第5話 剣と魔法の関係
ギュッと固く握りしめられた手は温かく、けれど歩くたびにぶんぶんと大きく振られるため、体格に差がある俺は振り回されるようにしてエヴァの横を歩いている。
昼が近くなり、太陽は真上に登ろうとしており、強い日差しは森の木々に遮られながらもなお明るかった。
「気持ちいいわね、リオン」
「う、うん、そうだね。エヴァおねーちゃん」
従姉とはいえ、かわいい女の子なのだから少しどきっとする。彼女の手はお母様と違って小さいけれど、とても柔らかいし、隣からはほのかに甘いいい匂いがするのだから。
(あれ、でも……)
自分のまだぷにっとした手と比べると、たくさんの豆ができて固くなっている。
よく見ると腕も足も、自分よりずっとしっかりしている。
「ねえ、どのくらいくんれんしてるの?」
「毎日やってるわ。この間なんて兵士から一本とってやったのよ!」
どう? すごいでしょう? 態度と比べると自己主張の小さい胸を張りながらこれが私のドヤ顔と言わんばかりに楽しそうに笑う。
普通に考えれば、体格に圧倒的な差がある相手には普通勝てない。
格闘技が体重で分かれているのは体が大きければそれだけ有利になるからだ。
ゴブリンだけなら技で勝つ事ができるかもしれない。どの程度の兵士かわからないが、それでも、ある程度以上の訓練をしているはずだ。
なら、普通は10才以下の彼女が大人のそれも訓練をしている兵士に勝てるはずなんてないのだ。
(やっぱり、何かあるのかなー。気とかオーラとかそんな感じの身体を強化するなにかとか)
「すごーい。なにかとくべつなことしてるの?」
「してないわ。まだ基本しか教えてもらってないもの。でも、何事も基本が大切なのよ。基本さえ出来てればかっこつけた技を使うような奴一発よ」
シャっと鞘と刃が擦れる音とともに、銀に似た輝きで光るショートソードが引き抜かれる。
繋いだ手を離して空を斬る。真っ直ぐ振られたその剣筋は素人から見てもかっこよく、彼女が言うように真面目に訓練をしているのが感じられる。
ただ、自分の強さについてはあまり自覚がないみたいだった。
「まじゅつもつかえるんだよね?」
「そうよ! 炎は中級まで使えるようになったんだから」
正直、『魔術に関しては10才になったらちゃんと教えてもらえるからね』とお母様や叔父様からは言われていて俺は魔術が使えない。
なぜ10才なのかは分からないが、10才になると、貴族の子供は学校に通うらしいから、10才は成人みたいな一種の区切りなのかもしれない。
けどだ。
転生して、剣と魔法の世界を生きているのに、剣も魔術も学ばず勉強だけするスローライフを5歳だからと送っていてもいいものだろうか。
確かに、ゲームでは何処の主人公も大抵が旅立つまでレベル1でモンスター一匹倒したことないのかと言わんばかりだが、鍛えられるものは鍛えておきたい。
元々、魔術を叔父様に教わる機会を伺っていたのだ。
エヴァが習っているというのはチャンスだ。
『エヴァおねーちゃんに教えてるんでしょ? 俺にも教えて』
『おねーちゃんだけずるい! 俺のこと嫌いなの?』
――これだ!
2才差しかない、10才以下の従姉がやっているのだ。男の俺には教えないなんてことはないはず。
俺がやる気をだせば断れないはずだ。
「おれもおじさまにならおっかな!」
「私が教えるから大丈夫よ!」
「……きほんがたいせつなんだよね?」
「私はできてるから大丈夫ね!」
……そうかなぁ。
いつの間にか両手を取られて握りしめられる。真っ直ぐ向けられた瞳はギラギラと光っておりまるで、獲物を狙う狼みたいだ。
沈黙の時間が伸びるのに合わせて手に力が入り始めて――あっ、いたい、痛くなってきた!
どうやらNOは許されないらしい。
「じゃ、じゃあ、けんをおしえてほしいな。さっきエヴァおねーちゃんすごくかっこよかったもん」
「まかせなさい!」
娘に甘いところのある叔父様なのだ。
『娘が教えるといったから』とか、『嫌われたくない』と言われてしまうのはまずい。
でも、剣ならお父様は身内だし、エヴァはずっと一緒にいるわけでもない。
いるうちは剣をエヴァに、魔術を叔父様に教わって、帰ったらお父様にねだればいいのだ。
うん、それがいい。
決して脅しに屈したんじゃないのだ。
「じゃあ行くわよ」
「え? えっ!? ど、どこに?」
「森の奥に行きましょう! 屋敷じゃ邪魔が入るもの!」
ずんずんと森の奥に進むその歩みには喜びが宿っていた。
屋敷の隣にある森は深く、たくさんの動物が生活している。
休みの日にはお父様が狩りを楽しんだりしているみたいだし、近くに住む者たちも狩人として生活しているらしい。
問題は森のような人の目が届かない場所には魔物も生活しているということだ。
魔物と動物の違いは魔力を持つか否か。
そして魔力の有無で大きいのは魔術への抵抗力の有無だ。
魔術への抵抗力は魔力があるかないかで大幅に変わる。
初級の土属性に大地をえぐるような魔術があるが、スコップで十分くらい掘り進めたような穴が空く威力なのに、抵抗力がある相手の場合、全く効果がなく、大地がえぐれるだけなのだ。
そのため、大地にはクレーターができている中、服も破れず怪我もなく『へへっ、やってくれるじゃねーか。次はこっちの番だな』なんてバトルマンガみたいなシーンが生まれるとか。
その点、剣で切れば人は血を流して死ぬ。
中級以上の強い魔術師であっても、物理的なガードができる属性は少なく、当てさえすれば倒せるケースは多い。盗賊や魔物退治と争いに関わる場面が多いだけに、貴族で剣を鍛えるものは多い。
「そうなるとゴブリンに会いたいわね!」
「えー、あぶないよー?」
「大丈夫よ」
危ないよ、なんて言われながらも正直俺は何も不安に思っていなかった。
結局のところ、今までの人生で俺を傷つける人なんて存在しなかったし、エヴァが直ぐ側にいてくれていたのだから。
だから、なんだかんだ思いつつ、剣を学べるという事自体にウキウキしていた。




