第10話 義妹からの招待状
数日後、今度はセレナから直接手紙が届いた。
香料の匂いがきつくて、封を切る前から頭が痛い。
『お義姉様。北でのお仕事はお楽しみですか? 春祈祭ではわたくしがヘルツォーク家の代表として登壇いたします。亡きヘレーネ様の見本帳も、本来なら家にあるべきものです。お義姉様がお持ちのままでは、わたくしが本物の令嬢として整う妨げになります。どうぞ祭の前に返却を』
最後に追伸があった。
『灰色のお召し物でも、観客席からなら目立ちませんわ』
私は便箋を机へ置き、深く息を吸った。
「捨ててもいいですか」
隣で帳簿を見ていたクラウスが顔を上げる。
「燃やしたい顔をしている」
「よくわかりますね」
「最近わかってきた」
その一言のせいで、怒りの中に妙な熱が混ざった。
「返すつもりはありません」
「返すな」
「でも家から正式請求が来たら」
「北方織房の監査資料として保全する」
「そんな理屈、通るんですか」
「通す」
相変わらず乱暴で、でも頼もしい。
私は見本帳を開き、切り取られた頁の前後を見比べる。紙の繊維に、ほんの少しだけ金糸が引っかかっていた。宮廷衣装局の作業机で使う白布ではなく、家のサロンでよく使う金茶の卓布の繊維だ。
義母かセレナが、自宅側で頁を抜いた可能性が高い。
「北へ来る前日、私は見本帳を家に持ち帰っていました」
「なぜ」
「宮廷の机に置くと、勝手に触る人が多いからです。まさか家の中で抜かれるとは思わなかった」
クラウスは黙って聞いていたが、やがて低く言った。
「君は悪くない」
「知っています。でも、悔しいのです。あの人たちは、私が守ろうとしたものを『地味』の一言で奪えると思っている」
「なら、奪えないと示せばいい」
その日の午後、北方織房へ王都の商人が来た。春祈祭に合わせた追加注文ではなく、工房の現状を値踏みしにきた顔つきだった。私は朝霧青の見本布と、再織した正規百合紋の胸当てを並べて見せる。
「同じ百合でも、こちらは裏へ二針落としてあります。表だけを飾る刺繍と違って、長く着ても形が崩れません」
商人はまじまじと見比べ、最後に小さく頷いた。
「北にも、まだこんな仕事ができる人がいたとは」
「います。ずっといました」
私は即答した。
誰かが舞台へ立つために、誰かが灰色で隠れる必要なんてない。
そのことを、今の私は以前よりずっと信じられる。




