第5話 偽物の青銀糸
三日どころか、一日目の夕方には入口が見えた。
偽物の青銀糸は、見た目だけを本物に寄せてある。芯に使っている麻糸が北方産ではなく南部の安物で、銀膜の厚みも一定すぎる。工房ごとの癖が何一つない。
つまり、織房で作られたものではない。
「北方織房の名で納品された箱に、別の糸が詰められている」
私は倉庫の机に糸束を並べた。
「しかも正規の封蝋をいったん外して、同じ印を押し直しています」
エルザが顔をしかめる。
「じゃあ、途中で箱ごと入れ替えられたってことですか」
「ええ。けれど全部ではありません。九束だけ残っていた」
「なぜ全部抜かない」
クラウスの問いに、私は一本の糸を立てる。
「全部抜いたら納品遅延が露骨になります。少しだけ本物を混ぜて、受領側に『品質のばらつき』と思わせる方が安全です」
「王都の礼装で実際にそうなっていた?」
「はい。針数の違和感より先に、光り方の違いで気づきました」
私は補助台帳へ、箱番号と封蝋位置を転記していく。すると同じ輸送商会の名が何度も出てきた。王都と北を結ぶ中継商会、レイヴン商会。宮廷衣装局の緊急便にもよく使われる名だ。
「また王都に戻るのね」
自分で言って、自分で苦い気分になる。
だが今の私には、北の現場がある。王都にただ責められるだけだった頃と違い、今は一つずつ確かめられる。
「賃金台帳の差額も、同じ商会への前払い金に化けています」
エルザが目を見開いた。
「じゃあ、うちの工女たちの給金を削って、偽物の糸を運ばせたのかい」
「可能性は高いです」
怒りに、工舎の空気がぴんと張る。
私はそこでわざと声を落とした。
「でも、ここで騒ぐのはまだ早い。今必要なのは、本物の糸で最低限の受注を回すことと、流れを止めずに証拠を積むことです」
「回せるのか」
クラウスに問われ、私は残った九束を見た。
「高級礼装は無理です。でも、北方侯爵家の冬式典用なら組めます」
「俺の式典用?」
「ええ。派手さは削って、品質で見せます」
クラウスは少し考えてから頷いた。
「注文する」
「書面でください」
「今ここで?」
「今ここで」
彼はすぐに机へ向かい、短い注文票を書いた。
簡潔で無駄のない文字だった。
受け取った紙には、『耐久性最優先。見栄は不要』とある。
私は思わず笑ってしまう。
「変なことを書きましたか」
「いえ。初めてです。ドレスや礼装の注文で、見栄は不要と書かれたのは」
クラウスは怪訝そうな顔をしたが、何も言わなかった。
その代わり、
「必要なものがあれば出す。遠慮はするな」
とだけ言って、工舎を出ていった。
王都では、必要なものを求めるたびに可愛げがないと笑われた。
ここでは、必要なものを言えと言われる。
同じ仕事なのに、こんなにも息がしやすい。




