表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/157

第一話

 草の匂い。頬に風が伝う感触。土を踏む音。青々とした空はどこまでも広がり、耳には鳥の声が聞こえてくる。

 大円寺だいえんじ光琉ひかるは、剣を片手に世界を踏みしめる。


 銀色の短髪に、控えめな胸。布の服の上に皮の軽鎧を身に着けている。赤色の瞳は、好奇心旺盛な色を宿していた。

 特筆すべきは、彼女から生えた角と尻尾。特に尻尾は悪魔を彷彿とさせる形をしている。


 この少女が驚くような視線を向けるのも無理はない。この光景すべてが存在しないはずの仮想空間なのだ。

 右手を見つめ、閉じたり開いたりする。電子で構築されたとは思えないほど、精密な感覚を光琉に与えてくる。尻尾なんかは触ってみれば、本当に神経が通ってるかのように、背筋がこそばゆい。


 ここは、最近開発された仮想空間型の大規模オンラインゲームの世界。世界観設定は、中世の西洋くらいの文明度といったところだろうか。


 夢のゲームに入れたことで、長いため息をついた。そして、目を瞑って自分の肉体と別れを告げた。

 なぜなら、このゲームに入り込んだものは全員姿をくらましてしまったからだ。現実世界では、一ヶ月前に十万人ほどが消えたことで騒ぎになっている。

 消えたものは、誰一人として帰っていなかった。


 そんなゲームに光琉は何故遅れて参加したか。それは家の伝で事件を調査するという名目で入らせてもらったからだ。しかし、彼女は事件を楽しむ気などさらさらない。


 乗り遅れたこのゲームの隅々まで遊び倒す。それが目的だ。どうせ現実世界に戻ったところで、二十代後半男の引きこもりゲーマー。ちょっとした界隈では有名だが、それでも虚しい生活に変わりない。


「よっ! はっ!」


 パンチやキックなどして体を動かす。ちょっとした身長差の違和感はあったが、それ以外は何ともない。いずれ慣れていくだろう。


「……しっかし」


 光琉──プレイヤー名ヒカルは、黒い尻尾を揺らしながら唇を尖らせる。


「これは完全に姉さんの趣味だな」


 種族は悪魔族。見た目は幼い女の子。現実で光琉が声をかけようものなら、即逮捕案件だ。

 基本的にゲームキャラクターは男を使うのがデフォルトである彼女にとって、違和感しかない。困ったことがあったなら、見た目が可愛い方が助かるとは姉の話である。


 胸を触り、股間への違和感を意識しないように努めた。いずれ慣れるだろうと、息をつく。


 一通りの持ち物や使える技などを確認してみる。レベルは1で、初期に割り振れるポイントとは5となっていた。適当に俊敏性に振る。


 一通り準備ができたら、マップを確認して現在地を見る。大体こういったゲームは始まりの街か何かでスタートするものだが、見たところここら一帯は何もない。

 変だなと眉根を寄せていると、少し遠くに村らしきモノが確認できた。


 とりあえずそこを目指すかと伸びをしたところ、大きな雷が鳴る。電流が空から駆け、地面に突き刺さる。あれほど青かった空は、黒い雲に覆われていた。


「……は?」


 唐突の変化に、顔が引きつった。眼前には『CAUTION』と書かれたウィンドウが出る。


『第五の柱、空の主があなたに攻撃を仕掛けます』


 その警告文の意味するところがわからないまま、固まる。まばたきしている間に、地面が震えるような咆哮が響く。


 雲が割れた。差し込む光を背に、巨大な金色の龍が現れる。獰猛な赤い目は、明らかにヒカルのことを狙っている。


『レベル80 エンシェントドラゴン』


 その文字を見た瞬間、ヒカルの瞳は揺れた。


「いやいや……いやいやいや」


 不安げに揺れる尻尾は、現実から目をそらすヒカルの心を代弁しているかのようだ。しかし、すぐに落ちた落雷音で、ピンと立つ。


 冗談じゃないと、後退る。靴の裏から地面と擦れる音がなった。


 耳を劈くような咆哮だ。エンシェントドラゴンの口元に、電気の玉のようなものが集まっていく。ヤバいと振り返り、走り出す。


 俊敏性に振っているとはいえ、まだレベル1。当然のように、脚は早くない。

 溜まる電気玉は一秒ごとに大きくなり、あれが破裂すればどうなるか想像すらしたくない。


 世界の音が止んだ。遅れて攻撃が放たれたのだと気がつく。体は宙を舞う。

 視界の端に見えた体力バーが、みるみるうちに減っていく。ゼロを切ったところで、視界が真っ暗になる。


 入った早々ゲームオーバーかよと、手を伸ばした。指の先からポリゴンが崩れ、体が朽ちていく。


 ヒカルが最後に見たものは、暗闇に浮かぶ一つのウィンドウだった。


『クエスト:魔王に選ばれし者』


 その言葉の意味は、ヒカルには分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ