表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

10

 黒木は静かに呼吸と体勢を整えた。「ザリッ」と足元の砂が音を立てる。


「──行くぞ」


 呟く声に容赦はなく、構えに秘められた力は、素人目に見ても尋常ではなかった。黒木の体が一瞬で動き、リュッサの目前まであっという間に距離を詰める。


 初太刀が振り下ろされると、刃先が額に迫るその瞬間、リュッサの第三の眼に一筋の影が落ちる。


 太刀の軌道に無駄はない。黒木の肩の筋肉が、連動させた全身の力を刃に集約する。


 放たれた圧倒的な殺気は、全体を飲み込むようで、見る者の思考を恐怖に染める。少なくとも田中にはそう思えた。が、リュッサはただ立っている。


「キィンッ……パリッ!」


 初太刀が第三の眼を直撃し、光が散り、魂の透視器官は砕けた。しかし黒木の眼は、破壊の刹那に生まれるリュッサの反応すら見逃すまいとしていた。


「微動だにしないとはな」


 少し驚いた様子で距離を取ったが、黒木の刃は止まらない。二の太刀がリュッサの首元を狙う。刀が触れると、首の周囲に光の裂け目が走る。だが、裂けた肉体が淡い光に包まれ、ゆっくりと元の形を取り戻す。首筋に残った切り傷は、錯覚であったかのように跡形もなく消えた。


 次いで刀は胴体に向けられる。刀身がリュッサの胸を貫き、血のような茶色い光の粒が散る。しかし、リュッサの体は再構築され、裂け目は滑らかに閉じる。砕けたはずの第三の眼も、胴体も完全に元通りになっていた。


 黒木は呼吸を整えず、ただ剣を振り続ける。腕、脚と、刃先は次々に標的を捉え、切り結ぶ。そのたびに、リュッサの体は切断され、裂け、崩れかける。しかし、体は再生を繰り返す。切り傷は光の粒となって消え、リュッサの様子に一切変化はない。


「……これがお前の力か。あのじじぃとは一味違うな。さて、どうしたものか」


 黒木の目の前で、リュッサの全身の傷が淡い光を放ちながら再生していく。ツゲもまた、黒木の殺気を真正面から受けながら、微動だにせずただ黒木を見つめていた。二人とも、痛みも恐怖も感じていないかのように静謐だった。


「切った手ごたえはあるんだが……」


 黒木はそう低く発した後、今度は刀を下ろしたままリュッサへとゆっくり歩み寄った。黒木は左手を伸ばし、まるで能面の顔を押さえるかのように、リュッサの額を鷲掴みにした。指先に力がこもり、リュッサの額にわずかなしわが寄る。


 黒木は掴んだ額を支点に、右の手に握った刀を首筋へと添わせ、ゆっくりと刃を滑らせ始めた。骨と肉が離れかけ、頭部がふっと軽くなる。だが、それはほんの一瞬だった。切り離されかけたはずの頭部は、すぐさま黒木の手の中で重量を取り戻し、身体へと吸い寄せられるように戻っていった。


「これでも駄目か」


 黒木の表情に諦めの色が差したとき、額を掴まれたままリュッサは静かに答えた。


「お分かりになっていただけましたか? 私たちを倒す手段は存在しません。どのような剣技、どのような殺意をもってしても、因果そのものが我々を保ちます」


 リュッサは黒木の手を振り払うこともなく、淡々と続けた。


「ただし──私の試練を受け、条件を満たせば、あなた方がこの冥府を切り抜けるために必要な “力” を授けることはできます。挑戦されますか?」


 黒木はリュッサの言葉を聞き終えると、わずかに眉をひそめて問いかけた。


「……仮に、その “試練” とやらを受けずに進んだらどうなる?」


 リュッサは瞬きを一つだけして、静かに言葉を紡ぐ。


「まず間違いなく命を落とし、死者として冥府の掟に従って、罪の清算を始めることになるでしょう」


 その言葉を聞いた田中が、黒木の袖をつまむようにして口を開いた。


「く、黒木さん……! その試練、やってみませんか? もしかしたら……明るい道が見えるかもしれないですよ!」


 どこか頼りない励ましだったが、黒木は軽く頷く。


「……まぁ、それも一興か」


 ため息を吐きながら、黒木はリュッサへ視線を向け直す。


「で? もし受けるとしたら、俺たちは何をすればいい?」


 リュッサは静かに両手を組んだ。


「お二人の試練の内容は、先ほど魂の状態を拝見した際にすでに決定しております。それぞれ別の試練になりますので、詳細は説明できません。……ただし、命に別状はないとだけ申しておきます」


「命に別状はない」という一言に、田中が勢いよく食いついた。


「黒木さん! だったらもう、やってもらいましょうよ! 死なないなら、受けたほうが絶対安全ですよ! 俺、いきます! やります!」


 黒木は煙草に火をつけた後、田中の勢いを半眼で受け止める。煙を細く吐き出してから、ぽつりと言う。


「……なら、先にやってみろ」


 田中は勢いよく一歩踏み出し、覚悟を示すように声を張った。


「リュッサさん! お願いします、試練を受けさせてください!」


 その真っ直ぐな目を受け止めながら、リュッサは淡々と頷く。


「では、これからあなたの精神に干渉します。達成できるか否か、またどれほどの時間を要するかは田中さん次第ですが……試練を受けていない我々からすると、一瞬の出来事に過ぎません。──今すぐ開始なさいますか?」


 田中は、思わず黒木の方へ視線を送る。黒木は煙草をくわえたまま、無言で軽く顎をしゃくった。その仕草に意を決し、田中は落ち着いた声色を装いながらも、急くように身を乗り出して言う。掴みかけた好機を逃さぬために。


「お、お願いします……!」

「承知しました」


 リュッサは静かに両掌を田中へ向け、額の第三眼が再びゆっくりと開く。その水晶のような瞳が鈍い光を灯した瞬間、田中の目は “焦点” を失い、まるで視界の奥にある灯火がふき消されたかのように、瞳が揺らぎ沈んでいく。


 田中の意識は深層へと引きずり込まれ、精神はそのまま試練へと誘われていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ