第二十六話
「よう。生きてるか?」
倒れる丹羽に近づき、総真は開口一番問い掛ける。
既にトップ・ファイナルは解除されていた。辛うじてもった四肢からエネルギーを噴出しながら、そっと移動し、ずきりと走る痛みに顔を歪める。
一方の丹羽は、宙空に倒れながらも、何を当たり前の事をという顔で。
「……何とかな。こうして時空を固められている時点で、分かっている事だろう?」
「まあそうだけど。一応な?」
「安心しろ。身体はまともに動かない。……お前の勝ちだ」
自然に出た言葉には、賞賛の響きが宿っていた。
顔には悔しさと清々しさが同居している。頬が微かに上がっていたのは、きっと見間違いでは無いだろう。
こうして賞賛される事の少なかった総真は、気恥ずかしくなりつい頭を描く。しかし悪い気分では無い。強敵と認めた相手からの賞賛は、思った以上に嬉しいものだった。
「やっと、まともな勝ちか。随分熱中しちまったな。気付けばもう、ほとんど終わりか」
見上げた空には、もう黄色は全く残っていない。
視線を下げ周囲を見渡せば、残りかすのような黄色が次々と剥がれ落ちては消えていく。この調子ならこの時空が消滅するまであと一分か、それとも二分か。
(何にせよ、休憩する暇もなさそうか)
間近に迫った死を感じ、長い、長い息を吐く。
そんな総真を横目で眺め、丹羽は殊更ゆっくりと、
「満足、か?」
「ん? ん~……。それなりには、な。だからまぁ、一つお願いを聞いちゃあくれないか?」
「何がだから、なんだ」
「ほら、勝者の特権って奴だよ。それでだ、俺の不満を解消するのに協力してくれ」
「……別に構わんが。出来る事などほとんど無いぞ」
苦労しながら上体を起こした丹羽の言う通り、この空間で出来る事などほとんど残っていない。
そもそもが何も無い空間であるし、時間も無いのだ。唯一出来る『決着を付ける事』も既に終えた。一体これ以上、何をしようというのか。
疑問を抱く彼に、総真はあっけらかんと言う。
「別にたいした事じゃない。ただこの空間から出るのに協力してくれ、ってだけだ」
「なるほど、この空間から出るのに協力……何だとっ?」
つい前のめりになり、身体に走る激痛に顔を顰める。
その様子にからからと笑う少年へ、丹羽は問い掛ける。
「どういう事だ? 脱出の方法でも見つけたのか?」
「もしかしたら、って話さ。……さっきの戦いで俺もお前も、本来の限界を超えた力を使っただろう?」
「ああ。それが?」
「その二つを合わせれば。もしかしたらこの時空に穴を開けて、出られるんじゃないかってな」
総真の提案は、ある程度納得のいくものだった。
トップ・ファイナルとオーバークロック。二つの力は、常軌を逸した程に強大で強力だ。
元々この空間も丹羽が時粒子を操り歪みを生み出し、入り口を開けてやって来た場所なのだから、それ以上の力をそれも二つも合わせればきっと不可能では無いだろう。
しかし、丹羽は露骨に難色を示す。
「不可能では無いだろう。だが、可能性は極端に低い。俺が歪みを生み出し入り口を開けられたのは、ニュルメグルスタの準備と協力があってこそ。幾ら膨大な時粒子を操れても、それだけで穴を開けるのは難しい。また、お前の力に関しては……」
数瞬、考える素振りしてから、
「確かに強力だ。が、どうやって使う? 干渉力とやらを使って穴を開けようとするにしても、単独では出来ないから俺に協力を頼んでいるのだろう。だが、俺とお前の力は全く別種のもの。余程上手く合わせなければ、逆に互いを殺しかねんぞ」
的確な指摘をしてみせる。
うっ、と総真が呻いた。
「そこはほら、賭けって事で。逆に想像以上の効果を発揮出来るかもしれないしさ?」
「考えなしだな。都合の良い事しか見ていない」
「べ、別に良いじゃねーか。どうせこのままじゃ死んじまうんだ。だったら、最後まで足掻いてみようや」
「……お前は、死ぬ事を受け入れていると思ったが」
少なくとも、自身と決着を付けようとしていた彼は、そう見えた。
総真がまたも気まずげに頭を描く。そして言った。
「さっきまでは、そうだったんだけどよ。やっぱり死にたくないなー、って」
「おい」
「いやだってよ、当然じゃねぇか? 俺はまだ未来に希望を抱いている若者だし。それに……待ってる奴等が、居るからよ」
「…………」
「一時は、死んでもしょうがないと思ってた。けど、いざとなったらさ……浮かんでくるんだ。俺を待ってる人達の顔が。俺を送り出してくれた、皆の顔が」
「そうか……」
「だから、駄目かもしれないけど。諦めちゃあいけないと思うんだ。ついでに言えば、アニキを頼むってお前の子分共にも言われちまったしなぁ」
「あいつらが……」
はは、と笑う総真を余所に、丹羽は数秒目を瞑る。
そうして、今日一番の深い溜息を吐いた。
「無謀な賭けに自ら臨む。馬鹿だな」
「あんだと!?」
「だが、悪く無い。協力してやろう」
「え……本当か!?」
「ああ。俺もお前のような、馬鹿に成りたくなった。それに……俺はまだしも、せめてお前だけでも帰さなければな」
後半は小さく呟いて、重い腰を上げる。
彼には分かっていた。例え試みが上手くいって元の世界に帰れたとしても、自分の居場所などありはしないと。
何せ自身は世界を滅ぼしかけた凶悪犯だ。どうやっても、まともな未来は望めない。
だがそれでも、この少年だけは帰さなければならない。待つ人が居る。帰りたいと願う。未来を作る正しい心を持った、この少年だけは。
「ほら、しっかりしろ丹羽」
崩れ落ちかけた丹羽の身体を、総真が支える。
そのまま肩を貸す。今この瞬間、確かに二人は隣に並び立っていた。
「確認するぞ。俺とお前の全力でこの世界の果てへと飛行。そのままぶち破って、元の世界へと戻るっ」
「単純だな。仮に破れたとしても、その先に元の世界があるとは限らないぞ。むしろ今見えているような、果ての無い闇に囚われて死ぬ可能性の方が余程高い」
「どうせこのままじゃ死ぬんだ。どっちも変わんねぇよ」
「ふ……。それもそう、か」
肩を組み、前を見る。
パリン、と乾いた音がして、空間が激しい振動に見舞われた。
「始まったか。丹羽っ!」
「ああ。分かっている!」
今までの表面だけの剥離とは訳が違う。
時空の根本そのものが、砕け、崩壊し、消滅していく。
まるで荘厳なステンドグラスが割れていくような光景に、恐れず怯まず、二人は叫んだ。
「トーレン・ライド……トップ・ファイナル!」「オーバークロック!」
――system planet relieve, full drive!!――
再びの限界を超えた力の行使に、二人の身体が悲鳴を上げる。
総真の義肢がギチギチと嫌な音を立てた。
丹羽の傷から血が霧となって吹き出した。
それでも、二人は躊躇わない。一人は未来を掴む為。一人は未来を与える為。覚悟を決めて前を向く。
「準備は良いか、丹羽」
「ああ、問題ない。――総真」
一瞬、己が耳を疑い。
次の瞬間にはにやりと笑い、総真は固められた時空を全力で踏み蹴った。
「行くぜぇぇえええええええ!」
ガゴン、と巨大な音を鳴らして、二人が砲弾の如く撃ち出される。
全開の速度。全開の時流制御。二つの力は合わさり、彗星のように帯を引いて、無限にも近しい世界を駆ける原動力へと昇華する。
「「ぐっ、ぐぅぅぅぅうううう」」
余りの負荷に呻きが漏れるが、速度は落とさない。
崩壊する時空に巻き込まれるよりも早く、駆け抜けなければならないのだ。止まるどころか速度を緩める暇すら無い。
あっと言う間に、遥か遠かったはずの境界が近づいて来る。遂に耐え切れなくなった義肢が壊れ始め、全身を砕けそうな痛みが襲うが、気合と根性でねじ伏せた。
最早閃光すら超えた今、口を開くことも困難だ。それでも最後の一押しの為、時空の境界と接触する瞬間、二人は揃って口を開け、虚空に雄叫びを響かせる。
「「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
激突。
そして……。
~~~~~~
バクン、と魚の口のように閉じた歪みの入り口。
それを見た瞬間、一同の顔色が一気に変わった。
「入り口が……。そ、総真は!?」
慌ててアルトリーナへと問い掛ける西加。
訊かれたガイノイドの方は、じっと動かず集めた様々な情報を精査し……顔をそっと俯ける。
「ま、まさか……」
「……総真様に関する情報はゼロ。脱出は……失敗したと思われます」
「そ、そんな。嘘だろう、アルトリーナ!」
己に縋り付いて来る少女に、沈痛な面持ちで首を振る。
西加がイヤイヤと駄々をこねた。それでも、非情な現実が変わる事は無い。
「博士……」
「嫌だ、嫌だっ。そんなのは嘘だ、嘘だぁっ!」
泣き喚く彼女を抱きしめるアルトリーナだが、その顔もまた悲しみに染まっている。
二人を眺め、冷夏は無言で目を伏せた。心の中に色々な想いが去来して、ぐちゃぐちゃに混ざり合っては胸を叩く。
「本当に、馬鹿です。貴方は……」
「いやっほぉうぅぅぅぅぅううううううう!」
その思考を断ち切ったのは、喜びに湧き立つ兄の嬌声であった。
目を開け隣を見れば、甲子園優勝を成し遂げた野球部員のようにガッツポーズや万歳を繰り返しているではないか。
露骨に眉を顰める彼女を余所に、狂三郎は歓喜一杯で捲くし立てる。
「やった、やったぞ。あの男が死んだ! 世界も救われ、これで冷夏の無事は保障された! 僕の勝利だぁぁぁぁああああ!」
彼にしてみれば、総真の死とは喜ぶべき事なのである。
狂三郎は決して、意地を張ったり照れ隠しで総真に反発していた訳では無い。彼は心の底から、彼を邪魔だと――死んで欲しいと思っていたのだ。
だから歓喜のあまり小躍りし。それは、この場において致命的な程に空気を読まない行動だった。
「ははははははは! やったぞ冷夏。記念に今日は祝賀会だ! さあ、一緒に我が家に帰ろう――あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばぁあ!?」
「流石に最低です。兄さん」
最大出力の電撃が、容赦なく長時間浴びせられる。
それは人間に使うには普通に危険な出力であった。元々嫌っていたが、今この瞬間、冷夏は割りと本気で兄に『死んでくれないかな』と思っていたのである。
プシュー、とあっと言う間に真っ黒焦げな狂三郎。それでも何とか生きているらしく、「れ、冷夏……」と呻きながら手を伸ばしてくる兄に、もう一発撃っとくかと考えて、
「そうまぁ。そうまぁあぁぁあああああああああああああああああ」
「……そんな場面でもありませんね」
静かにスタンガンを下ろし、スイッチを切った。
辺りに響く少女の絶叫。それは余りにも長く、重く、悲痛なもので――
「あああああぁあぁぁああああああぁぁぁあああああ」
「煩いぞ西加。そんなに叫ばなくても聞こえてる」
「ぁぁぁぁぁぁ……あ? あああああああああああああああああ!?」
一転、悲鳴が驚愕へと変化する。
それは冷夏も、アルトリーナも、そして方向性は違うが狂三郎もまた同じで。
彼等の視線は揃って、よっ、と軽く手を挙げ此方に歩いてくる少年の姿に釘付けになっていた。
誰も一言も発せない。気分は正に、幽霊が目の前に現れた状態だ。
真っ先に立ち直ったのは、おぞましい顔をした狂三郎。
「貴様ぁぁああ! 何故生きているっ。駄目じゃないか、死んだ奴が生きてちゃあ!」
「おーう、良い度胸だ手前。逆に俺がお前をぶっ殺してやろうかぁ?」
売り言葉に買い言葉、額に青筋を浮かばせながら顔を突き合わせる二人に、漸く回りも意識を取り戻す。
真っ先に、西加が信じられないと言う顔で駆け寄った。
「そ、そうまっ。そうま、総真、そうま、そうま?」
「何で最後疑問系?」
「いや、だって、お主……!」
「安心しろ西加。間違いなく俺は四速総真で、本物だ。ちゃんと解決して、帰って来たんだよ」
言って、苦笑。
そんな何時も通りの総真にやっと実感が湧いたのか、西加は目尻に涙を滲ませると、
「総真ぁぁぁぁあああああああああ!!」
「あれ、これ前にも――ぶおっ!」
腹部にタックル。思いっきり、抱きついた。
「お、おい、西加……」
「総真ぁぁ……」
『博士だ』と訂正する事も忘れ、心底嬉しそうに呟く西加に、総真はもう一度苦笑して頭を撫でる。
と、袖をちょこんと引っ張られた。
「アルトリーナ?」
「総真様……。よく、ご無事で」
此方は前回の反省を生かしたのか、そっと抱きついてくる。
総真もまた、西加の頭を撫でながらも抱きしめ返した。そこでやっと彼自身、帰って来たという実感を得る。
自然と、頬が綻んだ。
「よく戻ってこられましたね。出入り口は消えてしまったはずですが」
未だ騒いでいた狂三郎を軽く締め、黙らせた西加が近づき問う。
総真は「おう冷夏」と軽く手を挙げながら、答えた。
「なーに、出口が無くなったのなら作れば良い。って訳で、無理矢理時空をぶち破って脱出したのさ」
「はぁ? ……何ですか、そのパンが無ければお菓子を食べれば良い、みたいなとんでも理論は。常識が無いんですか、貴方は?」
「失礼な。そのとんでも理論のおかげで帰ってこられたんだから、俺の正しさは証明されたも同然だぞ」
「自分の頭がおかしい事を誇らないで下さい。……ですが、きちんと帰って来たので、評価はクリオネ程度にはしてあげましょう」
「おお、本当か? って、それは果たして上がっているのか下がっているのか……?」
喜んだのも束の間、疑問に頭を捻る総真は気付かなかった。無表情に見える冷夏の口の端が、小さく上がっていた事に。
と、彼女がそういえば、と手を叩く。
「丹羽鹿野比呂はどうなったんですか? 歪みが収まったという事は、殴り倒してきたんでしょう?」
「あぁ、あいつな。……分かんね」
はぁ? と皆が声を揃えた。
つい気まずげに頭を描く。
「いやー、それがさ。消滅する時空から脱出するのにあいつの力も借りたんだけど……気付いたら居なくなっててさ。どうなったか分からないんだ」
「な、何だとー!?」
「え? ……あ、三馬鹿」
突然の叫びに総真が振り向けば、そこに大股で近づいて来るデブ・ノッポ・デブノッポの三人組が。
彼等は揃って此方に詰め寄ると、三人一気に捲くし立てる。
「どーいう事だ! 兄貴は一体どうなったってんだよ!」
「ま、まさか、死んじゃったんじゃあ……?」
「そんなわけあるか! あの兄貴が、兄貴が……!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ三人に、総真は溜息。
そうして軽く彼等の頭を叩いて落ち着かせると、言う。
「安心しろ、多分生きてるよ。俺がこうして無事なんだから、あいつもどっかで生きてるだろ」
「「「ほ、本当かっ?」」」
「多分な。まぁ、そう簡単にくたばる奴でも無さそうだしよ」
その希望的予測に、三人組は少しは安心したようだった。
そして直ぐに顔を見合わせると、こうしちゃ居られないと走り出す。
「兄貴を探しに行くぞ! お前等!」
「「アイアイサー!」」
「そんな簡単に見つかるもんでも無いと思うけどなぁ……」
呆れる総真を余所に、彼等の姿は直ぐに見えなくなってしまう。
まぁ良いか、と肩を竦めた。これ以上は自分の関与する所では無い。
「っと、そうだ。まだ言い忘れてたな」
今更ながらに重要な事を思い出し、総真は抱きついていた二人を離す。
「総真?」「総真様?」
「ん、んんっ」
そうしてわざとらしく咳払い何てして、西加とアルトリーナ、そして冷夏へと向き直り、
「――ただいま、皆」
「「「――おかえりなさい」」」
三人揃っての迎えの言葉を受けて。
総真はこれまでの十七年で、最上級の笑みを浮かべたのであった。




