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第23話 母の工房継承印

夕方、私は自室の古箱を開いた。


 母が遺した見本帳、補助台帳、そして使い切れなかった封蝋片。その底から、薄い麻布に包まれた古い印影帳が出てくる。


「それが工房の印か」


 クラウスが机の向かいへ立った。


「ええ。母の実家、銀梭工房の継承印です」


 印影は小さな銀杼に、六枚花を重ねた形。ところが異議申立書に押されていた継承印は、花弁が七枚あった。


「意匠が違う」


「しかも七枚花は、商組合の意匠改定後の形です。母が継いだ時代には存在しません」


 私はさらに補助台帳をめくる。そこには母の癖で、工房継承者欄に小さな符号が添えられていた。


『継承補記 見習い一名 血縁外可』


 私は息を止めた。血縁外可。つまり工房は家名だけで継ぐものではなく、正式な見習い登録があれば承継できる。


「お前の名は」


「この台帳にはありません。でも母は、私にだけ見本帳の符号を教えた」


 そこへエルザが帳場から古い封蝋片を持ってきた。冬の湿気で剥がれたものだという。


「こっちも見てごらん」


 封蝋片の裏には、銀梭工房の印がはっきり残っていた。六枚花。やはり母の印影と一致する。


「偽物が継承を名乗るなら、本物の印を消す必要がある」


 私は見本裂の盗難と印影の差を並べて、記録欄へ書き足した。


 相手は昔の名前を持ち出しているようで、実際には今の制度でしか偽造できない印を使っている。


 書類は嘘をつける。けれど時代だけは、ちゃんと裏切る。


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