11 猫探し
「………ということで、これらの事項を了承してくだされば登録の手続きは完了となります。……どうされました?」
(…………)
受付嬢は当然かのように淡々と述べる。そんな彼女とは対称に目を丸く開いて顎がガクンと落ちて俺は唖然としていた。
まてまて、なんだそれは。ギルド条項?そんなの知らない、初めて聞いたぞ。
かつて冒険者だった父ちゃんの昔話にそんなものは出てこなかった。
まず、町に出向いてギルドで受付の人に登録用の紙を記入すれば終わり。あとは世界中を自由に冒険するというのが話の流れだった。
それが今では最終確認でギルド条項?というルールを聞かされた。なんだよあれ、ギルドからの命令は絶対?冒険者の活動範囲内は登録したギルドの周辺一帯だけ?他のところで活動するときは再登録ですと……
(めっめんどくせーーーーー!!!)
俺が戸惑い、カウンターで明け暮れている間にも時間は残酷に進み、窓に光が差し込み、周囲から話し声が聞こえ、隣のカウンターでは他の冒険者が依頼を申し込んでいる。目の前にいる受付嬢は最終確認を聞いたあとに下に視線を向けてうつむいている俺を見てなにかを察したようで特に何も話すことなく、静かに見守っていた。
ただ一人、カウンター前でポツンと突っ立っている。ある人は何をしているのかチラ見し、またある人はこちらを気にせず掲示板を眺めている。後ろに早く終わらないか待っている人がいる。俺はカウンターの前にたたずむ邪魔なオブジェクトになっていた。
後ろを振り向き、これ以上ここにいてもただ邪魔なだけだと察し、一旦この場から離れることにした。
「あのー…ギルド条項とは、なんでしょうか?自分、村出身でわからないことが多くて……」
「まあ、そうでしたか。それなら知らないのも無理はありません。こちらの条項は10年前に世界ギルド協会が定めたものでして、冒険者の暴走を止めるために作られたのです」
「そっそうなんですか……」
どうやらこれは俺がまだ幼かった頃に世界ギルド協会という組織が定めたものらしい。父ちゃんが冒険者をやっていた頃にはないので知らないのも当然だ。
「えーっと…あの、すいません。一旦この冒険者登録、保留にしてもいいですか…?」
「……はい、かしこまりました。こちらの冒険者登録の手続きは受け取ります。保留の期限は一週間となりますのでその間にご決断をお願いします」
受付嬢はそれを聞いて優しい目つきで紙を受け取り、保留を了承してくれた。期限は一週間、その間に冒険者になるかならないかを決めなければいけない。
この場を離れ、近くに設置されている木製の椅子に座り、思考を巡らせた。
(さてさて、これからどうしたものか。今の俺は村を飛び出し、この町にやってきたばかりの世間知らず。職なし力なし知識なしの無防備状態だ)
ポーチ型の財布を取り出し、中身を開いた。中には10ギンしか入っておらず、宿一夜泊まる分しか入ってなかった。
「仕方ない、民間でもやれる依頼でもやるかあ」
椅子から立ち上がり、掲示板に向かった。たくさんの人が張られている依頼の紙を眺めている。討伐の依頼、アイテムの入手などがある。冒険者であろう彼らは討伐とアイテム入手の依頼に集中していた。そこで俺はあまり目を向けられていない捜索の依頼に目を付け、その中の一枚を取った。内容は〈町中で行方不明となった飼い猫の捜索〉だそうだ。報酬は15ギン。今の持ち金より多い。
これをさっきのカウンターまでに持って行って依頼の受診を申し込む。
「はい、民間の依頼ですね。かしこまりました。こちらの依頼の期限は3日間となりますのでその間に依頼を完了してください。」
「よしっと。さて、行きましょうかね!」
受付嬢は受診済みのはんこを押し、依頼の用紙を受け取った。
こうしてお辞儀をした後、捜索しに扉を開けて外へ出た。
―――――――――
猫の特徴は白と黒の水玉模様で右目の周りに黒い斑点があるのが特徴だそうだ。
「しっかし、そんなすぐに見つかるものかねー。この町結構広いぞ」
城壁に囲まれているこの町、カリーは百…いや、千を優に超える建物であふれていた。こんな広い場所で猫一匹を見つけ出すのはなかなかに困難だろう。
しかし、だからといって諦めるのは違う。左右地面や建物の屋根を見わたしながらあたりを捜索した。
「どこだー出てこーい。お前の飼い主が涙を流して待ってるぞー」
しかしどこにも見当たらない。鳥は見かけるが猫はなかなかいない。いたとしてもそれは既に誰かの飼い猫だ。広場の時計台を見て、見つけることに5時間も経過していた。
気づけば橙色の夕日がさし、広場にいた子供たちは家に帰り、残るは少数の大人か俺くらいになってしまった。
捜索に体力を使いぜぇはぁと息を切らしてしまった。まずい、このままでは夜になってしまい辺りが暗くなる。そうすれば捜索はさらに困難となってしまう。
絶望しかけたその時、後ろから猫の鳴き声と女性の声がした。
「よしよーし、素直でいい子ですねー」
「ニャ~~」
振り向くとそこには猫を抱えるリッタさんがいた。
夕日の光が彼女の髪を照らし、黄金色と光がかみ合ってさらに輝きを増していた。
そして抱えられている猫に視線を向ける。その猫は白と黒の水玉模様で右目に斑点……
「あの猫は…って、いたーーー!!!」
捜索から5時間、夕焼けの広場にてついに対称の猫を見つけることに成功した。その猫は道ばたでも路地裏でもない、一人の少女の腕の中にて背中をなでられて幸せそうに抱えられていた。
よかった。もう見つけられないんじゃないかと思った。このまま見つけられず、依頼失敗となって報酬が得られず、このまま野垂れ死ぬと悲観していた俺にも救いの女神はいたようだ。
「あっあの、そっそれ……」
「あなたはあの時の……それ?って、この猫ちゃんのことですか?」
俺はリッタの元へ駆け寄った。おどおどしながら彼女の腕の中に抱えられている猫を指さす。
リッタは抱えている腕を少し上げて猫をアピールする。猫は眠たそうにしていた。……あっ目を閉じた。
「はい。今捜索依頼を受けていて、それで捜索対象がその猫なんですよ」
「へえ~そうだったんですか。ならば断る理由なんてありませんね。はいっそれじゃあ手を広げてください」
「手を広げる……えとっ…こう、ですか?」
「そんなに腕を伸ばさないで、抱擁するように両腕を丸めるようにしてください。それじゃあ渡しますよ」
リッタは猫を受け取る形を指摘したあと、眠っている猫に一切の刺激を与えず、そっと丁寧に俺の腕に乗せた。抱えられる腕を変えられた猫は何事もなかったかのように反応せず、すやすやと眠っていた。
(すごい、猫だなんて警戒心が高いからか少しの衝動でも反応するのにそれを一切感じさせないだなんて)
はっきり言ってこのリッタの手渡しはすごいとしかいわざるをえなかった。俺の場合だったらすぐに毛が逆立ち、腕をひっかいてでも離れようとしただろう。これは俺が幼かった頃で証明されている。
俺の腕の中で眠る猫を見つめる彼女に驚きのまなざしを向けた。もしかして彼女は家で猫を飼っていたのだろうか。しかし猫は貴族あたりの富裕層くらいしか買えないもののはずだ。ということは彼女は貴族出身なのだろうか。貴族が冒険者だなんてそんなことありえるのだろうか。既に十分な生活を得ている彼らがわざわざ危険なことをするのだろうか。とは言ってもいくら考えたとしてもそこまでかかわりのない彼女について考察しても意味はない。まずはその猫をギルドに届けなければ。いや、その前に見つけてくれた彼女に礼を尽くそう。
「次にこの子の頭とおしりを支えてあげてください」
「はいっ………えーっと、こうか。よしっ捕獲完了っと……この猫、ありがとうございます。俺一人じゃ見つけることなんてできませんでした。そうだ、リッタさんってこの後時間はありますか?」
「時間…ですか。うーん…まあ、リアーナさんたちはまだ帰ってこないそうですし、あるにはありますね。」
「そうですかっ!なら、この猫を見つけたお礼をしたいのでよろしければギルドまで一緒にこれませんか?」
彼女にまだ暇があると知った俺はつい声が上がってしまったがこの好機を逃がさんとばかりにお礼をしたいと伝えた。
「お礼?いえいえ、そんなのいりませんよ。お礼なんて受け取ったらレイアさんに怒られちゃいます。」
「そこをなんとかっ!」
「ええっ…そこまでですか!?」
ここで食い下がるわけにはいかないと必死に懇願した。そんな姿を見たリッタはおろおろと戸惑っていた。
「お願いしますっ!」
「ううん…そこまでいうなら」
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
猫を抱える俺はリッタと共にギルドへと続く街道を進んだ。
――――――――――――
街道の真ん中で横に並んで歩く二人、左右には建物が一列にズランと並び、協調性を保っている。
日は徐々に沈み、朝のような人だかりはまるでなかったかのように静まり足音がよく聞こえ、静寂な空間が町中を支配していた。
「突然なんですが、リッタさんってもしかして貴族出身だったりします?」
「ええっ、よく私の身分なんかがわかりましたね。まだ何も教えてないのに」
「そりゃだって猫をあんなに器用にてなづけるだなんて普段飼ってる人しかできませんよ。それに、猫はたとえ飼いたくっても値が高すぎるから平民なんかじゃ到底変えないしだからといって野良猫を飼おうとしても感染症のこともあって無理ですから」
やはり彼女は貴族出身だったようだ。その高級感あふれる身なりに猫の持ち方、説明がなくても一目でわかる。しかし、だとしたらなぜ冒険者なんかに?すでに生活が保障されているはずなのにどうして危険にかかわる職業なんかをやっているのだろう。
「嫌味に聞こえてしまうかもしれませんが、リッタさんはどうして冒険者を始めたんですか?貴族であるあなたならわざわざこの仕事をしなくてもいいはずなのに」
早速彼女の顔を向いて聞いてみることにした。リッタは緑の瞳で見つめた。
「始めた理由…ですか。そうですねえ……私、仕事というよりかは夢として始めたんです。」
「夢っ……」
その単語を聞いた時、心にグッとくるものが来た。自分も同じ、夢を持って村から飛び出しこの街に訪れたんだ。だけど未だになれずに保留中とあまりうまくはいかないんだけどね。その点、冒険者になった彼女がまぶしく映ってしまう。
「はい。そのために私は仲間の役に立てるように魔法の勉強をしました。でも、駆け出しで貴族出身の私を拾う人なんてだれ一人もいませんでした。私を見て蔑んだ目線を向けられる日々がずっと続いていました」
かつてのころを思い出し、少しだけ首を下に曲げる。顔に影がこもり、彼女の目が見えない。
「あっ……すいません。いやな記憶を掘り起こさせちゃって。相手のことを考えないで、迂闊でしたっ」
「これくらいで謝らないでくださいよ。別に私は特に何も思っていませんよ。むしろあの日々があったからこそ。日々鍛錬を怠らずに励み、こうしてあの人たちの仲間になれたんですから」
「………っ」
顔を上げてさっきとは対照的に口角を上げて笑顔で伝えるリッタ。どんな苦境であっても決して折れず、むしろその苦しみを糧に努力したのだ。彼女は強い。
「俺はっ………」
「あっ話をしていたらギルドの施設が見えましたよ。さあ早く入りましょう旅人さん!」
ギルドの屋根がちょうど見えた時リッタは前に出てさっきより明るい笑顔で俺に手を伸ばす。
彼女についていくように歩み続けた。
――――――――――――
「依頼完了を確認しました。そちらの猫につきましてはこちらが預かります。
それでは、こちら報酬の15ギンでございます」
「~~~っ!……やっっったーーーーー!!!」
初めての依頼達成ということもあり、思わず声が裏返ってしまい、両腕を上に伸ばして喜びを表すなど興奮状態に入っていた。それほどまでに依頼達成というものがうれしかったのだ。
「うわあっ!おめでとうございます!」
手をぱちぱちと拍手し、依頼達成を祝福してくれるリッタ。彼女がいなければ今頃ここにはいなかった。
宣言した通りお礼をしないと気が済まない。
「リッタさん。はいっこれ、お礼の5ギンです」
「お礼なんていりませんよっ!受け取ったらレイアさんになんて言われるか……!」
「それでもっ!あなたにお礼をしないと俺の気が済まないんです!どうか、これを受け取ってくださいっ!」
申し訳なさそうに受け取りを拒否するリッタであったがやはり食い下がれず、5ギンに分けた袋を両手で持ち、それを彼女へと突き出す。
「どうかっ!」
「ううっ……!」
「どうかっっ!!」
「うううっ………!!」
「どうかっっっ!!!」
「ううううっ…………!!!」
「おねがいしますっっっっ!!!!」
「わっわかりました~~~!!」
よかった、彼女はギンを受け取ってくれた。手に5ギンの入った袋を手渡す。手渡した時、上を見たらどこか涙目だった気がしたがまあ、気のせいだろう。
こうして俺は10ギンを手に入れた。この金で宿に泊まろう。
「リッタさん、今日はありがとうございました。また会う機会があればまたお話ししましょう!それじゃっ!」
「えっ…もう帰るんですか!?ちょっと待っ……!」
気分が再好調なまでに高ぶっていた俺は彼女の声が届かず、駆け出しながら、ギルドから遠ざかっていった。
「行っちゃった……」
リッタはただ一人、がらんと開いた扉に目をむけながら呆然と立ち尽くしていた。
――――――――――――
「はいこれ、14番のカギね。」
早速宿に向かい、極力安い宿を選んでそこで3ギンを払い、部屋へと向かった。
「ふうっ……つっかれたーーー!」
荷物を床に下ろし、ベッドにどさっと倒れた。ふかふかではないが日中動き回った俺にとってベッドはベッドなのであった。
(……今日はいろんなことがあったな)
平野をさまよっていたら魔物と出くわし、見事に返り討ちとなってそこでリアーナという白髪の女性に助けてもらい、その後彼女ら一行について行って目的地のカリーに到着し、飯を食った後に夢の冒険者登録をしてもらおうとしたら思っていたのと違うことばかり。一旦保留にして民間依頼の猫探しを受注したら数時間かかってしまった。
これが外の世界、故郷の村では味わえなかった刺激が1日だけでたくさん味わった。うまくいかないことがあったけどなんだかんだここは楽しい。
(やっぱり村から飛び出して、よかったーーー!)
幸福感に包まれながら俺は眠りの中へと沈んでいった。




