第40話 温かいお湯という名の魔法
アウグルクリス帝国には火山がある。
昔は活火山として何度となく噴火を起こすことがあり、近くに住む獣人族などはそれを神の怒りと受け取り、生け贄を捧げるような風習もあったらしい。
だが、火山の地底にある、マグマ溜まりの熱に暖められ、地表に出てくるお湯は神の涙、怒りの後の贖罪の証として、傷ついた戦士たちの傷を癒やし、また、多くのものがそれを目当てにやってくる。
早い話が、温泉であり、温泉街である。
そもそも、初級であっても、魔術を使えれば水を出せるため、水を惜しむ意識は低く、また、体を洗うことは健康にもいいため、誰であっても推奨されており、宿であれば風呂付きの場所も多い。
また、そんな水浴びの文化がある以上、体を癒やす温泉が湯治としての役割と、長期療養のためにとどまる人たちに合わせた宿や娯楽が発展したのは必然であった。
そう、ここコルドーラの街は旅人や貴族を歓待する場所であった。
「そんな温泉に迷惑をかけようとしている悪しき魔物がいるらしい!!」
「リオンさんが自分から気合を入れるだなんてめずらしいですね」
「暖かいお湯くらいでなーにを気張ってるにゃ? 魔物だってお風呂に入りたい時くらいあるだろにゃ。たまには貸してやればいいにゃ」
「はっ」
「なんにゃこいつ。いつものリオンじゃない……」
心から軽蔑するように吐き捨てた俺の一言にシルヴィアはビクリと体を震わせ、マリオンの後ろに隠れてしまう。
温泉のロマンがわかっていない。
別に疲れきったサラリーマンではないので温泉に癒やしだけを求めているわけではない。
温泉には、一日に何度も入ってしまう魔力があり、何度も入ってくったりとして、乾ききっていない濡れたしっとりした髪にどきりとするのだ。
浴衣がないだとうことには悲しみを感じるが、それでも、異世界ならもっといいものが――。
「ほれ、どうしたにゃ。さっさと来るにゃ」
「お、おう……」
目の前には今まで見たことがない、シルヴィアの肌があった。
シンプルな飾りのない白一色の衣服を着て、シルヴィアは俺の手を引く。
半袖で、丈も膝よりずっと上。普通にしていれば見えないが、階段の下から覗きこめば下着が見えるかもしれないくらい。
でも、見えることはないだろう。だって履いていないから。
「いい温度ですね。これは気持ち良いです。リオンさんが気合が入るのもわかります」
そう、二人は湯衣を着ているのだ。脱衣所は別だが中では一緒!
浴衣なんてものはなかったがそれ以上である。
湯衣を着ているから恥ずかしくないもん! でも、普段は見えない部分の肌。
それに、水分を吸ってピッタリと体に張り付いているさまは正直逆にやらしいと思うのだ。
「そんなに見ないでください」
「ごしゅじんさまばかり見てるんじゃないにゃ」
「うん、シルも見るから……」
「そ、そういう意味じゃねーにゃ。見るなってことにゃ」
そのまま、ぐいっと首をねじ切るつもりなんじゃないかって感じで曲げられる。
ひどい! 死ぬぞ。
温泉地と言っても、夕方を過ぎているせいか、浸かっている人間はさほど多くない。
男女数名といったところで、皆もさほど気にせずに浸かっている。
(恥ずかしくないものか、そうか)
とは言え、じっと見ては――と思ったが、中に1人、目を引く相手がいた。
彼女は水色の長い髪を編んでおり大きなお団子ができている。
髪の毛が上げられているせいで耳がピンと目立っている。
エルフだ。
エルフは長命で、いつまでも老いが遅く美しいらしいので年齢は不明だが、見た目で言うならしっとりした桃色の綺麗な肌に、程よい大きさのしっかりした自己主張する胸がお湯に浮いている。
「他所様も見るんじゃねーにゃ」
「ぐえっ!」
抱え込むようにまたひねるものだから、シルヴィアの胸がふよんと当たる。
幼い顔体のくせに、態度以上にけしからん大きさなのだ。
「……リオン、まっかだにゃ。そろそろ上がったらどうにゃ?」
「倒れても直してあげますよ」
「んっ、でも、運ばれるのは情けないから、上がっておくよ」
頭に血が上っているのは温泉のせいかふたりのせいか。
ただ脳内のシャッターはたくさんのアルバムを作ってくれる予定である。
ああ、すばらしい、温泉。
明日にでも火山のドラゴンと別名をもつ大ヒトカゲと戦わなければいけないことを除けばだが。
温泉から上がろうとすると、さっきのエルフの女性と目が合う。
いや、ずっと見ていたのだろう。だから、俺が見て目があった。
にこりと微笑まれて、どうしていいかわからず、微笑み返した。
害意は感じないので大したことではないと思うが――黒髪でも珍しかったかな。
なんとも言い切れないものを感じながらも、いいかと思い、温泉から上がったのだ。




