第11話 襲撃
旅行の基本は馬車だ。
もちろん徒歩でゆっくりと移動するものは多いし、逆に、飼いならした飛竜を使った飛竜便なんてものもあるらしい。
だが、時間をかけての移動となればやはり馬車だ。何と言っても、多くの荷物を運べるし、貴族となれば着替えや護衛だ食料だと色んな物が物入りになる。
電車に乗れば短時間で何百キロ超えた場所に行けるようなものじゃないのだ。
「おかあさま、くるしいです」
そんな素敵な馬車だが、整備された街道出会っても、多少均された地面であるし、非常に揺れる。
質がいいはずの馬車であったって日本の車とは全く違う。
それなのに一日ずっと座ったままなのだから、気持ちが悪くなるし、お尻は痛いし、大変だ。
一生家に引きこもってたい。いやいや、この辛さをエヴァもまた乗り越えて会いに来てくれているのだから俺が諦めてどうするというのだ。
……いや、もしかしたらエヴァのお尻が硬いのかもしれないけど。確認する機会があればぜひ調査したい研究分野なのだけど。
そんなグロッキー少年になっていた俺だったが、『トイレに行きたくなったら言うのよ?』『気持ち悪くなってない?』『歌でも歌いましょうか?』とちょこちょこ声をかけてくるお母様に、いつまでもは強がっていられなかった俺はついに白状。
すると、荷物でも持ち上げるようにひょいと抱きかかえられてしまった。
「リオンちゃんは今日もかわいいわね」
「おかーさまはきょうもびじんです」
「あら、いつの間にそんなこと覚えたの? 悪い子ね。……男の子の成長って早いわよね。もうすぐお母さんの膝の上に乗るんじゃなくて女の子をのせたいとかいいだすのかしら」
そっとため息をつかれても……。と言うかセクハラじゃないか! というより、母親にそんなこと言えないよ!
正直体がまだまだお子様なので、乗せたいか乗りたいかなら綺麗なお姉さんに乗せてほしい。
今のうちねーなんてほっぺたをむにむにされたり、ギュッと抱きしめられたり。母親であるせいか、別段興奮しないが、気恥ずかしい。警護で馬車の横を馬に乗って並走する騎士も表情を緩めてチラチラみてるのだ。
もう、ちゃんと仕事してほしいなあ。
そんな視線で抗議してなんて思って、――騎士の首に矢が突き刺さる。
一体何が起こったのか一瞬不思議そうな表情をしたまま、騎士は落馬する。
馬の叫び。襲いかかれという怒号。
「盗賊だっ!」
御者は馬を叩いて走らせようとして、けれど騎士と同じように弓に撃たれる。
息を潜めて隠れていたのか、わらわらと5~6人が剣を引き抜き近寄ってくる。
何処にも逃さないと囲むようにして。
「なに――なんなの!?」
俺をギュッと抱きしめるお母様。体は震え、顔は青ざめていた。
たった一日の距離。街道で治安が良いはずのうちの領内で襲われるなんて。
――倒せるだろうか?
魔術を覚えて、剣を習って、度胸はついたはずだ、力もあるはずだ。
今こそ、俺が守らなきゃいけないんだ。お母様を!
「リオンちゃん、無理はダメよっ! 何人いるかわからない。それに、こんな馬車襲っても大してえられるものはないわ。なら、身代金と交換、そんな話になるはずよ」
「で、でも」
「だって、リオンちゃんだって震えてるじゃない……!」
ああ、この震えは俺の震えでもあったのか。
けど、魔術が、きっと――
「ダメよ、下手に抵抗して殺すしかないなんて思われてしまったら……」
死んで地面に頭から落ちて……曲がってはいけない角度になった騎士の姿が頭に残る。
あたりに漂う血の臭いが吐き気を喚起する。
抵抗しない方が良いんじゃないか。お母様もそう言ってる。5人以上いて、更には弓で狙っている奴までいる。何人増えるかわからない。
だけど、もしかしたら殺されるかもしれないじゃないか。たとえ身代金と交換という話になったとしても、乱暴な目に合わせられるかもしれないじゃないか。その時対象になるのはお母様じゃないのか。でも、本当に勝てるのか? ためらいなく人を殺せる相手に?
訓練を始めても、まだなにも殺したこともない俺が?
でも、もし、けれど――。
十分に悩む時間なんてなくて、馬車の扉は開かれる。
「よし、このガキだな」
――え?
盗賊という言葉のイメージよりずっと精錬されていて、日々を奪って影の中で生きるような擦り切れた感などなく、ただ単に騎士が金のためにやっているみたいで明らかに襲うため以上に鍛えているのが体つきからもわかる。
男は俺のことを見て確認した。見知らぬ馬車を襲ったんじゃなくて、アルカード家の馬車だって、俺達が乗ってるってわかって襲ってるんだ!
お父様を害するための人質なんだろうか? いや、ガキってことは俺? でも俺をなんで?
ぐるぐる回る思考は、男の手が俺の胸元を掴みあげて終わる。
「うっ」
「抵抗はしないからリオンちゃんに乱暴はしないで!」
苦しさに反射的に魔術を使おうとして――
顔を殴られる。
頭の中が吹き飛びそうな痛みで、使おうとしていた力は全部散ってしまう。
「手間をかけさせんなよ」
男は俺の頭に手を乗せると、淡く緑に光りだす。
風の魔術だ。途端に疲れ果てて布団に入った時みたいに頭が重くなっていく。
抵抗しようとしても、持ち上げられていてなにもできなくて。
だんだん意識も薄れ始めて、視界が真っ暗にフィードアウトしていく。
「母親の方はどうしますか?」
なのに、男たちの声だけは鮮明に聞こえた。
「いらないってよ」
そして意識は途絶えた。