そんな子に育てた覚えはありません!
時は1日巻き戻る。
「不知火さん」
「……何ですか?」
クラスメイトであろう少年に名前を呼ばれ、不知火朔夜は声のした方を見る。少年は反応があった事に安堵したように息を吐く。教室に生徒はもうほとんど残っておらず、残っている生徒達も各々が話しながら教室から出ていく。
朔夜も鞄の中へ荷物を入れて帰ろうとしていたところだった。
「あのさ、今日はこれから何か予定ある?」
「ある事にはありますが、急ぎではないですけど、なんですか?」
それが何? とでも言うように朔夜は首を傾げた。
「……不知火さん、俺らお互いに学級委員という面倒な役職を押し付けられただろ? ……覚えてる?」
「覚えていますよ。担任に文句さえ言わせてもらえなかったんですから」
微かに怒りを含んだ声で方を震わせ苛立ちげに言う。その際に耳の下で括られた2本のお下げが肩に合わせて揺れる。眼鏡越しの瞳は感情を読ませない。
どうやら少年ーー藤原和也が声をかけてきた理由が分かったようで少し負の感情を表す。
しかし、側から見ると無表情のままに見え、彼女をよく知る者でも表情の変化を読み取れるものはほとんどいないだろう。
もちろん和也も朔夜の微かな怒りに気づかずに気にした様子もなく話を続ける。
「それでさっき仕事だって担任にこれを渡されて」
そう言って1冊のノートを見せる。
「この日誌に毎日の出来事を記録しろってさ、それで……」
和也は毎日、あるいは毎週交代して記録を書こうと提案しようとしていた。
「わかった。私1人でやりますね」
しかし朔夜はそう言って、和也の持ってるノートを興味あるなさげに受け取る。あまりにも一瞬の出来事で、和也は呆然とするも、すぐにハッとしたように朔夜を真っ直ぐに見つめる。
「いや、それは不知火さんに悪いからさ、俺も交代でやるよ」
「……ありがとうございます」
その言葉に和也はパッと顔を輝かせたが、朔夜はでも……と続ける。
「やっておくのでいいです。これぐらい私1人でやれますから」
頑なに1人でやると話す朔夜に、和也はしばらく黙り込んで考えたが、朔夜が考えを曲げる気がないのを薄々感じ、朔夜に真っ直ぐに向きなおると微かに微笑みを浮かべた。
「ごめんね、なら頼もうかな」
じゃぁ、明日と続けると和也は教室から出て行った。
和也が教室から出ていくと、教室には朔夜が1人だけ残っている状態になった。彼女は小さくため息をつくと、日誌用のノートを机に広げて、今日の日付と出来事を書いていった。
『さっきのは、流石に酷いんじゃないか? あいつがかわいそうだぞ?』
朔夜以外誰もいない筈の教室に少し幼さの残った男の声が響いた。朔夜はその謎の声に特に驚いた様子もなく、日誌の続きを書いていく。
『……って無視!? さや、酷いぞ。俺はお前をそんな子に育てた覚えはありません!!』
「……」
謎の声はぎゃあぎゃあと言いたい事を叫び始め、朔夜の日誌を書く手が止まる。
シャーペンを持ってがワナワナと震え、こめかみがピクピクと動く。
『昔はあんなに可愛かったのに』
「……あんまり調子に乗るな」
限界に達したのか朔夜は冷めた声でどこにいるかもわからない人物に言い放った。
『別にいいじゃん。どーせおれの声聞こえてんのはさやだけだし』
「僕がムカつくからやめて欲しいんだけど」
『じゃ、無視すんなよ。寂しいじゃん』
子どもか……と思ったが、朔夜はそれを言葉にしなかった。また謎の声を無視して日誌を書き終えると、職員室へ向かい、担任が不在だった為、近くにいた先生に担任の机の上に置いといてもらうように頼んだ。
そして、昇降口で外履きに履き替えると、校門から校外に出る。それから徐にポケットから携帯を取り出した。携帯を耳に当てながらわざと人通りの少ない路地へと足を進める。
「ゆう、学校では話しかけるなって言ってるだろ?」
『別にいいじゃん、どうせ教室にはお前しかいなかったんだしさ』
「そういう問題じゃない。もしあの時誰か人が来てみろ、僕は独り言でキレる可笑しな変人に思われるだろう。面倒だから目立つ事はしたくないんだよ」
『……』
「僕は面倒事に巻き込まれるのが本当に嫌なんだ。だからわざわざ学校で大人しくしてるんだからさ」
『あー……そういや"面倒事に巻き込まれたくなけりゃ、その性格を隠せ。そうだな、必要以上に喋んな"だったっけか? 最初の方はよくやんなーって感心しちまってたし』
「うるさい」
朔夜はピシャリと冷めた声で言う。かなりイラついているのか自然と足取りが早くなる。しばらく無言で歩き続けると朔夜の足が止まった。
そして木々に囲まれた鳥居の奥へ続く階段を見て、小さく息を吐く。それから周りを見回して誰もいない事を確認すると、携帯をポケットにしまう。
「……うるさいとは言ったけど、君が黙り込んでるのはなんか気持ち悪いんだけど」
朔夜が小声で呟くが返答はない。少し経っても返答が返ってくる気配がないの悟ると、特に気にする素振りもなく鳥居の前で一礼をして階段に足をかける。
瞬間、誰もいない筈の後ろからジトーとした視線を感じる。
「はぁ……」
朔夜は小さくため息をつくと、かけていた眼鏡を外して後ろを振り向いた。そして、トコトコと歩いて行き、何もない筈の電柱の隣を蹴った。
『〜〜〜っ!? いきなり人の頭を思いっきり蹴るか!?』
「うるさい、うざい」
『ひっどっ、さや。年寄りを少しは労われ!!』
「幽霊に年寄りも何もないだろ」
そう言いながら朔夜は何もない空間をもう一度蹴る。するとやはり痛がる声が聞こえる。
『待て、マジで痛いからってか、なんでお前は霊体に物理攻撃が出来るんだよ!? 俺はお前に触れないのに!!』
「さあね、興味ない」
『少しは物事に関心を……って、眼鏡かけんな、無視して先に進むな! ってか俺を置いていくなーーっ!!』
しかし朔夜はそんな叫び声など聞こえないかのように今度こそ階段を上り始めた。
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