魔王ゼアルその2
レシエ連合最北端にある国、フリーダ侯国。ここから内海を隔てたその先に、アルヴヘイムと呼ばれる土地がある。
およそ二年前、ゼアルはこの地を後にし、そこから時計回りに大陸を旅してきた。そして二年後のこの日、ゼアルは再びアルヴヘイムの地を踏むことになる。
「ゼアル様、これからアルヴヘイムを開放するとのことですが、本当に三人だけでよかったのですか?」
アルヴヘイムへと渡る小船の中、ふとヴァルナがそう発言した。
事前に伝えておいた通り、今この場にいるのはゼアル、ヴァルナ、そしてイハサの三人のみ。正確には他に船頭もいるが、彼はただの雇われであり、事情も知らなければ三人を渡した後はすぐに帰ることになっている。
「色々考えた末の結論だ。こちらが戦力を集めて攻め込めば、当然相手も相応の戦力で迎え撃つだろう。だがその兵士の大半は魔族、つまり我の同胞だ。国を取り戻すために同胞を大勢死なせるなど本末転倒。この三人であれば敵に察知される事もないし、戦力的にも申し分ない。一気に総統府を取れるだろう」
「そう上手くいくでしょうか……?」
「あの地は元々我の父が治めていた。今でも総統府で働く者の多くが父の部下だった者らしい。大丈夫だ」
ゼアルはそう言うものの、ヴァルナはやはり不安そうだ。ヴァルナは元々、魔術に関しては天性の才能を持っていた。更にゼアルの眷属となり、魔術を学んでからは、ゼアルにも匹敵する魔術を習得するまでになった。最もそれを実戦で使ったことはなく、だからこそ不安なのだという事は想像に難くない。
「大将、予定通り港町カウレラに入りますが、構いませんね?」
「ああ、頼む」
この船旅も実質お忍びのようなもので、今声をかけてきた船頭ですらゼアルたちの正体を知らない。おそらく金持ちの一家のアルヴヘイム旅行程度の認識なのだろう。
程なくして三人の乗る船は、アルヴヘイム地方唯一の港町、カウレラへと入港を果たす。まずゼアルが先に下船し、続く二人の手を取り下船を助けた。三人の下船を確認した船頭は、
「三人とも降りたようですね。それじゃああっしはここらでお暇させて頂きやすぜ」
そう言って再び船を出した。
「うむ、ご苦労だった。気を付けて帰られよ」
三人は船頭を見送ると、ゼアルの案内の元カウレラの街を歩いた。当たり前だが町行く人の多くは魔族である。それ故イハサとヴァルナの二人が目立ってしまうのではと危惧していたが、多くはないものの人族の姿もそれなりにあり、案外目立つことはなかった。
やがて三人は、一階が酒場、二階と三階が宿として機能しているとある店に辿り着く。
「ゼアル様、このまま総統府に向かわれるのですか?」
ヴァルナが疑問を投げかけた。
「まさか、この店でとある人物と待ち合わせをしている。既に来ているのであれば向こうから声をかけてきてもよさそうなものだが……」
既にいる客を探すより、新たに来た客に注目したほうが見付けやすいのは通り。ゼアルの予想した通り、程なくして一人の男が三人の元に歩み寄った。
「お久しぶりです、ゼアル様。お待ちしていました」
そういってお辞儀をしてきたのは、ゼアルが旅に出る切っ掛けを与えた人物、ロアンであった。
「ゼアル、この人は……?」
「ロアン、父の部下だった人だ。そしてある意味我の最初の部下でもある。彼には事前にここアルヴヘイムで敵の戦力について調べて貰っていた」
「そう言う事です。ここでは何ですから場所を移動しましょう」
「そうだな」
今度はロアンの案内の元、四人は場所を二階の個室に移す。これから彼らが話し合うのはある意味反乱計画そのものである。流石に人の多いこの場所で話し合う訳にいはいかなかった。
「初にお目にかかります、ロアンと申します。ヴァルナ様とイハサ様、そしてラクリエ様のことは事前に聞き及んでおります。以後お見知り置きを」
ロアンが再び、胸に手を当てて上品に挨拶をする。その振る舞いに、初対面で警戒気味だった二人も僅かに警戒を解いたようだ。
「事前の依頼通り、総統府とその近辺の戦力について調べて参りました。総統府の常備戦力はおよそ三千、内九割が魔族で三割が古参、つまりゼト様の代から兵士として働いている者になります。またこんなこともあろうかと、この二年の間にレジスタンスと接触して知己を結んでおりました。必要とあらばお使いください」
二年前と言うと、ゼアルが旅に出た頃である。その時はまだ、ゼアルは魔王になることを明言していなかった。つまりロアンは既にその時期から、ゼアルが魔王になることを見越していたことになる。
「見事な手腕だ。だが今回彼らにやって貰うことは内部工作だけでいい。総統府勤務の者には作戦遂行時に真っ先に我らに恭順すること、それ以外の者には反乱後の混乱を抑えて貰うことの二点だけだ」
しかしロアンは不可解そうに顎に触れた。
「それだけ……ですか? それでは肝心の総統府はどのように落とされるおつもりで?」
その疑問に、ゼアルは僅かに口角を上げた。
「簡単な事だ。総統府はこの三人だけで落とす」
「し、正気ですか!? 先刻申したように総統府には常備兵だけで三千はいるのですよ!?」
ロアンは慌てるが、事前にそう聞かされていたイハサとヴァルナは淡々としている。
「色々考えた末の作戦だ。こちらが数を揃えれば相手も数を揃え、本気で対処してくるだろう。だがこちらが三人であれば相手もそれが反乱だとは思うまい。今は敵とはいえその大半は魔族、つまり実質的な我の部下なのだからな。いたずらに被害を広げることはあるまい」
「もちろん一人の犠牲者も出すことなく国を取り返せるのならそれが理想です。しかし理想は所詮理想。上手くいくとはとても……」
しかしゼアルはあくまで作戦内容を変えない。まっすぐにロアンの目を見る。
「ロアン、卿は知らないだろうが、我が今ここにこうしていられるのは、全て我が父の臣下だった者たちのおかげだ。敗戦から二十余年、正確には最初の十年ほどだが、その時期を我が生き延びる事ができたのは、紛れもなく彼らの忠義によるもの。ならば今ここで我が彼らの忠義に報いずして何とする。それとも卿は、忠義を仇で返すような男の元で働きたいか?」
決して楽観視している訳でも、敵を侮っている訳でもない。ただそこには十分な勝算と動機があった。ゼアルの瞳からそれを感じ取ったロアンは、
「はは……全く、どうやら私はとんでもない人物に忠誠を誓ってしまったようです。ですが不思議と悪い気はしません。むしろ貴方の作戦に賭けてみたくなりましたよ。……わかりました、総統府までの下準備は私が請け負いましょう。他にやってほしい事があれば何でも言ってください」
「そうか、ありがとう。では早速だが――」
その日、ゼアルとロアンは二年ぶりの再会を喜ぶ暇もなく、アルヴヘイム解放作戦の打ち合わせに興じたのだった。




