第二十五話
既に時空の異常はほとんど無く、故に総真は全力を出せる。
既に歪みを制御する事は出来ず、故に丹羽は全力を出せる。
百パーセントと百パーセント。互いの全てを発揮出来る中での決戦は、正に互いの意地だけを賭けた、馬鹿な男達の『喧嘩』であった。
「おらぁっ!」
「ふんっ!」
正面から突っ込んだ総真と、同じく正面から突っ込んだ丹羽の拳がぶつかり合う。
激しい衝突音。速度と力に劣る総真が一方的に吹き飛ばされ、しかし四肢から噴出したエネルギーの噴流で強引に体制を立て直す。
「トップ・ワン!」
――Top One!――
加速し、再度突撃。
それを丹羽はどっしりと待ち受ける。受け流すように後退しながら無数の拳を交わし合い、隙を見てカウンターを狙い打つ。
まだ速度に劣る総真では、その一撃を捌き切れない。腹部に沈み込む拳に苦悶の声を上げながら、下方に向かって落ち行くのみ。
「野郎……! トップ・ツー!」
――Top Two!――
痛みを噛み殺し、ギアを上げた。
背後にエネルギーを吐き出し勢いを殺す。ビリビリと身体に負荷を感じながらも更に噴射量を上げ、敵へ向かって一直線。
今度は丹羽も待ちはしなかった。固めた時空を蹴り、落下の速度を足して迎撃に飛び出す。
肉の腕と機械の腕、二つが組み合い、ガチンと硬い音を鳴らした。そのまま、至近で殴りあう。
「っらあああああ!」
「うぉぉおおおお!」
停滞した時流の中で行われる、常人には視認も出来ない高度な喧嘩。
普通なら『馬鹿な事を』と突っ込まれる所も、今は二人だけでブレーキが掛からない。
何処までも加速する、加速出来る戦いは、彼等の気持ちを確かに高揚させていた。
「ぬんっ!」
「っ! がっ……!」
丹羽の太い腕が一際強く振るわれ、ガードに出した腕がカチ上げられる。
明確な隙に、丹羽が追撃を仕掛けた瞬間。総真は更にギアを上げた。
「トップ・スリー!」
――Top Three!――
総真の姿が掻き消える。
咄嗟に丹羽は背後へ向かって蹴りを繰り出し、それを鋼の腕が受け止める。
「温いな」
「上等っ!」
短い挑発の言葉に此方も短く返し、蹴撃。
まるで鏡のように相手もまた蹴りを返し、二つの脚が交差する。
一瞬だけ動きが止まり。次の瞬間にはまた、激しい殴打の嵐が吹き荒れていた。
「せりゃあああ!」
「おおおおおお!」
もうまともに会話する気など無い、気合の雄叫びばかりが響く戦い。
それを行う両者の顔は、凄絶な笑みで彩られている。もう直ぐ死ぬのに、勝っても得られるものなどほとんど無いのに、それでも楽しい。
多くのものは要らないのだ。今欲しいのはたった一つ。
((こいつに、勝つ!))
勝利、ただその事実だけ。
無駄なものを削ぎ落とし、逆に無駄なものが残った。だからこそ、彼等の戦いは何処までも純粋で輝いて見える。
「っく、のおおおお!」
「はあああああああ!」
崩壊する世界の中を、二筋の閃光が駆け巡った。
幾度もぶつかり、離れ、またぶつかって、その度に汗を飛ばし傷を増やす。
総真の心臓に埋め込まれたαレンド機関が作り出したリージェネレイト・エネルギーが、伝達ケーブルと化した神経を通じて四肢へと至る。
無限に生み出されるエネルギーは、正に脅威そのもの。だがそれは時流者とて同じだ。
生きている限り、時間は流れる。だから時流者もまた、生きている限り時粒子を生み出せる。
無限と無限。どちらかのエネルギー切れでの決着は有り得ない。この勝負の終わりは何処までも確かな、実力によってのみ訪れる。
「ぬぅん!」
「ちっ……。ぐぅっ!」
飛翔する総真を時空を蹴った鋭角な軌道で追い詰めた丹羽が、蹴りの体制で豪速落下。
背後からの脅威に舌打つのも束の間、避けられず直撃した丸太のような強靭な脚に、総真は高速で吹き飛ばされていく。
剥がれ落ちた巨大な時空の欠片を二つ、三つ、突き破りながらも逆噴射。何とか勢いを殺すものの、受けたダメージは甚大だ。
「はぁ、はぁ、糞ったれ。これでも届かないってのか」
階段状に固めた時空をゆっくりと降りてくる丹羽を見上げ、悪態。
相手にも充分なダメージは与えている。だがそれ以上に、此方のダメージが嵩んでいる。このまま行けば先に力尽きるのは此方だろう。
先日のように一発逆転の一撃を狙おうにも、丹羽は流石と言うべきか、そのような隙を微塵も見せなかった。世界三位は伊達では無い、という事か。
(どうする。どうやって勝つ……?)
荒い深呼吸で酸素を取り込みながら、脳をフル稼働。
打開策を探る中、総真は今だからこその、ある事実に行き着いた。
(待てよ。今の俺はもう、後先を考える必要は無い。だったら――)
ギラリ、双眸を輝かせ、口角を吊り上げる。
丹羽がピクリと眉根を上げ脚を止めた。そのまま此方を警戒する彼に、総真は凄絶な笑みで言う。
「やっぱ強ぇよ、お前。このままじゃあちと、勝つのは厳しそうだ」
「そうか。ならば負けを認め、諦めるか?」
絶対にそうしない、と確信している口調だった。
「いいや。……見せてやるぜ、丹羽。こっからが俺の本当の命懸け。全力を超えた全力――百二十パーセントだ!」
宣言と共に、総真は脳内で指示を出す。
義眼に流れる鬱陶しい警告文は全て無視した。強制的にリミッターを解除。本来ならば『使ってはならない』最後の段階を解放する。
「トーレン・ライド……」
――そもそもトーレン・ライドとは、まだ未完成なシステムである。
核となるαレンド機関は無尽蔵のリージェネレイト・エネルギーを生み出せるが、肝心のそれを使う四肢の方が、膨大なエネルギーに耐えられない。
この欠点の為に、システムにはリミッターが掛けられているのだ。だがもし、これを解除したならば?
答えは単純。短時間だけの、限界突破だ。
そう。今、総真がしようとしているように。
「トップ……ファイナァァァァアアアアル!!」
――system planet relieve, full drive!!――
彼の思いに応え、αレンド機関が完全稼動。
身体中を莫大なリージェネレイト・エネルギーが駆け巡り、抑え切れないエネルギーが四肢の隙間と噴射口から溢れ出る。
余りの濃度に薄水色に色づいたエネルギーは彼を覆うように周囲に滞留し、次々と追加されるエネルギーに押されて立ち昇る。義肢が、許容量を超えたエネルギーに悲鳴を上げた。
「悪いな。百二十パーセント所か、二百パーセントを超えちまったみたいだ」
挑発混じりに言う彼からは、言葉違わぬ力が感じ取れる。
常軌を逸した圧力。丹羽はつい目を細め……笑った。
「そうか。ならばこちらもやっと、全力を超えた全力を出せる」
「は?」
総真が間抜けな声を出すのも束の間、丹羽は大きく息を吸い、ゆっくりと吐くと、
「――オーバークロック」
静かな宣言に従い、先程までの比では無い量の時粒子が彼の下へと急速に集う。
薄緑色の輝きが群を成して集結する光景は、オーロラを至近で見たような美しさだった。やがて輝きは丹羽を包み、ゆらりとオーラのように立ち昇る。
義眼に表示された時粒子量に、総真の頬を冷や汗が伝う。
「おいおい。そんな奥の手があるなんて聞いてねぇぞ」
「言った覚えは無いからな。何、この状況、環境でのみ出せる、最終手段というやつだ」
今現在この空間は、非常に特殊な状態にある。
時空が大規模崩壊を起こしている事で、誰の色にも染まっていない無色な時粒子が大量に空間中に存在している上に、時空は不安定=安定していない為干渉し易い。
加えて正常な時間の流れからは切り離されている為、『正常な状態に戻ろうとする力』の影響を受けないのだ。これは、時空を操作する時流者にとってはこれ以上無い最高の環境である。
何せ自身が生み出すそれとは比べ物にならない量の時粒子を自由に扱え、かつ時流操作に関わってくる障害がほとんど無いのだ。この状況下に置いてのみ、時流者は既存の時流至断理論の研究範囲を大きく超えた力の行使が可能となる。
無論、本人の腕にもよるし、莫大な量の時粒子を扱う事による負荷もあるが。
「机上の空論として研究者達の間で有名な条件設定だったが……まさかこうも上手く整うとはな。ぶっつけ本番で成功したのには、俺自身驚いている」
「才能ってやつか? ふざけた野郎だ。まぁ俺も、人の事は言えないけどよ」
言い捨て、苦笑。同時に義眼の端に表示されたレッドアラートも、一緒に笑って弾き飛ばす。
「これでまた勝敗は分からないってか? 上等だ。さあ――」
「勝負っ」
極自然に、二人は飛び出し鎬を削る。
それは先程までと似ていて、しかし戦闘の領域だけは遥か上だ。激突の衝撃が波紋のように時空に広がり、果ての見えない広大な世界が狭く感じる程の速度で彼等は駆け巡り、互いの意地をぶつけ合う。
「やるな。その状態に対しては、時間加速も時間停止も効かないという事かっ」
「リージェネレイト・エネルギーの干渉力を舐めんなよ。ていうかさらっと遮断時流を遥かに超えた真似をしてんじゃねぇ!」
子供の喧嘩のように文句を言い合いながらも、動きだけは緩めない。
総真の身体を、限界を超えた負荷が襲った。
丹羽の身体を、限界を超えた負荷が襲った。
だが二人共まるで気にせず、ただ目の前の好敵手を打倒する事だけを考え手を尽くす。アドレナリンが脳内に溢れ、ボロボロに成りながらも零れるのは笑みばかり。
百の拳に百の拳を返し、百の蹴りに百の蹴りで返す。最早細かい技など何の意味も無い。それは、何処までも原始的でしかし超越的に高速な、究極の『喧嘩』であった。
「だらああああああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
相手を掴み、ぶん投げた……と思った瞬間には、もう戻ってきて拳を振りかぶっている。
吹き飛ばされ、無防備になった……と思った瞬間には、もう背後に回って蹴りを繰り出している。
気を抜ける暇など刹那と無い。体感時間では途方も無く長く、実際の時間はほんの僅かな彼等の戦いは、時空の崩壊が終盤を迎えると共に最高潮へと到達する。
「喰らいやがれぇぇええ!」
「お前の方こそぉぉおお!」
クロスカウンター。両者の腕が交差し、それぞれの拳がそれぞれの頬に突き刺さる。
顔が歪み、脳が揺れた。全く互角の衝突で、しかし此処で総真の特性が有利に働く。
彼は改造人間なのだ。トーレン・ライドの制御を始めとした各種管制を務める為に、脳には専用のチップが埋め込まれている。
それが、思考の空白とは裏腹に自動で作用し、リージェネレイト・エネルギーを使用。脳を混乱状態から強制的に覚醒させる。
これは丹羽には出来ない芸当だ。彼はあくまで自分の意思、思考で時粒子を扱っている為、脳が揺らされ混乱状態にある時は満足に力を使えない。
勿論丹羽とて時粒子を使い自身の脳を加速、強制的に混乱から立ち直らせはしたのだが、この極限の速度戦においてほんの僅かな初動の差は致命的な差でもある。
結果。総真は丹羽の隙を突き、見事彼の懐に身体を潜り込ませる事に成功していた。
「もらったぁ!」
漸く混乱から立ち直り目を見開く丹羽に、総真の蹴り上げが直撃する。
顎を打ち抜いたその一撃は、彼を花火のように上方へ打ち上げ、更にもう一度思考に空白を作り出す。
丹羽の動きが止まる。瞬きよりも短い隙に、総真は己が全てを注ぎ込んだ。
「最速で、決めるっ!」
超加速し、突撃。四方八方から丹羽の身体を打ち貫く。
傷付いた丹羽と、負荷でボロボロに成って行く自身の身体から出た血が、時空に真っ赤な大輪を咲き誇らせた。
「落ちろ――彼岸花ッ!」
止めとばかりに落下しながらの踵落としを叩き込み、鮮血の花は完成する。
まごうことなき必殺の一撃。だが丹羽のタフさを知る総真は、これではまだ足りないと判断した。
痛む身体を気合でねじ伏せ、瞬時に加速。落ちていく丹羽へ、速く、ただどこまでも速く宙を駆ける。
砕けた時空の海を落ちるその姿は、まるで一筋の流星のよう。
「これで……最後だっ!」
全てを賭し、限界を超えて加速した流星は、最早時間でさえも捉えきれない。
時間を支配しているはずの丹羽に出来たのは、ただ落ちてくる輝きを、目を見開いて見詰める事だけだった。
「鳳……仙……花ァァァァアアアアアアアア!!」
「――っ!」
『速さ』が『時間』を打ち抜いた。
そう表現する他無い。それは正に物理的な限界を、少年の意地が突き破った瞬間だった。
「……お前の、勝ちだ」
ゆっくりと丹羽の身体から力が抜け、目蓋が閉じる。
囁くような呟きをしっかりと耳にしながら。総真は掴んだ勝利を放さぬよう、壊れかけの拳をしっかりと握り締めながら、強く強く雄叫びを上げた――。




