第7話 魔術の力
一匹だけ残ったゴブリンは敵わないことを理解したのか、錆びた剣を放り出して走って森の奥へと逃げてゆく。
エヴァはその様子を見ても特に追うような素振りを見せずに剣を収める。
勝利宣言とばかりに、にまりと笑みを浮かべる。『どう、言ったとおりでしょう』と顔に書いてある。
「ほんとうにつよいんだぁ……」
「なによ、疑ってたの?」
「そうじゃないけど、じっかんなんてなかったもん」
「師匠と敬ってもいいわよ!」
「はい、ししょー!」
実際、ここまで強いと尊敬の念が絶えない。そして、その師匠の先生は剣も魔法も両方身内なのだから、エヴァの姿は未来自分がなれるかもしれない姿なのだ。
俺も女の子を背中に庇いながら『後ろにいるんだ。絶対守る』とか言いたい。
言われるのも胸がときめくけどね?
「まあ、もう襲ってこないと思うけど、一度戻りましょう」
「えー、もうちょっとおそわりたい……」
すがるように上目遣いでおねだりすると気を良くしたのか、『もうちょっとくらいならいいわよね!』と乗り気になってくれた。
じゃあ再開……としようとしたところで、ゴブリンが逃げていった方向からまた木々が擦れる音が聞こえてくる。
まさか戻ってきたのだろうか。音は二匹が現れた時よりも大きく、もしかしたら援軍を呼びに行ったのかもしれない。
「性懲りもないわね」
「いっぱいでてきたらどうしよう」
「斬っちゃえばどんだけいてもいっしょよ」
無双系のごとく剣を振り回してゴブリンの首を跳ね飛ばす系少女。
ゴブリンにとっての悪夢だが、俺にとっては頼もしい限りだった。
主人公に助けられるだけで惚れちゃうヒロインになんて軽いやつだと笑うことがあったが、実際に危険を目の前にすると気持ちがわかる。ひどく安心する。
そんな師匠、お願いします! モードのままさあ、ゴブリンは何匹に増えるかな、と待っていると、現れたのはゴブリンじゃなかった。
現れたのはゴブリンよりはるかに長身で、体が三倍くらいに大きく、筋肉質であり、豚が二足歩行を覚えたような外見の――オークだった。
ある意味でゴブリンより有名なオークだが、生で見ると全く印象が変わる。
ゴブリンがその辺のチンピラ以下の存在なのに大して、オークからは横綱のような重量と安定感があるのだ。
それが切れ味の良さそうな大振りの鉄の剣に、青銅だろうが、盾まで構えていた。
「なんで……?」
「はぐれのオークは時々ゴブリンの住まいを乗っ取って従えるケースがあるって聞いたことがあるわ」
同じ人間を襲う同士気が合うんだろうか。いや、オークを囲うように一緒に現れた五匹のゴブリンたちは皆、俺達ではなく、オークの一挙挙動を気にしており、まるで番長に媚びうる舎弟だった。
「え、エヴァおねえちゃん……」
『大丈夫よ』そんな言葉を期待して様子を伺うと、オークを真っ直ぐ見つめながらもその瞳はかすかに揺れおり、頬を汗が伝う。
「そんな……」
心の中で何かが崩れるような音がした気がする。
このまま、二人で殺されてしまうのだろうか。一度死んだくせに、死ぬなんて全く考えていなかった。神様に認めてもらったわけでも、チートがあるわけでもないくせに。
頭のなかに、お母様やお父様、フェリシアや関わってきた人たちの顔が浮かんでは消える。
前は死んだって惜しくないとどこかで考えていた。
もっと良い何処かに行きたいと願っていた。でも、それはここなのだ。
もし次があるとしても、ここで生きていきたいと思うのに。
あんな奴に奪われるなんて。
もっと、強ければ……。
振り返ったエヴァはどこか認めがたい苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、俺に視線を合わせない。
「ごめんなさい」
それが、もうどうしようもないのだと告げられる言葉で、勝手に涙が流れた。
「勝手に森に入ったことは謝るから、助けて。お父様」
その言葉を理解するより前に、大量の光り輝く剣がオークやゴブリンを突き刺していく。
逃げようとする背中に、足に、胴に何本も何本も。
唖然としながら、その光景を見ていた。
あの、恐ろしいはずの魔物が、ただ串刺しにされてなすすべなく死んでゆく。
圧倒的だった。
「シャインセイバー。光の剣が敵を貫く魔術さ。光属性の上級魔術。使える人は結構少ないんだよ?」
すごいだろう? そんな顔をしながらやってきたのはミハエル叔父さんだった。
端正な顔立ちで、研究者肌のせいか、日に焼けていないその肌は白く、貴公子然とした振る舞いは光景と相まってまるで物語のワンシーンのようだった。
「魔物が出そうなところには一人で行かないと約束しただろう?」
「リオンもいたから二人よ」
「リオンくんが戦えるようになったらそれでもいいけどね。私がいなかったらどうなっていたと思う?」
「……」
「それが答えだ。反省しなさい」
悔しそうに奥歯をかみしめているエヴァ。
確かに守るから大丈夫と言うつもりで、自分より年下の子供を連れ歩いたのだ。
親としてはそれを責めるのはわかる。
けど、俺を守ってじゃなかったら、逃げるくらいはできたんじゃないか。俺がエヴァと同じくらい強かったら一緒に戦えたんじゃないか。
涙目になるエヴァを見るたびにギュッと胸が締め付けられる。
「あの、みはえるおじさま。たすけてくれてありがとうございます」
「ん? いやいいさ。それよりごめんね、怖かったろう?」
「エヴァおねーちゃんがまもってくれたから……」
「そうか。けど、連れだしたのはあの子なんだ。君は気にしなくてもいいさ」
自分の無力さはもうとことん実感した。
遊び半分の強くなりたい気持ちは、強くならなきゃいけないと強くなっている。
「おれもつよくなりたいです! まじゅつをおしえてください!」
「急がなくても、10歳になって学校にいけば教えてもらえるよ?」
「つぎも、なにもできないままじゃイヤなんです」
「……まあ、死ぬところではあったもんね。君に何かあればアンリも悲しむ。身を守れる程度には身につけたほうがいいのかな。しょうがない。セドリックとアンリの許可が出たらで良かったらね」
こうして俺は魔術を学ぶことになったのだ。
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「ところで、なぜお父様はついてきていたの? ずっと見てたのよね?」
「えっ……いや、娘がちゃんとデートできるか心配で……」
「おとうさま……?」
「ごめんなさい」
そんな一幕があったとか。




