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イジワル執事と王太子は伯爵令嬢を惑わせる  作者: 和泉 利依
第五章

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「なぜ? 私はメイスフィール公爵令嬢よ? 王太子妃に選ばれたとしても、おかしくないでしょう?」

 エレオノーラは、あえてまだ候補のうちの一人であることは口にしなかった。

「だが……君は……」

「それとも、わたくしはいつまでもあなたのことを好きでいるとでも思っていたのかしら」

 図星をさされて、ブライアンは絶句する。


『わたくしを妻になさい』

 エレオノーラが舌足らずな声で初めてそう言ったのは、まだ彼女の歳が片手で足りる頃だったと、ブライアンは記憶している。

 何が気に入ったのか、彼女を守るための騎士であったブライアンに、エレオノーラはことあるごとに求婚をし続けた。


 女性から婚姻を言い出すのも型破りなら、言い出したのは主君が目に入れても痛くないほどに溺愛している一人娘だ。しかも、十以上も歳が離れている。ブライアンはそのたびに笑顔ではぐらかしてきた。本気になど、できるわけもなかった。

 公爵夫妻や三人の兄たちに大切に育てられたエレオノーラは、期待に違わず美しい令嬢へと成長した。日に日に求婚者は増えていったが、彼らに見向きもしない彼女を、公爵も無理に嫁がせようとはしなかった。公爵令嬢という立場上、やはり王家へ嫁ぐつもりなのだ、という噂が広まった時に、エレオノーラは言った。


『わたくしの夫はわたくしが選びます』

 その視線が自分にまっすぐに向いていることに気づいて、ようやくブライアンはエレオノーラが本気だという事を悟った。エレオノーラは、嘘をつかない。ブライアンはそれを知っていた。


 自分を一途に慕ってくれた彼女を、ブライアンもいつの間にか愛していた。

 その美しさももちろんのこと、彼女が本当は誰よりも努力家で繊細で優しいことを、幼い頃からブライアンは見てきた。そのもろさを、いつまでも守っていきたいと思った。 


 だが、しょせん令嬢とその騎士だ。いずれエレオノーラも目を覚ますだろう、とブライアンは自分の気持ちを心の奥底に封じ込めて、あえて一介の騎士としてエレオノーラと接してきた。いつかエレオノーラも結婚をするという事実からあえて目を背けて、ブライアンはずっとそんな日々が続くものだと思い込んでいたのだ。

 エレオノーラの結婚が決まったことに、これほどに動揺するとは、ブライアン自身も思っていなかった。 


 じい、とブライアンの様子を睨みつけていたエレオノーラは、ふう、と息を吐いた。

「もう疲れたわ、ブライアン。ついにあなたの気持ちがわからなかったことだけが心残りだけれど、今更よね。わたくしを娶る覚悟がないのは、あなたの家ではなくあなた自身だわ」

 痛いところを衝かれたブライアンは、黙り込む。


 家柄が、歳の差が。そう言って、エレオノーラを黙らせてきたのは、ほかならぬ自分だ。一言、彼女のことを嫌いだ、といえばエレオノーラはそれ以上の求婚はしなかっただろうが、ブライアンは一度もその言葉を言えなかった。


「私、十八になったの。幼い頃からの淡い恋を夢見ていられる時期は、とっくにすぎてしまったわ。だから私は、王太子妃となるために王宮へ行きます」

 きっぱりと言い切ったエレオノーラにも、ブライアンは何も言わない。エレオノーラは、黙ったままのブライアンにむかってドレスの裾をもちあげ、淑女の礼を取る。


「さようなら、ブライアン。もう、あなたを困らせることはいたしません。いっそ、あなたがわたくしの婿となってこの家の当主になるくらいのことが言えたら……いいえ、それも、もう」

 身分に縛られている彼に、その垣根を越えて彼女をさらうことなどできないと、エレオノーラは本当は知っていた。それでも、さらってほしかった。

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