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その日の午後も、いつものようにルースの講義が始まった。
講義室にいく道すがらアディは、廊下で行き交う衛兵がちらほらと増えていることに気づいた。エレオノーラたちがそれに気づいたかどうかはわからないが、離宮内がどことなく緊張感に包まれていることには気づいているようだ。
お昼もほとんど喉を通らなかったアディは、講義が始まってもルースの声をぼんやりと聞いていた。
「……ですか? アデライード様」
急に名を呼ばれて、アディは我に返った。
「は、はい?」
「おや、目を開けたまま眠るとは、ずいぶん器用な真似ができるのですね。いっそのこと王太子妃ではなく、旅芸人の道化をめざしたらいかがでしょう」
「……!」
本当に、表向きのルースの態度は何があっても変わることがない。けれど今日のアディにとっては、何も変わらないその態度が逆に安心できた
アディは、一度大きく息を吸うと、つんと口をとがらせる。
「起きていますわ。あまりに退屈な講義だったので少し考えに沈んでしまっただけです」
「そうですか」
ルースは、壮絶に美しい顔になって笑った。
「では、テンドカル王朝の特徴とその衰退に関して述べてみて下さい」
「え……」
その王朝について、確かに予習した覚えはある。だが、言葉を詰まらせたアディに、ルースはずい、と詰め寄る。
「当然、ご存知ですよね」
「も、もちろん……」
アディが冷や汗をかいて追いつめられた時だった。
ほとほとと扉と叩く音が聞こえた。
ルースが扉をあけると、一人の衛兵が立っている。
「失礼いたします。エレオノーラ様に、お客様でございます」
「わたくしに?」
ルースが場所を空けると、足早に入ってきたのは、がっしりとした体つきの大柄な男性だった。エレオノーラは、弾かれたように立ち上がる。
「ブライアン!?」
「エリィ」
男は、感極まった声でエレオノーラを呼んだ。
アディは、エレオノーラを見上げる。
「お知り合い?」
「し、知らないわ、こんな男!」
エレオノーラがうろたえる様を、アディたちは初めて見た。
他の人間には目もくれず男はまっすぐにエレオノーラの前に歩いていき、そこでひざまずくと、エレオノーラに向かって片手をのばした。
「迎えに来たよ、エリィ」
「な……なによ、いまさら。もう、わたくしは……」
アディとポーレットは、ぽかんとしたまま二人の様子を見守る。
熱っぽくエレオノーラを見つめるその目が、何よりも如実に彼の持つエレオノーラへの気持ちを物語っていた。
「君が王宮へと去った後、ケビンたち全員に決闘を申し込んだ」
エレオノーラが息を飲む。
ケビン? 決闘?
物騒な言葉が出てきて、アディはポーレットと顔を見合わせた。
それは、エレオノーラが王太子妃候補として王宮にあがる、一月ほど前の事だった。
*****
「王太子妃……?」
衝撃的な言葉に、ブライアンが振り向いた。エレオノーラは、扇も使わずにまっすぐにブライアンを見上げている。
幼い頃からのなじみとはいえ、今は公爵令嬢と彼女を守る騎士。淑女らしくない相対し方だが、エレオノーラがそんな風に自分を装わずに顔を合わせるのは、ブライアンだけだ。
「そうよ。今日正式に通達を受けたの。来月には、王宮に行くわ」
淡々と告げたエレオノーラに、ブライアンは激しく動揺した。
「なぜ……」
絞り出されたその言葉に、エレオノーラはきりりとまなじりを吊り上げる。




