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魔王ゼアルその3

 アルヴヘイム地方西部。そこにかつて魔王城と呼ばれ、今は総統府と呼ばれる城が存在する。

 ミッドランドから見て奥地にあるため一見立地が悪いように見えるが、魔王崇拝の根強いアルヴヘイムで魔王城をそのまま総統府として利用することで、市民の心を折る目的があった。常備兵力はおよそ三千と少なめだが、周囲には砦がいくつもあり、招集をかければ二、三日で軽く一万は集められる。

 その日、そんな総統府にたった三人で襲撃を仕掛ける者の姿があった。魔族の男一人と、人族の若い女二人で構成されたそれは、頭数と装備の少なさ、そしてそれでいてあまりに堂々とした歩みから、事前にそれが襲撃であると気付けた者は皆無だった。


 総統府正門。そこには二人の門番が常駐し、出入りを規制している。部外者が中に入るには誰かの仲介か紹介状が必要なのだが、ゼアル達は持ち合わせていない。


「待たれよ、これより先に進みたくば、己の立場を示せるものを提示してもらおう」


 今その任に着いているのは、若い兵士とベテランの兵士の二人組である。ベテラン兵がそう言って、ゼアル達の進路に立ち塞がる。


「己の立場を示せるもの……か、たった二十余年で我の顔も忘れたか? ロイ。それとも当時の面影すら残っていないか?」

「何を言っている? 何故私の名を……」


 最初は意味が分からなかったのだろう。だがゼアルの言葉とその容貌、それがロイと呼ばれた兵士の二十年前の記憶を呼び覚ましていく。当初戸惑い気味だった彼の表情が、徐々に驚愕のそれへと変わっていく。


「ま……まさか、貴方は……!?」

「そこから先は言うな。無駄に騒ぎを起こして人を集めるのは望む所ではない。……悪いようにはしない、通してくれるな? ロイ」

「……はっ! 喜んで!」


 二人の間にそれ以上の言葉は不要だった。ロイと呼ばれた兵士は直ちに道をあけ、敬礼してゼアル達を見送った。もう一人の若い兵士も、事情が呑み込めないながらも先輩兵士の判断に従ったようである。

 三人は正門を通過すると、そのまま中庭を超えてまっすぐに総統の椅子を目指す。ここが元魔王の城であるというのなら、改装でも加えない限りその内部はゼアルも把握している。そして改装の手が入っていない事も、ロアンの調査により把握している。

 故に足取りに迷いはなく、それでいて急がず、堂々と。中には疑問に思う者もいたようだが、それが不信感にまで至る事はなかったようである。

 そして遂に三人は、かつて魔王の間と呼ばれた部屋、その正面へと辿り着く。今そこにいるのは総統なのだから、今は総統の間とでも呼ぶべきか。


「二人ともここからが本番だ。空気に呑まれるな、空気を支配しろ。この城は既に我らの城であり、働く兵士も皆我らの部下、そう思え」

「「……はい」」


 イハサとヴァルナ、共に返事をするが、その面持ちは対照的だ。何度か修羅場を潜っているイハサは、程よい緊張感を保ちつつも落ち着いている。対するヴァルナはガチガチといった感じである、彼女の魔術は占いが主で、実戦で使った事は一度もないのだから無理もない。


「大丈夫ですよヴァルナさん、ここにはわしもゼアルもいます。何も心配はいりません」

「お前は強い、自信を持て。小難しく考えずに、襲ってきた連中の足を止めることに集中しろ。ここでは弓矢を使われることもあるまい」

「……はい」


 ヴァルナはなおも不安そうではあったが、二人の言葉で少し落ち着きを取り戻したようである。それでも十分とは言えなかったが、ゼアルは問題ないという判断を下す。


「うむ、ではいくぞ」

「「はい!」」


 再びそのやり取りを行い、三人はまっすぐに総統の間、その玉座を目指した。


「待て、貴様は何者だ」


 門番の類ではないが、一応見張りなのだろう。すぐに兵士に呼び止められる。


「お勤めご苦労。卿らの主の帰還だ。存分に祝うがいい」

「……何?」


 言われて兵士は怪訝な顔をする。本来ここで大声でも出して不審者(ゼアルたち)の存在を知らしめるべきなのだろうが、どうしたことかそれを実行に移すことは気が引けた。

 多数の兵士がたむろする中を、風を切って歩く三人。奇異の目を向ける兵士はあれど、実際に止めようと行動に移す者の姿はない。一つは同じ部屋にいる総統がまだ何も言っていないこと、もう一つは彼らがまるで凱旋でもしているかのごとく堂々としていたからだろう。とはいえ総統の一声さえあれば、即座に切りかかる用意をしていた者が大半だったようである。


「何者だ貴様ら、誰の許可を得てここに入って来た?」


 それまで遠くからゼアル達を見ていた、アルヴヘイム総統レイモンド。彼が痺れを切らせて声をかけた。だがゼアルは、


「……許可? 自分の城へ帰るのに誰かの許可が必要なのか?」


 はっきりと、この城が自分の物であると宣言してみせる。

 大勢の兵士の前で自分の立場を明確にすること、それは、本作戦におけるゼアルの戦略の一つである。効果はテキメンだったようで、ただそれだけで周囲の兵士たちの戦意が大幅に削がれたのが実感出来る。

 ヒト族の兵士はかつての魔王の後継者と対峙することへの恐怖、魔族の兵士はかつての主君の後継者と対峙することに対する戸惑い。士気の低下は当然と言えた。


「何だと……?」


 ゼアルの言葉でレイモンドはようやくそれが反乱であると気付いたようだ。慌てて玉座から立ち上がると、


「何をしている貴様ら! 早くその者らを捕……いや、処刑しろ!」


 周囲の兵士に対してそう命令を下した。しかし肝心の兵士たちは、戸惑うばかりで一向に従う気配がない。


「チッ、役立たず共が。近衛、そしてライオネル将軍よ、お前たちが行け! 敵は三人、うち二人は女子供だ。恐れるに足らん! そ奴らをこの場で処刑し、魔王の存在などもはや幻想である事を見せつけてやれ!」

「「はっ!!」」


 そして立ち塞がる四人の近衛と、将軍と呼ばれた一人の男。これにゼアル、イハサ、ヴァルナを加えたたった八人に、この国の命運は委ねられたのである。

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