第十話
戦闘開始と同時、二人の身体は常人の遥か先の領域へと加速し、間も無く正面からぶつかり合った。
思いっきり拳を振りかぶり、迫る男へと叩きつける。それなりの太さの自身の腕と、図太く筋肉の付いた丹羽の腕。一見すれば勝敗は明らかだが、しかし今回に関してはそうはならない。
何せ、此方の腕はそもそも義手だ。太さ、詰まり筋肉の量では威力は決まらない。
だから安心してぶつけてみたのだが――予想以上に、丹羽の力は強大だった。呆気なく押し切られ、総真の身体が宙に舞う。
「くっそ。見た目通りの馬鹿力が!」
悪態を尽き、四肢から吹き出したリージェネレイト・エネルギーでバランスを取る。
正確な所を言えば、時流者の腕力は時粒子による副次的な肉体強化によっても変わるので、見た目がダイレクトに反映される訳ではないのだが。分かっていても、丹羽の見た目を考慮すれば言いたくなるのだ。
対して罵倒された丹羽は、表情をピクリとも動かさず追撃を掛けてくる。こいつは表情筋は発達しなかったのだろうか。出会ってからずっとむすっとした顔を基調にしている気がする。
何はともあれ、まずは迎撃。すると見せかけて、衝突の寸前、肘からの噴射でくるりと回る。
パンチの上を華麗に前宙。高々と右脚を掲げた総真は、踵落としの要領で上げた右脚を振り下ろした。
目指すは頭。その堅物そうな頭部を、ぶっ叩いてやるっ。
「死に晒せええええええええええええええ!」
他人に放ってはいけないような絶叫が、口から漏れた。漏れたなどという声量ではなかったが。
空気を裂く、総真の右脚。手加減はいらないだろうと悟った彼の全力は、当たれば像だって一撃で昏倒するだろう。
それを、丹羽が簡単に受け止める。頭上に掲げた左腕一本で。
「まじかよ! だから馬鹿力は止めろってのっ」
「お前が弱いだけだろう。ふんっ!」
脚を払われ、総真はバランスを崩した。
慌ててリージェネレイト・エネルギーを噴射して、丹羽から距離を取る。そうして追撃に備えるが、何故か丹羽はじっと此方を見詰めるだけで、攻撃はして来ない。
(何だあいつ。様子を見ている、のか? いや、むしろあの視線は観察するような――)
ジロジロと注がれる視線に眉を顰める。
総真は自覚が薄く分かっていなかったが、これはトーレン・ライドのせいである。今まで世に無かった時流者に対抗出来るシステムなのだ、奇妙に思い観察するのは当然だろう。
やがて、警戒するだけでは時間の無駄だと悟ったのか。地を踏み締めた丹羽が、再度此方に突っ込んできた。
合わせ、総真もまた飛び出そうとし……思い留まる。
(力じゃ俺の負けだ。速さを活かして戦わないと)
熱く沸騰しているように見えて、冷静な少年である。
これまで、西加の元でずっと憎いあん畜生を倒す為、彼は特訓を重ねてきたのだ。その中には当然、戦闘時における適切な判断の訓練もあった。この程度で今更冷静さを失う訳がないのである。
四肢から噴出させたエネルギーで空へと上がる。軽く距離を取りながら、相手の隙をつぶさに探した。
だが見つからない。ビルを蹴り、飛び跳ねながら迫り来る丹羽には、驚く程隙が無いのだ。
「やっぱ素人じゃねぇな。あの威圧感の時点で、分かってたことだけどよッ」
遂には追いつかれ、総真は仕方なく迎撃の手を振るう。
交わされる幾多の拳。力負けするのは分かっているので、打ち合わず成るべく弾くようにしているのだが、それでもきつい。次第に手が追いつかなくなり、徐々に徐々に追い詰められていく。
(このままじゃ負けだ。一旦、仕切りなおさないと)
起死回生を狙い、右脚を振り上げる。
狙うは眼前の顎。下から打ち抜き蹴り上げる、おまけで脳震盪が付いて来れば文句なし。
期待に塗れた総真の右脚が丹羽を襲った。意識を両腕に集めた上での死角からの一撃、これは流石にかわせまい。
と、総真は自信満々に思っていたのだが。残念ながら、現実は甘くなく。
「温いぞ。その力も、考え方も」
ぐぉんと丹羽の動きが加速したかと思うと、次の瞬間には此方の蹴脚を見事にかわし、反撃まで繰り出していた。
やばっ、と加速された思考で呟く。分厚い靴底が目前に迫り、避ける間もなく顔面を押し潰される。
鼻から響く嫌な音。吹き飛ばされながら懸命に体勢を建て直し、何とか地面に着地すれば、鼻腔から血が一筋垂れ落ちて。
「痛って~……。折れては無いか? だと良いなあ」
袖で血を拭いながら、総真は愚痴る。
一体何が起こったんだ。明らかに避けられるタイミングじゃなかったはずだ。なのに、突然あいつの身体が、動きが加速した。
怪訝な顔で地面に降り立つ丹羽を睨む。彼は調子を確かめるように首を回すと、憮然とした顔のまま口を開いた。
「良く分からないが。大した力だ、その手足」
「そりゃどーも。うちの天才のおかげでね。しかしあんたどうなってるんだ? トーレン・ライドでも、まるで捉えきれないなんて」
「トーレン・ライド……その力の事か。何故対応出来ないかと言えば単純だ。俺が、強い」
ピクリ、総真は片眉を跳ね上げる。
大した自信だ。いや事実か。実際、今の総真では彼の動きには対応しきれないのだから。
「にしても、言ってくれるな。まだこっちは本気を出しちゃいないんだぜ?」
「ならば早く出したらどうだ。でなければ、終わるぞ」
「オーケー、そんじゃあ見せてやる。こいつが俺とトーレン・ライドの、本気って奴だ!」
――Top Two!――
真っ赤な文字が義眼に流れ、総真の身体が加速する。
四肢から噴出されたエネルギーの総量は、これまでよりも遥かに多い。比するように彼の速度もまた上がり、あっという間に彼我の距離はゼロになる。
初手は正拳。右の義腕が唸りを上げた。
「せりゃあッ!」
「ふんっ!」
小麦色の腕が素早くクロス。奇襲染みた一撃を容易く防がれ、しかし総真に驚きは無い。
この程度は想定済みだ。何せ先程の相手の動き、速度を見れば、トップ・ツーにも匹敵する力を持っているのは最早道理。だから、既に次の手も用意してある。
引き絞っておいた左腕を、クロスの隙間を狙うように素早く打ち出す。着弾点は腹。衝撃を与えて動きを止めたところで、本命の一撃を叩き込む。
リージェネレイト・エネルギーの効果を受けて、左腕が加速して――クロスの下側、丹羽の右腕がそれを阻んだ。ちっ、と思わず舌打ち。
「んじゃあ、これならどうよっ」
前蹴りを繰り出そうと予備動作に入った相手を見て、総真は地を蹴る。
横っ飛びに跳躍。同時に手足を振り、エネルギーの噴射を調節して、丹羽の背後に回りこむ。
見事極小範囲の旋回を決めれば、目の前には今正に蹴りを繰り出し、無防備となった男の背中。
取った、と確信する。
「お返しだ、筋肉ダルマ!」
叫び、打ち出した拳で狙ったのは顔面。正確には後頭部だが、丁度丹羽が振り返ろうとしているので、当たる時には自然と顔面になるだろう。
(判断を誤ったな。振り返る暇があるのなら、飛び退いて逃げるべきだった!)
相手の愚を嗤い、総真は容赦なく拳を突き出す。
その先が皮膚に触れる――直前で、またも丹羽の身体が奇妙に動いた。
ぐらり、物理的におかしくね? という体捌きで彼が身を沈める。拳は髪を掠った程度で空を切り、むしろ今度は此方が死に体と化してしまう。
「言い忘れていたが」
丹羽が地を踏み締めながら、左腕を引き絞る。
嘘だろおい、と叫びたかった。何せ解き放たれた彼の拳。その速度が異常だったからだ。それこそ、エネルギーを噴射しての緊急回避が間に合わない程に。
認識しながら、避けられない――初めて感じた恐ろしさだった。
「俺もまだ、本気を出していない」
「うばっ……がぁ!?」
奇妙な呻きを肺からひり出し、総真の身体が三度宙を舞う。
十メートル、二十メートル。更に跳んでコンクリートの地面に叩きつけられ、無様に倒れ伏した。ぴくぴく、と指が動く。
幸い、追撃は来なかった。必要ないと判断したのか、単なる慈悲かは分からなかったが。
「か、あ~……。畜生、肺が潰れるかと思ったぜ。少しは手加減しやがれ、常人なら死んでるぞっ」
「したとも。して、それだ」
震える手足で何とか立ち上がり愚痴ってみれば、無情な言葉で返される。
その振る舞いも、言葉も、堂々としたものだ。まだまだ余裕があるのだろう。冗談じゃない、勘弁してくれ。
と、そこで総真は気付いた。何故か、勝ちを目指している。いや、負けたくないと思っている自分に。
負けても良かったはずだ、この戦いは。ムカつく相手をぶっ飛ばしたい、という思いこそあったものの、正直そこまでやる気は無かったはずだ。
何せ負けた所でデメリットが無い。アルトリーナを取られることもなく、目の前の男の告白ショーが開催されて、そして直ぐに終わるだけなのだ。だから勝ち目が薄いのならいっその事、今すぐ両手を上げて降伏したって良い筈なのだ。
なのに自分は今、負けたくないと思っている。痛む体を気合で立たせ、まだ戦おうとしている。それは何故か。
(――決まってる。男だからだろ。デメリットが無くたって、喧嘩で負けたくなんかないんだろ!)
馬鹿な己を自覚して、総真は唇を吊り上げた。
そもそもトーレン・ライドというシステムを搭載したのだって、幼少の頃馬鹿にして来た相手をぶっ飛ばしたい、という意地からだ。
人々が下らないと言うプライド。或いは悔しさ。それの為に、己はこれまでの数年間、多大な努力を費やしてきた。
言ってしまえば、本能的な馬鹿。自分とは、そういう生き物なのだ。
「なら。最後まで戦うしか、ねぇよなぁ!?」
しっかりと二本の足で地を踏み締め、総真は哂った。
どうせやるのなら、勝つ。勝ちたい。負けたくない。
まるで、友人と対戦ゲームで遊ぶ子供のようで……そんな自分が、嫌いでは無い。いいやむしろ、愛している!
(って言うとちょっと、ナルシストっぽくて嫌だな)
自分で自分の言葉に突っ込みつつ、総真は戦闘の構えを取った。
腰を落とし、半身になる。両の拳を握り締め、右腕を脇腹に付けるように引き絞る。
此方の戦意を感じ取ったのか、丹羽が重心を僅かに沈めた。
「まだやるか。格の差は、はっきりしたと思うが。それとも持っているのか? まだ、切り札を」
「ねぇよそんな格好良いもん。今が正真正銘、俺の出せる全力だ。けどっ」
だからどうした。相手の方が実力が上、だからどうした。
「気合と根性なら、まだ残ってるぜ。お前みたいにすかした奴は、格好悪いと言うかもしれんがな!」
「……いいや。そんな事は言わん。ただの馬鹿なら、それは愚かだが……大馬鹿のそれは、いっそ清々しい」
丹羽の口元が微かに綻んだ、気がした。
真実は知らない。だが少なくとも、嘲笑でないのは確かだろう。どうやら思っていたよりも気が合うらしい。
「へへ、じゃあやるか。下らない喧嘩。その続きだ!」
「ああ。受けて立つ――」
互いに戦意を迸らせ、続きを始めようとしたその瞬間。
「総真っ! 無事か、総真ぁぁああああああああ!」
背後から大声で名を呼ばれ、総真はがくんとつんのめった。
転びそうになった身体をより戻し、眉根を寄せて背後を見やる。
案の定と言うべきか。見覚えのある白衣の幼女が、小走りに駆け寄って来ていた。そのまま服の裾を掴まれる。
「なーにやってんだ、西加。っていうか邪魔するなよ、良いところで」
「博士と呼べと言っているだろうがっ! 全く、心配して出て来てやったというのに。失礼な奴め!」
ぷんすか怒気を立ち昇らせ抗議する、博士こと物宮西加。
高まっていた気が一瞬で削がれた。試しに丹羽へと振り返ってみれば、彼も同じだったのか微妙な表情で此方を見ている。
おかしいなぁ、どうしてこいつは此処に居るのだろう。彼女は俺とアルトリーナをデートに送り出して、自分は別の研究に没頭していたはずなのに――とは、思わない。
むしろ予想通りだった。この好奇心旺盛なちびっ子が、送り出すだけで何もしないわけがないのだ。監視するのは当たり前、こっそり付いて来るのも想定の範囲内である。
ただ、予想外があるとすれば。その更に後ろから、見覚えのある少女と青年が現れた事だろうか。
「……お前等まで付いて来てたのか? 冷夏、狂三郎」
「は? ただの偶然ですよ。何でも自分の都合の良いように考えないで下さい、自意識過剰ですね」
「僕は冷夏の傍に居るだけだ。君の事はどうでもいいよ」
辛辣な返答に、総真は間違いなく彼女等が本物であると理解する。
もしかしたらそっくりさん? なんて冗談混じりにでも考えていた自分がアホらしい。っていうかこんな奇妙な二人組みがそうそう他に居るものか。
「大丈夫ですか? 総真様。ああ、こんなに血を流して……」
「ぬぐっ。あぁ、ありがとう、アルトリーナ」
次いで近づいて来たガイノイドにハンカチで鼻元を拭われて、感謝を述べる。
彼女だけが俺の癒しだ。何て、総真は割と本気で考えていた。実際間違っていないのが悲しいところである。
と、アルトリーナに甲斐甲斐しく世話を焼かれていると、背後から怒気を感じた。振り向けば、丹羽の仏頂面が更に険しくなっているではないか。
何故? と一旦考えてから、嫉妬か、と気付く。アルトリーナに世話をされている此方が気に入らないのだろう。
(ただのゴリラかと思ったら。人間らしいところもあるじゃあないか)
失礼な事を考えながら、総真はアルトリーナを離し、丹羽へと向き直った。
手足を動かし調子を確かめる。ついでに腰元に引っ付いたままだった西加も離して、戦闘体勢を整えた。
(さーて、どうやって勝ったもんかな)
悩みながらも、総真はわくわくしていた。
自分より強い敵に、全力で立ち向かう。何て心が躍るのか。スポーツとか、勉強とか、競争の只中で戦っている人間は何時もこんな気持ちなのだろうか。
今度からはちょっとだけ真面目に勉強しようかな、何て頭の片隅で思い。くい、と袖を引っ張られ、首だけを動かし振り向く。
てっきり、西加かと思ったのだが――そこに居たのはアルトリーナで。
「あの、総真様。お伝えしておきたい事が……」
「伝えておきたい事? もしかして、良い作戦でもあるのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……丹羽さんの事です」
「あいつの?」
ぐるり、再度丹羽を見る。
「実は、知り合いだった。は、ありえないよな」
「はい。私とあの人とは、初対面です。ですが、私のメモリーの中にあの人の情報がありました」
「え。どういう事? もしかしてあいつって、有名人?」
鍛え抜かれた肉体から、スポーツ選手という可能性が浮かんだ総真だが、直ぐに違うと断じる。
時流者は常人とは違う。例え時間の流れを操らなくても、時粒子の副作用で身体能力が向上しているのだ。通常のスポーツには参加出来ないし、時流者だけのスポーツは、まだまだ成熟していない。
だから丹羽が有名なスポーツ選手という可能性は無い、と思う。多分。
かといって芸能人、なんてものにも思えず、総真は首を傾げた。視線を戻せば何故かアルトリーナまで小首を傾げ、
「有名人、と言われればその通りですが……むしろ総真様はご存じないのですか?」
「その反応。俺は知ってなきゃおかしいのか? え、何で?」
「いえ、そこまでではありません。ただ……時流者を倒そうとしている総真様が、彼を知らないというのは……」
「そんなに有名な時流者なのか、あいつは。一体何者なんだ? どういう奴なんだよ、丹羽は」
困惑し聞き返せば、真っ赤な唇が答えを紡ぐ。
「彼は、丹羽鹿野比呂さんは。昨年の時流者による世界大会――その第三位です」
「……うそぉ。まじで?」
もう何度目かも分からぬ首の回転と共に、丹羽をまじまじと見詰める総真。
対する丹羽は、此方の話を聞いていたのか鷹揚に頷く。表情筋の動きは少ないものの、何処か自慢げな気がした。
「おいおいおい。何でそんな人間が此処に居るんだよ。……ってそうか。今年の世界大会の会場は――」
「はい。この街です」
時流者の世界大会は、毎年特定の場所で行われる事になっている。
それは、世界各地に点在する『時流の不安定な場所』。不安定といっても別に害や異常がある訳ではなく、他より少し時流が揺らぎやすいだけなのだが、同時に時流者にとっては時流を操作しやすい、というメリットがあった。
そしてこの街も、そんな場所の一つなのだ。故に一週間後に開催される世界大会に参加する為、丹羽はこの街にやって来ていたのだろう。
「道理で強い訳だよ。実質、この世界で三番目に強い人類って事じゃねぇか」
「はい、そして世界的な有名人でもあります。……昨年の準決勝では、総真様の打倒目標である憎いあん畜生さんと戦い、敗北したはずですが。試合はご覧にならなかったのですか?」
「見た。けど、あの糞畜生ばっかり注目してたから、相手はあんまり覚えてないんだ。一番強い奴との戦いを見たほうが良いだろう、って決勝の試合ばっかり繰り返し見てたしな」
答えながら、奥底に仕舞った記憶を急いで掘り出す。
確かに、薄っすらと靄掛かった試合映像の中に、丹羽に似た筋肉男が居た気がした。朧げながら体格が更に良くなっている気がするが、そこはこの一年で鍛えたという事なのだろう。
相手が世界でも有数の実力者である、という事実を知り――けれど総真の思いに変わりは無い。
「ま、だからどうしたって話だな。世界三位、大いに結構じゃないか。俺の目標は世界一位を打倒する事なんだ、今更三位なんぞにびびっていられるか」
「三位なんぞ、とは。言ってくれるな」
丹羽のむすっとした表情がより一層険しくなる。
闘気を漲らせる彼に、しかし総真はまた哂う。
「気を悪くしたならすまないな。けど、実際あんたに負けてるようじゃあ奴を倒すなんて夢のまた夢。ましてびびって退くなんざ、論外だ」
「……成る程。まぁ、気持ちは分からないでもない。俺とて昨年のリベンジを果たす事が目標の一つだからな」
「はっ、そりゃ気が合うな。んじゃあそろそろ始めようか。周囲も随分と騒がしくなってきた、余計な邪魔が入る前に決着、つけようぜ」
両者、決然とファイティングポーズ。
が、またも裾を引っ張られる感触に、総真は溜息を吐き振り返る。
「もうこれ以上一体何よ。なぁ、博士」
「……勝ちたいか? 総真」
水を差した主――物宮西加の言葉に、怪訝な顔を作る。
そりゃ勿論、と困惑しながらも素直に返せば、彼女は何故か薄っすらと笑って。
「ならば、その手段を与えてやろう! 勝てるかどうかはお主次第だがな!」
無い胸を張って、そう宣言した。
どういう事だ、と視線で問い返せば、西加は懐からスマートフォン型の端末を取り出しながら言う。
「調整中のトーレン・ライド、その機能の一部を解放する。リミッターの第三段階だ。そいつを使えば、奴の造る時間の流れにも充分対抗出来るはずだっ」
「良いのか? 調整が大体終わってるのは知ってたが。安全の為に、まだ使うなって……」
「だから、解放とは言っても時間制限付きだ。――遮断時流換算で三分。その間にけりを付けろっ」
それは、あまりに短いタイムリミット。
現実時間で言えば数秒にも満たないだろう。たったそれだけの時間で、あの世界三位の男を打ち倒せ、というのだ。
無茶で、無謀で。だからこそ総真の心はより燃え上がる。
「良いね。上等だ、やってやろうじゃねぇか。その位のハンデがあったほうが、やる気も出るってものさ」
「はっはっは、お主ならそう言うと思ったぞ。では腕を出せ、アップデートだ!」
差し出した左腕の一部がバカンと開き、接続用の端子が露になる。
西加が手の端末からケーブルを伸ばし、接続。制限の解除とちょっとした更新だけだったおかげで、作業自体は数秒足らずで終わりを告げた。
表皮を閉じ、義眼に流れるメッセージを確認。改めて、世界三位と相対する。
「もう良いのか?」
「ああ、待たせたな。んじゃ今度こそ、始めようかっ」
気合を入れ、構えを取る総真の背中に掛かる、声。
「精々頑張って下さい。どーせ勝てないでしょうけど」
「いっそやられて死んでしまえ~。冷夏に手を出そうとする屑なんて、コンクリートの染みになるのがお似合いだ~」
「はっはっはー! 見せてやれ、お主の力を。私達の開発した、トーレン・ライドを!」
「……御武運を。総真様」
四者四様の激励(?)に、思わず苦笑する。
良い感じに肩の力も抜けた所で、総真は威勢よく宣言した。
「行くぜ、筋肉ダルマっ! トーレン・ライド……トップ・スリー!」
――Data Set Ready,Go!――Top Three!――
応え、丹羽が遮断時流を展開する。
その圧倒的な力にも負けず。総真は迎撃の構えを取る男へと、超高速で飛び出して行ったのであった。




