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戦後処理

 終戦後にユートリア地方東部は、南征軍四候国に褒賞として与えられた。戦果に対して大き過ぎる褒賞ではあったが、彼らを出し抜いた事に対する謝罪の意味もあったようだ。

 同じく南征軍のキシリア、メイダ、そして東征軍のゲルト、ダーナにも同様の打診をするが、彼らは『主君以外の者から褒賞を受け取る事は出来ない』と、これを固辞。残りの土地は全てゼアルの判断に任せられることとなった。



「それで……」


 ガイルが苦虫を噛み潰したような顔で語る。


「何で俺がユートリア地方の領主なんだよ! おかしいだろ!」

「ベルガナ軍総大将の撃破、クーデターへの貢献、そしてベルガナ本国との交渉。功績を考えたら別におかしくはないだろう」


 さも当然とばかりに語るのは、それを決めた張本人であるゼアル。


「クーデターと交渉はカティアの功績だっての! だいたい主君より広い土地貰って一体どうしろってんだよ」

「これからユートリア地方には、ベルガナからの出稼ぎや入植者が大勢押し掛けてくるだろう。そんなとき、ユートリア地方を治めるのがベルガナ人であるガイルであった方が何かと都合がいいのだ。そしてガイルの上に我がいる。これで元々の住民の不安も抑える事が出来る。いざと言う時は我に直接訴え出ればいいのだからな」

「ううむ……」


 それでもガイルは不満気であったものの、しっかりした根拠を示されて反論できなくなったようだ。


「レシエで戦後処理を終えたら再びこちらに顔を出そう。その時イハサと模擬戦をしてみるのも面白いかもな」

「……イハサ? 人の名前か?」

「うむ、我の部下だ。まだ若いが白兵戦では比類なき強さを持つ。此度の戦争では国の守りに残してきた」

「マジかよ……あんたがそう言うって事は相当なんだろうな……」

「うむ、楽しみにしておくといい」


 そしてガイルは諦めたように溜息を突く。


「分かったよ、だが正直俺は頭を使うのは苦手だからな。上手く出来なくても文句は言うなよ?」

「……文句は言わないが意見はさせて貰おう。だが事務的な事はカティアに任せて、重要な決断をガイル自身がするといいかもしれないな」

「そうだな、小難しい話をされても俺には分からん」

「分からない事は分からないと認めて、信頼できる部下に託すのも必要な事だ。ではそろそろ我も行くとしよう」

「ああ、またな」


 その日、しばらくの間ベルガナと連合の支配下にあったユートリア地方西部、そして中部は、まとめてユートリア候国として独立を果たすと共に、連合の一つに加えられる事となった。連合の盟主はレシエ候ゼアルであり、この時を以って、連合は大陸を五分割する大国の一つに名を連ねる事となったのである。



「それで、せっかく勝ち取った領土を全部あげちゃったんですか?」


 イハサが呆れ顔で言う。


「飛び地を手に入れたところで管理が面倒なだけだ。第一、我の部下が治める土地であれば結局は同じことであろう」

「それはそうかもしれないですが……」


 理解はできるが納得は出来ない、といった所だろうか。ベルガナ戦争における一番の功労者はゼアルなのだが、そんなゼアルに対する恩賞が実質何もないのだから無理もない。代わりに連合盟主の椅子を手に入れたと言えばその通りなのだが。


「ところでラクリエの様子はどうだ? 少しは落ち着いたか?」

「姫様は……」


 聞かれてイハサは言い淀む。ゼアル達が遠征に向かう前、彼女は自分のせいで母国(ハーノイン)が滅んでしまうのではないかとずっと気にしていた。現状ハーノインがどうなったという事はないが、相手が相手である以上絶望的な状況に変わりはない。


「やはり根本的な問題をどうにかしないことにはラクリエの気も晴れんか……。分かった、表立って協力する事は出来んが、できる限りの事はやってみよう」

「いいのですか?」

「家族が困っているのだ。力を貸すのは当然だろう」

「家族……」


 イハサはふと、以前にもゼアルがそう言っていた事を思い出す。何だかんだと言いつつゼアルは身内には甘い。今回の遠征でもそうだ。事情はかくあれど折角勝ち取った領土を全部部下にあげてしまうなど、流石に人が良すぎではないのか、と。そして同時に、自分たちのお願いも案外何でも聞き入れてくれるのではないのだろうかとも。


「イハサも何か考えておくように。ミッドランドに敵対視されない程度にミッドランドの動きを牽制する手段をな」

「分かったのです。……ところでゼアル、この件に関係がある……かどうかは分からないですが、ひとつお願いを聞いて欲しいです」

「珍しいな、何だ?」

「それは……」



 そして……。

 その日の夜、ゼアル、ヴァルナ、イハサ、そしてラクリエの四人は、一つのベッドに川の字になって寝た。そうすることがイハサの願いであり、根底にはゼアルの帰還を喜びラクリエと共に安心感に浸りたいという思いがあったのかもしれない。



「アラン殿、お久しぶりです」

「おおゼアル殿。ゼアル殿が連合盟主になられた時以来ですかな。どうですかな調子は」


 その時ゼアルは、自らアランの治める地、そして城の名でもあるローグに赴いた。ローグ候アラン。ベルガナ戦争では南征軍に属し、ベルガナ本体との決戦の時にはいち早く駆けつけて共に戦ってくれた男である。

 その後、ゼアルに出し抜かれる形で盟主は交代してしまうものの、同じく出し抜かれて不満を顕わにする南征軍三候爵をなだめ、先んじてゼアルに忠誠を誓った。彼の存在がなければ連合内で再び戦争になる……とまではいかないだろうが、円満に盟主交代を果たす事はできなかっただろう。

 そのような経緯ともう一つの理由によって、ゼアルは彼を信頼し、またここに来たのだ。


「何とかやっております。ところでアラン殿、事前に手紙でも軽く触れましたが、貴方に折り入って頼みたい事があるのです」

「うむ把握しておる。なんでも政治学について学ばせて欲しいとか。しかし聞けばゼアル殿は貴殿の治めるレシエで名君と呼ばれ慕われておるそうではないか。今更余に学ぶ必要があるとも思えないのだが……」

「いえ、学ばせて貰うのは私ではありません。今回の戦で主君を失った国や新たに興った国、その次期国主やナンバー2を対象に授業を行って頂きたい。聞けばアラン殿は近々引退を控えているとの事。その知識と経験を連合全体の為に生かして欲しいのです」

「なんと、そう言う事であったか……」


 アランは目を丸くするが、直後に合点が行ったとばかりに頷いてみせる。


「ゼアル殿自身がそれを行わない理由を伺っても構わないだろうか?」

「……私の政治は確かに評価されていますが、圧倒的に経験が足りていません。何より私が諸侯にそう呼びかけてしまえば、それは実質的な強制であり人質の要求と取られかねない。私はあくまでも自由参加という形で行いたいのです」

「なるほどのう、確かにそうなるであろうな。分かった、これも連合の未来のため。その任、謹んで受けさせて頂こう」

「ありがとうございますアラン殿」

「それはこちらのセリフだ。他国との良きコネクションが作れそうだからの」

「流石はアラン殿、抜け目ない」

「分かっていて依頼したのだろう。調子のいい盟主様だ」


 互いにそう軽口を言い合い、最後に二人は固い握手を交わす。これは元々、主君を失った四候国の兵たちとゼアルが交わした約束事である。かつてのレシエと同じ道を歩まない、歩ませないために考えられた政策だった。

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