生まれ変わった星
詠唱が始まった、まずたっぷり時間をかけて集中していたのが見て取れた。
それから小さく呟くように魔法詠唱が始まった、それは5分程度続いたが、それを見ていたアルベルタが
「私が知ってる最高難度の詠唱でも、こんなに時間かからないよ・・・」
と呟いた。アレックスなんかは10秒以上詠唱時間のある魔法を知らないので、すでに比較すること自体していなかった
やがて詠唱に抑揚が加えられてきた、同時に始祖と呼ばれた女性の周りに、魔法陣と思われる明るい模様が浮かび上がる。その様子はまるでスポットライトを浴びるオペラ歌手のように見える
そこに手振りまで始まったのだから、ミュージカルだ
焚き火の前で暖を取りながら、アカペラのミュージカルを観覧していた二人だったが、すでにアレックスは寝息をたてている。魔法詠唱が始まってもう2時間は経過しているだろう、見える範囲に魔法陣がいくつも展開されている
「魔力が放出されてないように感じる、こんなに長い詠唱だと魔力を出すところと出さないところがあるのだろうか?」
アルベルタは始祖と呼ばれる女性の一挙手一投足を見逃さないように見つめながら、ときおりそんな独り言を呟いている、まるでどこかにその様子を記録しているかのように
「始祖様がすごいのは、魔法開発ができるってことだけじゃないみたいね。人間がこんなに長時間集中力を持続させるなんて、普通無理だと思う・・・」
すでに詠唱時間は5時間を軽く越えているように思う。ミュージカルに見える詠唱にも踊りが加わったように激しい動きもある
「これは、本当に魔法なの?」
そう呟いたとき、ふと余韻を残すように詠唱が終わった。終盤には激しい動きもあったため、始祖と呼ばれた女性はたくさんの汗をかいていた
アルベルタはその様子を見て、汗くらい拭いてあげなきゃ。とポケットからハンカチを取り出し始祖と呼ばれる女性に近づこうと歩きだす
彼女はそれを制止するように手を向けて
「だからその魔法陣の中にきてはダメだって」
そう言った彼女の足元が揺らいで見える
「特殊な触媒が必要だと言ったでしょ?それはこの魔法陣の中の生命体なの」
「え?」
「あと、外が明るくなるまでは洞窟から出てはダメだからね」
彼女の足元から、まるでかき回した水の中に砂糖を落としたように体が散ってゆく
「生命体って、それじゃ始祖様は死んでしまうのですか?」
「あぁ、また転生するから大丈夫」
そう、人は400年も生きられない。(始祖)が未だに魔法を開発しては協会に報告してるのは、何度も転生を繰り返しているからだ
何度も他人に転生するとは、いったいどんな気持ちなのだろう?転生先は選べるのだろうか?選べるとしたら何が基準になってるのか?(始祖)については聞きたいことばかり増えていく
「それじゃ、中央に厳しく言っておいてね。また会える時には魔法開発できる事を期待してるから」
「いえ、無理ですって」
彼女はそれだけ言うと、にっこりと笑いながら空間に溶けていった
「手を上に、魔力は細く詠唱と連動するように、手を下げるときには魔力の放出はしない・・・・
「ふわあぁぁ、アル、おはよう。って、なんでこんな岩で寝てるんだ?」
私が呟きながら、踊りの振り付けをしているようにしているとアレックスが起きぬけの声を上げた
「よくあの状況で寝られるわね、アレックスらしいと言えばそうなんだけど」
「もしかしてずっと見てたのか?」
「当たり前じゃない、始祖様が魔法協会・・・いえ、どんなところにも発表できないような魔法を行使してたのよ。魔法を生業とするなら見逃せるものじゃないでしょ?」
「いや、それはわかるけど、どうせ再現すらできない魔法だろ?」
「そんなだからみんなに2流ってバカにされるの!」
「はいはい、俺はバカですよ。さて、外の様子でも見てくるかな?」
「まだダメよ、明るくなるまで洞窟から出るな!って言いつけだから」
私が指をさした洞窟の入り口は、日の光で明るく照らされていた
今気づいた、私はアレックスと逆の入り口に顔を向けていたので、恥ずかしさに赤くなってることは気づかれていないと思った
「夢中になると周りが見えないのは相変わらずだな」
そう言ってアレックスが外に向かう、彼が移動した分顔を動かして見られないようにしているが、どうやら気づかれているようだ・・・
この洞窟は森の中にある、火山が噴火したときにできる溶岩洞とかに分類されているらしいが、詳しくは知らない。ただ、中は意外と広く、入り口は小さく上に向いている。外の光は入り口に落ちてくるが、昨夜のような小さな焚き火の光は外からでは見えないだろう
少々苦労はしたが、それほど時間もかからず外に出る
「始祖様の話を信じれば、もう追っ手はいないんだろうな」
森の様子を伺いながらアレックスが呟く
「信じられない?」
「嫌な聞き方するなよ、あんなに大勢の人に追われたら誰だって恐ろしくもなるぜ」
そう、私たちは追われてここにたどり着いた
エルトナの魔法協会がなんだかおかしな雰囲気になってきて、私たちはそれに異を唱えた
協会の幹部は「どうおかしいのか、詳しく聞かせてくれ」と協会の最奥部の部屋に誘導されそうになって危険を感じ、逃げ出したのだ
逃げるのは本当に大変だった、追跡魔法や探査魔法があるので、魔法で逃げることができなかったし、魔法を使えない人もあとの刑罰を恐れて私たちを捕縛しようとしてきた。
私たちは偶然この森に入り、あの洞窟に逃げ込んだハズだが、多分始祖様が私たちのことを何らかの魔法で知ってここに誘導してくれたのだろう。と今から思い起こせばそんな気がする
始祖様の魔法はこの星に住む人を全て他の生物に変えると言っていた
だとしたら私たちは他の星に助けを請わねばならない、ならば連絡手段は街にしかない
「アセット市まで行かないと、亜空間通信はできないよね?」
「だな、まあ、小さな村まででも行ければ足になる車くらいあるだろう」
「うん、とにかく人がいたであろう住宅を探査してみる」
これまで逃走のため使えなかった魔法陣描写装置のスイッチを入れ、広域探査魔法を使う
「!囲まれてる!近いのは2時!」
「えぇ?他の生物に変えられてるんじゃなかったのかよ!」
二人同時に臨戦態勢をとる、森の中は視界が悪い、が方向がわかってるのでそちらを目で探る
なにかが動いた、それを注視すると人ではないような・・・
「?あれは狼?」
「みたいだな、こちらを見てるが、警戒してるって感じだ」
「変ね、動物を探査対象から除外してたはずなのに・・・」
「・・・じゃ、もしかしたらアレは追っ手の成れの果て?」
「その可能性が一番高いわね、まさか獣人みたいに人と同じ思考ができるとかじゃ?」
「俺らを追ってた途中で変わったなら、そのまま狩りになってるとかかも」
「それも頂けない、火炎で追っ払って民家のほうに移動しましょう」
「民家はどっち?」
「同じく2時」
「了解」
アレックスは得意の火炎魔法の詠唱を始める。いや、得意というか、火炎系しか知らないんだけどね
日の高さから恐らくお昼頃、それほど時間はかかってないのだけど、民家に到着した頃にはすっかり消耗していた。人ではない生き物ではあったが、探査魔法では人だった狼を殺すのが怖くて脅す程度の魔法になっていたので、連発するはめになったからだ
民家に入るとヤギが居た。なんでヤギ?このヤギも探査魔法では人だった。
「ごめんね、もう使えないだろうから、車をもらうね」
「アル、あったぞ、こっちだ」
納屋にあった車は以外に新しく、鍵も玄関にあったのですぐにわかった
アレックスに鍵を渡すと助手席に座る
「一安心したらお腹が空いてきたね」
「そういえば昨日のお昼に簡易食をかじっただけだったな」
「レストランはダメよ、コックさんがいないだろうし、食品店でお弁当・・・もダメかな?」
「寄ってみて判断しよう」
小さな街まで出たところで食品店は見つかったが、ドアがしまってる・・・
「そういえば、夜中に変わったなら全部閉まってるかもしれないな」
アレックスの言うとおりだが、食べられると思ったせいか、異常にお腹が空いた
こんな小さな街の食品店なら魔法的施錠はされてないかも・・・
試しに開錠のスペルを詠唱、すんなり開いた
「えぇ、それはマズイんじゃ?」
「今この星に人間はあなたと私だけ、自分の倫理以外に咎められることないのよ」
「そりゃそうだけどさ」
「それを言ったら、車を拝借してる段階でダメじゃん」
「まあ、そうなんだろうなぁ」
店に入った私にしぶしぶアレックスもついてきた
昨日の売れ残りだろうお弁当と菓子パンをいくつか、それにコーヒーなどを持ち出して車で食べる
お腹が膨れたら昨夜結局一睡もしてないのも手伝って寝てしまった
「アル、起きてくれ」
すぐに目が覚めた、昨日逃げ出してからずっと緊急事態のままだから、それほど深くは眠っていない
アセット市まであと12kmという看板の手前で車が止まってる
「何か問題?」
いつの間にか後ろの席で横になってた体を起こして尋ねる
前方でいくつも煙が上がってる、そして一番近い煙は車から上がっていた
夜中といえど車が全く動いていない。なんてことはなかったのであろう、結構な数の車が燃えている
悪いことに少し先のところでは何台もの車が折り重なるように燃えている、ここまではそんな車を避けてきたのだろうが、あれは避けようがない
「ここからは歩くしかないかな」
「みたいね」
高架道路から下には魔法で降りたが、これ以上は連発できない。よっぽどの事がない限り魔法は控えないと
しかし、そうゆう時に非常事態は起こるわけだ・・・
たくさんのヤギや羊、牛や馬なんかが群れをなしてこっちに向かってくる
整備された住宅街ではあるが、その数が多いため道路からはみ出し、中には住宅を壊しながら走るようなのもいる、あの波に呑まれたらひとたまりもない
しかし逃れるための魔法がない、止む無く咄嗟に使ったのは爆裂の魔法、爆風で横に自分たちの体を飛ばしたのだ
「いてて、無茶するな」
「生きてるんだから、文句言わない!」
「まだ魔法は使えそうか?」
「ちょっと無理っぽいわね、体が重くなってきた」
「やっぱりそうかー。どこかでちょっと休む?」
「いいよ、無理しない程度に移動すればなんとかなると思うから」
実際無理はできなかった、体が重く機敏とは程遠い動きしかできない
動物の群れをやり過ごしてからゆっくり体を起こして、よろよろと移動を始める
住宅街からオフィス街に入るころには、空がオレンジ色に変わり始めていた
目指す亜空間通信機のある建物は広いオフィス街の真ん中にある。距離にして5km
普段なら歩いてでも問題ない距離だが、周りを警戒しながら障害を避けて行くには体力的にもたない
「しかたないわね、どこかで休んで通信局には明日行きましょう」
「そのほうが賢明だな」
既にアレックスに肩を借りながら歩いていた私には、これ以上無理に思えた
手近なビルの3階まで昇り、応接室らしき部屋を見つけてソファに腰を下ろす
「ちょっと待ってな」
そう言ってアレックスはその場を離れる
魔法の使いすぎによる倦怠感はあるのだろうが、体力的には余裕があるのだろう。タフな・・・
しばらくして両手に食料や飲料を抱えたアレックスが戻ってきた
もう自己倫理すら打破できたようだ・・・




