第41話 エルフのお姫様は見た!
温泉宿は、人を興奮させる何かがある。
熱に弱いのか、シルヴィアは浸かっているうちにぐったりして先に部屋で休んでいるが、俺はマリオンに付き合って、三度目の入浴を終えたところだった。
「だいぶハマったなー」
「ふふっ、温泉って気持ちいいですね。体が広がるというか、開放感がありますね」
あはと笑いながらも、蕩ける笑顔に、見惚れてしまう。
まとめられた髪からは普段見えない首筋が垣間見えてドキッとする。
「冷たいものがおいしいですね」
風通しのよい場所。夜の匂いと虫のなく声がする。
隣り合うように腰掛けて少しだけふれあう肩の感触に相手を感じて。
「風が気持ち良いね」
マリオンは吸血の後みたいに俺に体を預けてくれる。
肩により掛かるように重なる体。
「気持ち良いのは風だけですか――なんて」
マリオンからも吸血をお願いしてくることがあって、そんな時はこんなふうにどこか甘い色が声に混ざって感じる。
「マリオン」
一呼吸の間、見つめ合う。
じんわりとお互いの距離を詰め合い、口づけをするようにその白い首筋に引き寄せられる。
「んっ――あぁ」
ギュッと閉じた口からこらえきれないと声が漏れて人がいないはずの場所に響いた。
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「あ、あああ、あれは……」
コルドーラの温泉は美容にも良いと言われ、少しだけ気にしだす年頃の令嬢たちにも人気だった。
特に、全身のマッサージを受けた後は肌の艶がより一層良い物になると、社交界の間でも噂であり、時には国の反対側からやってくるものがいるくらいである。
とはいえ、そうそう遊びで遠出ができるものではなく、今回は長期の研究が失敗に終わってしまったため、気分転換にと来ていたのだ。
なのに見てしまったのである。
少年少女と言っていい、リオンとマリオンの逢瀬。
最初はそのまま行為に及ぶのではないかと止めに入ろうとしたところだった。
だが、二人の唇はふれあうことなく、少年の唇は少女の首筋に触れ、そのまま、少年の喉は何かを嚥下していた。
そして、皇帝がすげなく追い返した月の教団が最近探している魔物について思い出していた。
彼女の名前はアンネリーゼ・フォン・アウグルクリス。帝国の名を冠する、第二皇女である。
多種族の暮らすアウグルクリス皇国らしく、ハーフエルフである。
エルフは長寿であり、外見がほぼ変わらないまま老いるため、年齢が不詳の種族だ。
ハーフであっても変わらず、18才くらいの大人になり輝き始めた年齢のまま、25才になった。
本来であればもうとっくに結婚し、子供を生んでいてもおかしくなかったが、彼女はあらゆる縁談を拒んでいた。
それは幼いころに偶然成功させた召喚という技術により、手に入れてしまった、少女漫画に結婚するなら好きな相手という恋の概念を得てしまったためでもあるし、彼女の趣味に合わなかったせいもある。そして、彼女の研究者としての実力のせいで、わがままが許されてしまう環境でもあった。
父親である皇帝は娘に甘く、特にいつまでも見た目が変わらないアンネリーゼに子供扱いの態度が変わらず、まだ結婚しなくてもいいという態度のままだった。
彼女にはあこがれがあり、この温泉の地で出会ってしまったのである。
そう、リオンに。
(私の視線に気づき、私を見てくれた。顔も赤くして――)
きっと自分と同じ色だったに違いない。そう確信している。
なぜなら運命の相手とはそういうものだからだ。
不安はあった。だが、胸の高鳴りが確信している。
(あんなにも私好みの少年なんだから!)
アンネリーゼは黒髪の少年と恋して結婚したいと思っていた。それは少女漫画からの刷り込みであり、本を読まない時もずっと考えていたからである。
幼いころに手に入れたその本から想像を膨らました理想の王子様は黒髪で、少年で、そして美化されこそすれ、自分の成長に合わせて年齢が上がることはなかった。
召喚の力で呼び寄せるのだと張り切って研究をして、ようやく実ったと思ったら、呼びだされたのはいい年の男女だ。
呼び出しておいて『狙っていたのと違う』と言ってしまったが、その後自力で生きられるよう世話と、生活に困らないよう毎月定額で金貨を渡すように手配もしている。
何年も研究した結果がダメでがっくりしていた矢先だった。
だが、心配があった。
エルフと違い、人族は老いるのが早い。自分の弟も、小さいうちはかわいがっていたのに、16才くらいから抱きしめる気にはならなくなったし、がっしりした大人になった今では触る気すらしない。
恋の感情は今だけで数年もすれば冷めてしまうのではないか――?
そんな恐れが二の足を踏ませていた。
だが、神様は粋な解決方法を用意してくれていた。
(吸血鬼だったとは!)
血を吸われている相手もわかった。隣国の聖女候補だった少女で、何故この国にやってきたのかと話題になっていたが、月の教団のことを考えれば彼女と逃げてきたということだろう。
そしてずっと血は彼女が与えていたに違いない。
彼女は少年と違い、陽の下でも元気に歩いていた。血を吸われても必ずしも吸血鬼になるわけではないのだろう。同じく吸血鬼になるのも――いや、そうなったら血を吸われることができないじゃないか。
(あんな表情をさせられるなんて! 羨ましいぞ!)
さっき見た光景の、マリオンの姿を自分に置き換えるとそれだけで胸が高鳴った。
心臓は破裂しそうで、一体どうすれば冷静に彼に声をかけることができるか。
そればっかりを考えていて――気がつけば朝だった。
声をかけようとリオンを探して――彼らがもう既にAランクモンスターを倒しにでかけたことを知った。
アンネリーゼは膝から崩れ落ちた。
黒髪少年吸血鬼に血を吸われたい系エルフのお姫様。




