第11話:皇帝の命令
ドレス大佐を始末した翌日、帝都に布告が出た。
カールは路地の掲示板でそれを読んだ。ゲンツが隣に立っていた。スーケリーは離れた場所から周囲を観察していた。
「皇帝陛下の御名において、帝国の秩序を乱す者どもに対し、五元素魔術師団の出動を命ずる。加護なき者が帝国の理を語ることは、五元素の祝福への冒涜であり、断じて許されるものではない。魔術師団は当該グループを速やかに捕縛し、帝国の秩序を回復せよ」
布告の下に、魔術師団の紋章が押されていた。五元素それぞれを象徴する五つの記章が並んだ紋章だった。帝国において最高位の魔術組織を示す印だった。
「格上げされた」とゲンツが言った。
「そうだ」
「ドレスを倒したことへの反応か」
「ドレスだけじゃない」カールは布告を最後まで読んだ。「魔石の件、式典への潜入、聖女への接触。全部積み上がった結果だ。皇帝が直接動いた」
ゲンツは布告の紋章を見た。「五元素魔術師団か。帝国最強の魔術組織だ。これまでとは規模が違う」
「分かっている」
カールは布告から視線を外した。
街の人間が布告を読んでいた。それぞれの反応があった。不安そうな顔をしている者がいた。安堵している者もいた。加護なき者が帝国の魔術師を倒し回っているという噂は広まっていた。その脅威がついに終わるという安堵と、それでも残る不安が、民衆の表情に混ざっていた。
カールは彼らを見ながら思った。
ドレス大佐を倒した夜から、カールは一つのことを考え続けていた。
線が繋がった、という感覚だった。
化学魔術師グレッグの処刑。あれはバルト判事が執行したが、命令は皇帝の勅令だった。帝国軍がカールを追放したこと。あれはドレスが判断したが、加護なき者を排除するという方針は帝国全体の思想だった。村が燃やされたこと。あれは帝国軍の判断だったが、「不要な研究を根ごと消す」という考え方は、誰かが作った方針に従ったものだった。
エレンが頭に装置を埋め込まれて象徴として使われていること。あれは神官長ヴァルナが命令したが、聖女制度を設計したのは誰か。
全てに、一人の人間の思想が流れていた。
加護なき者は不要だ。加護ある者が支配し、秩序を維持する。それが正しい世界の形だ。その思想を制度として固め、法として運用し、逆らう者を処刑台に送ってきた人間がいる。
皇帝だった。
「皇帝を殺す」とカールは言った。
ゲンツが振り向いた。路地に三人しかいないことを確認してから答えた。「分かっていた。最初からそこに向かっていると思っていた」
「確信がなかった。ドレスを倒すまで、確信が持てなかった」
「今はあるのか」
「ある」カールは歩き始めた。「グレッグの処刑も、聖女制度も、村を燃やしたことも、全部繋がっている。個人の判断じゃない。帝国という構造の問題でもない。一人の人間の思想が形になったものだ。その思想の源を断てば、俺の戦争は終わる」
「終わった後は」とゲンツが言った。
カールは少しの間、何も言わなかった。
路地を歩きながら考えた。終わった後。皇帝を殺した後。何が残るのか。何をするのか。考えたことがなかった。意図的に考えないようにしてきたわけではない。ただ、考えが届かなかった。
「考えてない」とカールは言った。
「本当に考えていないのか」
「本当に考えていない。届かない」
ゲンツは何も言わなかった。スーケリーも何も言わなかった。三人はしばらく無言で歩いた。
宿に戻り、三人で作戦を考えた。
五元素魔術師団。帝国に五属性それぞれの最高位魔術師が所属する組織だった。数は少ない。しかし一人一人の実力はこれまでの相手とは段違いだった。ゲンツが集めた情報によれば、団長は五十年以上の実戦経験を持つ火属性の最上位魔術師だという。
「これまでの対処法が通じるか分からない」とスーケリーが言った。
「通じる部分と通じない部分がある」カールは紙に図を描いた。「詠唱に時間がかかるという構造は変わらない。しかし経験を積んだ魔術師は詠唱が速い。短縮詠唱を習得している可能性がある。三秒が一秒になれば、対処の余裕が減る」
「どうする」
「詠唱の速度に関係なく機能する手段を使う。あるいは詠唱させない状況を作る」
「具体的には」
「まだ考えている」
ゲンツが言った。「魔術師団が動き始めた場合、帝都に留まることは難しくなる。拠点を変える必要があるかもしれない」
「分かっている。しかし動きすぎれば次の準備ができない。バルト判事はまだ残っている。神官長も残っている。皇帝への道筋をつけるためには、順番がある」
カールは図を見た。
現状の課題が整理されていた。魔術師団への対処。バルト判事と神官長の処理。エレンの装置を外すための技術者の確保。皇帝への接近経路。やることが増えていた。しかし増えたことは把握できている。把握できていれば、手順が組める。
「一つずつだ」とカールは言った。
同じ日の午後、帝都の魔術師団本部では。
魔術師団長ライヴェンが、副団長たちを集めていた。
ライヴェンは六十代だった。白髪を後ろに束ね、深紅のローブを纏っていた。火属性の最上位魔術師として、五十年以上実戦を経験してきた。帝国が抱える最強の魔術師と呼ばれていた。
「爆炎師の報告書を読んだ」ライヴェンは言った。「全て読んだ」
副団長たちが黙って聞いた。
「城壁の侵入。魔石の溶解。式典への潜入。聖女の居室への侵入。ドレスの討伐失敗」
一つずつ並べた。
「全て化学と電気と、未知の遠距離攻撃による仕業だ。魔術ではない。それぞれは単純な現象だ。しかし組み合わせることで、これだけのことができる」
副団長の一人が言った。「加護なき者の仕業とは思えません。背後に誰かいるのでは」
「いない」ライヴェンは答えた。「情報部が三ヶ月調べた。加護ある協力者の痕跡は一切ない。三人とも加護がない。それで全てやっている」
沈黙があった。
「対処法は」と別の副団長が聞いた。
「魔術で制圧することだ」ライヴェンは言った。「当然のことだ。我々は帝国最強の魔術師団だ。加護なき三人の人間を制圧できないはずがない」
「しかし詠唱の前に」
「詠唱の問題は分かっている」ライヴェンは副団長を見た。「対処法は考えてある。今はまだ言わない。実戦で確かめる」
副団長たちが顔を見合わせた。
ライヴェンは立ち上がった。「爆炎師ごとき、我らが出るまでもないという意見もあるだろう。しかし出る。皇帝の命令だからではない」
部屋が静かになった。
「加護なき者が理を語るということが、どういうことか。それを実際に見た者が団内にいない。見ておく必要がある。知らない相手は過小評価する。過小評価は敗北の原因になる。だから自分で見に行く」
ライヴェンは部屋を出た。
廊下を歩きながら、報告書の内容を頭の中で整理した。
詠唱を完成させる前に、相手の攻撃が来る。それがこれまでの事例が示していることだった。ならば詠唱を始める前に攻撃できればいい。それだけの話だ。
しかし報告書を読み返すたびに、ライヴェンは一つの事実が引っかかっていた。
加護なき者が、これだけのことを独学でやった。
魔術師団の精鋭が、独学の化学に詠唱を完成させる前に倒された。
単純な事実だった。しかしその事実の重さを、ライヴェンは他の誰よりも正確に受け取っていた。
五十年の実戦経験が、そうさせた。




