イハサの山賊退治その3
討伐作戦はイハサが討伐隊に加わってからわずか数日後に開始した。既に山賊のアジトや戦力は特定していたが、戦力に不安があり決行出来ない状態だったという。そんな折討伐隊にイハサが加わったことで、戦力的にも十分対抗できると考えられたのである。
ザイートの町から更に南西、山賊団のアジトがある場所まで一日程の場所。イハサを含めた討伐隊百余名が、そこで野営していた。
「いよいよ明日だけど……どう? 緊張してる?」
「いえ、わしは別に……。以前十数人の手勢で百人近い敵を相手にしたことがあります。それに比べたら今回の山賊討伐など大したことはありません」
「じゅ、十対百!? それで勝ったのかい?」
「勝った……というよりは、最終的に生き残ったのがわしら数人だっただけです」
「そうか、若いのに相当な経験をしてるんだな……」
普通の人がこんな事を言ったところで、誰も真に受けはしなかっただろう。だがそれを語る少女には、それを裏付けるかのごとく、他者を寄せ付けない圧倒的な強さがあった。故、エマは何ら疑うことなくイハサの言葉を信じたのだ。
「そんな事よりエマ、今晩の内に皆を集めて演説をするのです」
「え、どうしたんだ急に。人前で話すのは苦手だし、今やる意味もないと思うけど……」
「いえ、今やらなければいけない事です。討伐隊に加わってから数日、ずっとエマや他の隊員の関係を見てきました。一部の者はきちんと貴女を敬っているようですが、大半はそうではない。ただ報酬目的で付き従っているだけ。そのような者は、いざ状況が危うくなると簡単に逃亡します」
「……それと演説とどういう関係が?」
「わしにも経験があります。人間誰しも自分に劣る相手に従いたくなどないのです。武芸、頭脳、権威、資金力、あるいは志。何でもいいのです。とにかく彼らを従わせるに足る何かを見せつけてあげなければ、彼らはいわゆる烏合の衆でしかないでしょう」
「資金力でもいいって事? でもそれは……」
「お父上の……ですよね? 彼らにとってのエマは、親のお金で人を集めて山賊討伐に向かう世間知らずなお嬢様でしかないのです。だから山賊討伐に向けるエマの志を、肉を切らせて骨を断つ覚悟を皆に知らしめてあげる必要があるのです」
「彼らの多くは傭兵であって部下ではない……か。考えもしなかった」
そして不意に途切れる会話。エマは考え事をするように下を向く。
「じゃあ言われた通りに演説をするか……? いや、うちはそういうのは苦手だし、付け焼き刃の言葉で彼らの意識を変えられるとも思えない。それよりも……」
何やらブツブツと独り言を言い始めたエマ。かつてイハサがそうであったように、部下を持つという事の意味を今、エマも理解しつつあるのかもしれない。
やがて彼女は、何かを思いついたように顔をあげた。
「イハサ、少し予定を変更しようと思うんだけど?」
「何かを思いついたようですね。本当に少しなら問題ないと思うですよ」
「うんありがとう。皆にも伝えてくれ、明日の討伐作戦は延期して、少し遠回りをした後に作戦に入ると」
「はい」
そう語るエマの表情は、今までのそれとはどこか違っていた。
「エマ、ここは?」
「例の山賊団に最後に襲われた村だ。最初は食物を奪っていく程度だったらしい。だが時間とともに奴らは人を傷付け、娘を奪っていくようになった。そして……」
討伐隊の眼前に広がるのは、住民のいなくなった村と、腐敗して骨がむき出しになった無数の遺体。腐乱死体を見るのは初めてだったのだろう。隊員の中には嘔吐する者の姿もあった。
「ついに村ごと壊滅させる事も厭わなくなった、と」
「そういう事みたいだ」
隊員の士気を上げるためにエマがとった行動、それはこれから戦う山賊団の非道な行い、その結果を直接見る事であった。話の苦手なエマが皆の前で演説を行っても効果は薄い。故に義憤によって士気を上げようと考えたのである。
効果はあったようで、どこか浮ついた空気感のあった討伐隊の面子も、みな一様に暗い顔へと変わった。
「これから戦う山賊は、山賊とはいえ元軍人、つまり戦闘のプロです。これを見て怖気付いた者は今すぐザイートに帰りなさい。そういう者に隊に残られた方が迷惑です。ですがこの光景を見て、自身が傷を負ってでも仇を取ってあげたいと思った者は残ってください。討伐隊にはお前たちのような者が必要です」
急に、イハサが全隊員に対して呼びかける。喋りが苦手なエマに代わって隊員全てに対してその覚悟を問うたのである。
結果、皆大なり小なり恐怖は感じたようだが、それより怒りや正義感の方が勝ったようである。挑発交じりの言葉を投げかけたイハサに対して、力強い視線を向けていた。
「皆覚悟はできているみたいだな。ではこれより本作戦に移る。奴らが犯した罪の重さを思い知らせてやれ!」
「「応っっっっっ!!」」
イハサの言葉に被せるように、エマが語りかける。それは、演説が苦手なはずのエマの口から自然と出てきた言葉であった。




