第27話 無愛想侯爵の指輪箱
夜、仕事を終えて部屋へ戻ると、窓辺に小さな箱が置かれていた。
胡桃材で作られた簡素な箱だ。金具も宝石もない。代わりに、蓋へ銀の機杼が細く彫られている。
「勝手に入れましたね」
私が言うと、扉の外にいたクラウスが少しだけ気まずそうな顔をした。
「ノックはした」
「返事を待たなかったでしょう」
彼は否定しなかった。
箱を開けると、中には細い指輪がひとつ入っていた。暁金青の糸色を思わせる淡青金の石に、銀糸のような地金が巻いてある。
「糸輪の仮求婚だけでは足りないと思った」
「十分でした」
「私は足りなかった」
あまりにも真顔で言うので、私は少しだけ笑ってしまう。
「条件は変わりませんよ」
「台帳はお前が管理する。仕事は続ける。灰色へ戻らない」
「全部覚えていたんですね」
「必要なことだから」
指輪を光へかざす。派手ではない。でも、ちゃんと私の手に馴染みそうな色だった。
「もう一つ条件を足します」
クラウスが身構える。
「婚約後の契約書に、北方織房衣装記録室の独立権限を書き込むこと」
「それも入れる」
「早いですね」
「迷う理由がない」
私は指輪を受け取り、まだ指には通さず箱へ戻した。
「照合会議が終わったら、正式に」
そう言うと、クラウスは短くうなずいた。
「なら終わらせる」
無愛想な侯爵は、こういう時だけ言葉が少ないくせに、約束はひどく正確だ。




