第24話 北方侯爵家の婚約披露
婚約披露会は、予定通り北方侯爵邸の冬庭で開かれた。
本来なら、私は裏で裾線や席次用の布札を確認している側だ。けれどその日ばかりは、薄い生成りに暁金青の刺繍を入れた仮礼装をまとい、クラウスの隣へ立っていた。
「落ち着かない顔をしている」
「仕事場ではないので」
「今も仕事だ」
クラウスらしい慰め方に、私は少しだけ息を吐いた。
披露会が始まってすぐ、アデライーデ・レンツが現れた。栗色の髪を完璧に結い上げ、南方流の光沢の強い絹をまとっている。よく整っている。でも、立ち姿が布に負けていた。
「お祝い申し上げます、イリス様」
彼女は微笑んだまま言う。
「もっとも、継承権が確定しないうちは、その衣装も工房意匠も仮のものですけれど」
広間の空気が張る。私は一歩も引かなかった。
「継承権が仮なのは、どちらでしょう」
私が返すと、彼女の笑みが少しだけ薄くなった。
その時、クラウスが前へ出た。
「北方侯爵家は、イリス・ヘルツォークを私の婚約者として公に迎える。同時に、結婚後も北方織房衣装記録室の責任者を続けることをここに宣言する」
ざわめきが広がる。私は思わず隣を見る。仕事を続けることは二人の間で決めていたけれど、公の場で先に言われるとは思わなかった。
アデライーデは扇の陰で目を細めた。
「ずいぶん手厚い庇護ですこと」
「庇護ではありません」
私ははっきり言った。
「私の仕事を、私が続けるだけです」
その瞬間、背筋が不思議なくらい真っ直ぐになった。
誰かの引き立て役として立つのではない。
自分の名前と仕事を持ったまま、私はここにいる。




