第49話 クイーン
目の前には巨大な蟻の女王がいる。
イモムシのような巨大な体に、羽のない鉢を思わすような上半身はやや丸みを帯びたフォルムで、どこか女性的だった。
『おのれ、侵略者どもめ』
「しゃ、喋ったにゃ!」
『おのれ、我が民を、我が子を……この恨みは貴様らの同種に晴らさせてもらおう』
彼らの国を奪いに来た、彼らの女王を生まれる前に始末しに来た刺客なのだから、怒りは最もだ。
膨れ上がる殺意。
そして、女王が叫び声を上げると、周囲の卵からぎゅくぎゅくと液体をかき分ける音と新しいオークアントたちが生まれてくる音。
『食い尽くせ、我が子らよ』
全方位から飢えた虫達が襲い掛かってくる。
「ブラッドモードオン! ダークセイバー!!」
虫の巣は影だらけだった。
むしろ、ヒカリゴケによる淡い光と松明の明かりしかない。
ここは、虫の領域であって、けれど、俺の口の中のようなものだ。
闇から生まれる吸血の剣。無骨なただ黒い刃は虫の腹を、頭を、足を、何本も、何百もの刃で切り刻む。体に流れ込む魔力を再び刃に変え、何度も、何度も切り刻む。
『やめろ!』
「どっち見てんだにゃ! 隙だらけだにゃ」
巨大な銀色の虎に変身したシルヴィアが無防備になっていた体に跳びかかり、爪を立てて体を切り裂く。緑色の体液が辺りに散らばる。
『貴様らっ』
女王はシルヴィアに対して何か液体を吐きつける。避ける間もない速さで吐き出されたそれに、シルヴィアは両手を前に差し出して受け止める。
紅茶の中に砂糖を落としたように触れた瞬間に解け落ちる。
「ぎゃうっ!」
跳びはねるようにして、その場を離れて、マリオンの元へ走る。
『貧弱な人間どもめ。思い知るがいい』
「フルキュア!」
まばゆい光がシルヴィアの腕の先を照らす。溶けた腕がスローの逆再生のようにじんわりと癒され生えてゆく。
『くっ、こしゃくな。ならそいつから殺すだけだ!』
「そうはさせない!」
全開にした闇の衣は分厚い盾のようだった。振り下ろされた蟻の腕は壁に阻まれるようにして進めない。
「ダークセイバー!」
硬い部分を避けるようにして、全身に突き立てる。
女王から流れ出る血はもはや池のようであり……次第に攻撃は弱まり、加勢の蟻も減って行き……終わりの時が来る。
『……ここまでか……おの…れ』
ぐったりと倒れる女王の首をはねる。
「勝利、だな」
「いえ、卵の処理と、腹を割いて女王を殺さないといけませんよ」
「あ、うん」
確かに、新女王が問題なのだ。
戦いの興奮が去ると、虫の腹を切り裂くとかやりたくないが、メンバーで防御力が一番高いのが俺なのだから、俺がやらなきゃいけないだろう。
剣で体を切り裂いてゆくと、ひときわ大きい、卵が体にこのされていた。
死んだ母体につながった管。
呼吸をするようにどくり、どくりと蠢く卵。
「ダークセイバー!」
真っ白い卵に突き刺さる闇の刃。切り裂かれた後からは液体が流れだす。
卵を剣で切り裂けば体の動きを止めた幼虫が一匹。
「これで、本当に勝利だな」
アリの討伐証明になる部位である、目と牙を採取する。
「ふひー、これは流石に疲れたにゃ。ごしゅじんさま、だいじょうぶかにゃ?」
「回復だけですが、それでも疲れました。いつ襲われるかわからないって怖いですね……女王がいなくなったとはいえ、数はまだいますから油断はしないようにしましょう」
「とはいえ、Sランク討伐かあ」
吸血鬼を倒し、お母様を娶ったお父様に並んだと言ってもいいだろう。
「ふっ、ふふ……!」
「わあ、リオンのやつ気持ち悪い笑顔だにゃ」
「オークアントをすべて倒して、その上で領を運営するという大仕事が待ってますけどね」
とはいえ、オークアントがオークアント所以の、人間を奴隷に畑や食料を生産させていた。
それをそのまま貰えると考えれば、本当に1から改修を行うよりは手早いはずだ。
俺たちはそんな風に笑い合いながら、薄暗い巣穴から、光の差す出口へと進む。
「あ、あちち」
思ったより強い日差しに顔を焼かれながらも、フードをかぶり直し、女王討伐を果たしたことを知らせに地上に上がる。




