意を理解しているのだろう。取り乱すでもなくただ肩を震わせて目元を濡らす。それはどんな窮地にあっても常に気丈に振る舞っていたイハサが、初めて見せた涙であった。
「こんな時に済まない。ガリュウ殿、ゾンビ兵と戦った経験はおありか? それについて知っていることを全て教えてほしいのだが」
悲しみに暮れるイハサをよそに、ゼアルがそう問いかける。
「分かっておる、少しでも情報が欲しいのだろう。国を治める者として当然の判断だ」
「では……?」
「うむ、わしの知っている事を全て話そう。ゾンビ兵が戦場に現れるようになったのは二ヶ月ほど前のことだ。突然のアルヴヘイム独立に、焦ったミッドランドが投入してきたのだろう。腕力、持久力、反射神経といった基礎的な身体能力が常人をはるかに上回る半面、理性と痛覚を失っている印象がある。一撃で意識を刈り取らなければ倒せないだろう。そして倒すのに手間取ってしまえば最後、すぐにとり囲まれ殺されてしまう。奴らには痛覚がなく、身を守るという発想もないが故に、一度囲まれてしまえばどのような技も意味を成さない」
ガリュウは剣聖とうたわれる武術の達人である。そのガリュウですらどんな技も意味を成さないと断じることの意味、それが分からない訳はなかった。
「成程、では直接戦う事は避け、策を用いるべきか」
「そうさな、しかしゾンビ兵の数自体はそう多くない。ピンポイントで策に嵌めるのもなかなか難しいかもしれん。それと、ここからが本題なのだが……」
「…………?」
使いの本題という事だろうか。だがそれが建前に過ぎない事はガリュウ自身が語っている。
「以前通った事があるだろうが、ハーノイン西部と中部の間には、南北を崖に囲まれたユベルの谷という場所がある。ここを封鎖してしまえば、中部と西部を往来できる場所はもはやグリント街道のみとなる。そしてそれはミッドランドにとっても同じこと。ゼアル殿、もしこれから後、王都シトラスが落ちたのなら、直ちにこの地に兵を派遣し、ここより以西を連合の領土として貰いたい」
「…………何?」
それは実質的な領土の割譲である。ハーノインにしてみれば、信用ならないミッドランドに支配されるよりは、イハサやラクリエのいる連合に支配されたいと思ったのだろうが……。
多くの人員を失ってようやく勝利を得たミッドランドにとって、その行為は到底許せるものではないだろう。下手を打てばそのまま連合とミッドランドの戦争に発展しかねない。だがガリュウもハーノインも、おそらくそれを承知の上で言っているのだ。
「……分かった、西部ハーノインとその民は我が引き受けよう。連合加盟国並びにその市民として平等に扱う。それで構わないな?」
「うむ、かたじけない」
そう言ってガリュウは深々と頭を下げた。大陸最強の剣士がそこまでしたのだ。ゼアルも腹を括らない訳にはいかない。
「さて、これで使いの目的は果たした訳だが……」
そしてガリュウはふと、視線をイハサに移す。
「今でもちゃんと鍛錬は続けているか? イハサ」
「もちろんです。父上の名を汚さないよう、日々精進しています」
「うむ、では最後に、この二年でお主がどれほど成長したかを見せてもらうとしよう」
「…………えっ?」
その言葉の意味が分からなかったのだろう。イハサはわずかに首を傾げた。




