夏祭りと浴衣の君
夏祭り当日。
朝から通りにはたくさんの人出があった。
太陽は容赦なく地上を照らしつけており、猛暑日になる、とネットのニュースで見かけた。
商店街の喧騒を遠くに聞きながら、笠置はいつもの部屋にいた。
いつも黒の上下であるが、今日は黒い浴衣に灰色の帯をしていた。
夏祭りの日はなるべく浴衣で、という商店街のお願いもあり、毎年の定番となっていた。
バイトに浴衣を着せるために、きぬさんがくる約束になっている。
笠置でも浴衣を着付けられるが、さすがにまずいと思い、きぬさんにお願いした。
かわりに、いくつかの茶菓子を要求されたが、外で誰かに頼むよりかは安いだろう。
9時40分頃になり、笠置はお茶と茶菓子の用意を始めた。
ちょうどお茶を湯のみに注いだ頃、ノックもなくきぬさんが入ってきた。
彼女は、灰色に白の模様が入った夏の着物を身につけていた。
「おはよう。相変わらず準備がいいねぇ」
きぬさんは言いながら、客用のソファーに腰掛けた。
彼女の前に、湯のみと幾種類かの羊羹がのった皿を置く。
「なあ、透」
珍しく名前で呼ばれ、笠置はテーブルの横に立ち尽くした。
「何」
「わたしゃお銀さんと話すから、あんたはお店行ってな」
これまた珍しいことを言われ、笠置は目をしばたかせきぬさんを見た。
彼女は正面を見ているのでつられてそちらを見ると、笠置の席に大きな三毛猫、お銀さんが座っている。
猫はにゃーと一声ないた後、
「そういうことだから、あんたはさっさと店いきな。あ、茶はおくれよ」
お銀さんの要求通り、彼女にお茶と茶菓子を用意し、店内BGMの電源を入れた後、笠置は部屋を出た。
まさか自分の部屋を追い出されるとは思わなかった。
店のほうへと行くと、何やら外が騒がしかった。
見れば、浴衣姿の双子がわいわい言いながら、ワゴンに商品を並べていた。
「あの二人また来てるの」
カウンターでレジの電源を入れていた玲奈に、そう声をかけた。
彼女は驚いたらしく、目を見開いてこちらを見た。
紺地にひまわりの模様がうっすら浮かぶ浴衣を、彼女は着ていた。長い黒髪をアップにし、つまみ細工のコームをつけている。
かなり普段と雰囲気の違う少女は、笠置をなぜか見つめたまま固まっていた。
「……何?」
不思議に思いそう声をかけると、少女は首を横に振った後、
「いいえ、なんでもないです。
あの、ふたり手伝うとか言って。今ワゴンに商品並べてもらってます」
と応えた。
「そう」
それだけ言って、笠置はカウンターを離れ、外へと向かって行った。
ああじゃないこうじゃない、と言い合いながら商品を並べる双子に、声をかけた。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「おはようございます。奥いいんですか?」
そう、首をかしげる二葉に、笠置は小さく頷く。
「ああ。
二葉、頼みがある」
「頼み? 笠置さんが僕に頼みですか?」
何やら嬉しそうに、二葉は顔を輝かせた。
「あの子と買い物行って来てほしい」
「買い物ですか?」
「ああ。ジュースとか。お前たちの好きなもの買って来ていいから」
「わかりました」
びしっと、右手の先を頭に当てて敬礼をする。
そのあとカウンターに戻り、帯にさしてあった小さい財布から5千円札をだし、玲奈に差し出した。
すると、少女は不思議そうな顔をして、その手と笠置の顔を交互に見た。
「杉下さん」
「え、あ、はい」
「二葉つれて買い物行って来て」
「あ、はい。何をです?」
「ジュース何本かと、好きなもの買って来ていいよ
」
「あ、はい。わかりました」
「よろしく」
そう言って微笑みかけると、少女はなぜか固まってしまった。
今日はどうしたのだろうか。
「杉下さん?」
そう声をかけると真っ赤な顔をして、すいません、すいません、と言いながらお金を受け取り、慌てた様子で店を出て行った。
なんだかわけがわからず首をかしげ店の外へと視線を向けると、見覚えのある高校生くらいの女の子が、玲奈たちに話しかけていた。
あれはたしか、しゃべる熊のぬいぐるみの所有者であるかえでとかいう高校生だ。
女の子らしい、ピンク色に朝顔を模様の浴衣に兵児帯をしている。
かえでは玲奈たちと話をした後、彼女らと共に一緒に店を離れて行った。
どうやら一緒に買い物に行くらしい。
ひとり残された一葉を手伝おうと店頭に出ると、彼はにやっと笑って笠置を見た。
「笠置さん」
「何」
「噂が実現したら、僕としては嬉しいんですけど」
「……意味が分からん」
「えー? 僕は春が来たらいいなって思ってるんですよー?」
「……今は夏だ。無駄口叩いてないでさっさとやれ」
「はーい」
その後も、一葉の妄想話はしばらく続いた。
開店時間をだいぶ回ったころ、三人がわいわい言いながら帰ってきた。
にやにやする二葉たちと、顔を真っ赤にする玲奈を不思議に思いながら見つめていると、二葉たちに押されるようにして、玲奈は笠置の前にやってきた。
「あ、あの、おつりです」
いいながら小銭を差し出されるが、笠置は首を振った。
「あげるよ」
「え、あ、ありがとうございます」
「えー、それだけなの、玲奈ちゃん」
「言いたいことあるなら言えばいいのに」
二葉とかえでが言うと、玲奈は振り返って、
「だから、そんなんじゃないってば!」
と声を上げた。
なにがなんだかわけがわからないが、店先で騒がれるのは正直嫌だ。
「二葉。買ってきたのしまって来て」
「はーい。かえでちゃんも一緒にいいですか?」
「ああ」
そう答えると、ふたりは奥へと消えて行った。
浴衣姿の客たちが店内に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
笑いかけてそういうと、なぜか玲奈がじっとこちらを見つめていた。
「……杉下さん?」
不審に思いそう声をかけると、彼女は真っ赤な顔をして首を横に振った。
「なんでもないです!
私、カウンターにいますね!」
そう言って、そそくさとカウンター内に入って行った。
どうしたものかと思いつつ、笠置は声をかけてきた客の相手をした。




