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理(ことわり)を焼く爆炎師~五元素の加護なき男、物理法則を武器にして魔導帝国へ復讐する~  作者: いわん


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第1話:化学魔術師の処刑

 広場に人が集まっていた。

 いつものことだった。処刑は祭りと同じだ。屋台が出て、子供が走り回り、老人が酒を飲む。帝都の中央広場で処刑が行われる日は、決まって市場が賑わう。民衆はそれを当然のこととして受け入れていた。秩序の確認。帝国が正しく機能しているという証明。加護なき者が処刑台に立つたびに、加護ある者たちは自分の祝福を再確認する。

 カール・シュナイダーは人混みの端に立っていた。

 処刑台まで二十メートルほどの距離だった。顔が見える。引き立てられた男は三十代半ばだろうか、痩せていたが背筋だけは伸びていた。帝国軍の制服を引き剥がされ、粗末な麻布を纏っている。それでも歩き方が違った。引きずられてはいない。自分の足で歩いている。

「魔術師騙りのグレッグ。加護を持たずして魔術を騙り、帝国の秩序を乱した罪により、皇帝陛下の勅令に基づき死刑に処す」

 判事の声が広場に響いた。朗読するような声だった。感情がなかった。日常業務だった。

 民衆がざわめく。しかしそれは同情ではない。

「加護もないのに魔術師を名乗るとはな」

「当然の報いだ。分を弁えない者はああなる」

「子供に見せておけ。これが秩序というものだ」

 カールは声を聞きながら、処刑台の男を見ていた。

 グレッグと呼ばれた男は、群衆を見渡していた。怯えていない。怒ってもいない。ただ見ていた。その目が一瞬、カールの方を向いた気がした。気のせいかもしれなかった。しかし確かに、二人の視線が交差した。

 縄が男の首にかけられた。

 カールは目を逸らさなかった。

 処刑台の床板が落ちた。

 群衆が歓声ともつかない声を上げた。子供が何かを叫んでいた。屋台の売り子が声を張り上げた。日常が続いていた。

 カールは呟いた。誰にも聞こえない声で。

「才能がない者は死ぬべきなら、お前たちは何を根拠に生きている」

 答える者はいなかった。当然だった。これは問いではなかった。


 夜になった。

 広場から人が引いた。処刑台だけが残っていた。縄がまだそこにある。風が吹くたびに、縄の先が揺れた。

 カールは路地の影から判事官邸を見ていた。

 バルト判事。帝都第三区担当判事。化学魔術師グレッグの処刑を執行した男。皇帝の勅令を読み上げ、床板を落とす命令を下した男。

 官邸の二階に灯りがついていた。

 カールは観察した。衛兵の交代時間、灯りの消える時刻、使用人が出入りする勝手口の位置。記録する必要はなかった。頭に入れるだけでいい。今夜はそれだけでいい。

 窓の向こうで影が動いた。

 バルト判事だった。顔が見えた。五十代、恰幅がいい、顎に白い髭を蓄えている。書類を持っていた。机に向かい、何かを書いている。処刑の記録だろうか。カールはそれを見ながら思った。

 記録に残すのかもしれない。あるいは残さないのかもしれない。

 どちらでも構わなかった。

 カールが必要としているのは記録ではなく、顔だった。バルト判事の顔を確認した。これで十分だった。今夜の目的は果たした。

 路地を引き返しながら、カールは今朝のことを思い返した。

 グレッグという男のことは知らなかった。名前も、何者かも、今日まで知らなかった。処刑の告知文で初めて存在を知った。化学魔術師。加護なき者。帝国の秩序を乱した罪人。

 しかしカールには分かった。

 グレッグがやっていたことは、カール自身がやってきたことと同じだった。加護がないから魔術が使えない。しかし現象の仕組みを理解すれば、魔術と同じことができる。燃焼とは何か。爆発とは何か。それを知れば、詠唱など必要ない。知識が武器になる。

 それが帝国では罪だった。

 加護なき者が「理」を語ることは、秩序への反逆だった。

 カールは三年前のことを思い出した。帝国軍の化学部隊。上官ドレスの顔。「加護なき者に軍の未来は任せられん」という言葉。書類一枚で終わった。異議申し立ての機会すらなかった。翌日には兵舎を出ていた。

 あの時カールは怒らなかった。

 怒る前に、考えた。

 なぜ追放されたのか。なぜ帝国は加護なき者を排除するのか。なぜ民衆はそれを当然として受け入れるのか。

 答えは単純だった。

 加護があれば考えなくて済む。魔術師は詠唱すれば炎が出る。水が動く。風が従う。なぜそうなるかを理解する必要がない。加護が全てをやってくれる。しかし加護がなければ、理解するしかない。仕組みを知るしかない。考えるしかない。

 帝国が恐れているのは、考える人間だった。

 仕組みを知る人間が増えれば、加護の神秘は崩れる。祝福の絶対性が揺らぐ。それが秩序への脅威だった。だから排除する。処刑台に送る。記録にも残さない。

 カールは立ち止まった。

 宿の前だった。古い木造の建物。安宿だが屋根は雨を防ぐ。今夜の寝床としては十分だった。

 扉を開ける前に、振り返った。

 帝都の夜景が広がっていた。魔術の灯りが街を照らしていた。美しかった。整然としていた。秩序があった。

 加護ある者たちの街だった。

 これは革命ではない、とカールは思った。

 民衆を救いたいわけではない。世界を変えたいわけでもない。帝国の制度を根底から覆したいわけでもない。

 ただ一つだけ、やることがある。

 自分の家族、幼馴染の人生を踏み潰した帝国と、その頂点にいる皇帝への復讐。

 それだけだった。

 バルト判事の顔は確認した。順番がある。まず顔を覚える。次に近づく方法を考える。そして実行する。感情ではなく、手順だ。怒りは燃料にはなるが、道具にはならない。

 カールは扉を開けた。

 明日も仕込みがある。


 その夜、バルト判事の官邸では。

「本日の処刑、滞りなく執行いたしました」

 部下の報告を受けながら、バルト判事は書類に目を落としていた。

「記録は」

「加護なき者の処刑は、通常記録に残しておりません」

「そうだったな」バルト判事は頷いた。「続けろ」

 部下が下がった。

 バルト判事は羽根ペンを走らせた。別の書類だった。来週の公判日程。来月の税収見込み。帝国の日常業務が続いていた。

 今日処刑した男の名前を、バルト判事はすでに覚えていなかった。


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