第1話 亡命王女四姉妹は午後三時にお茶をする
その午後三時のお茶が、
王国で過ごす最後の穏やかな時間になるとは――
そのときのわたしたちは、まだ知りませんでした。
母がわたしたち四人を呼び集めたのは、あまりに静かな午後でした。
ちょうど三時、
わたしたちは、美味しいケーキを味わい、ミルクティーをいただいていたところです。
ミルクティーをカップに半分残したまま、わたしたちは母の私室へ向かいました。
「――この国、フィシエーラは、もはや安全ではありません」
感情を押し殺した母の声は、
波のない海のように静かでした。
国王――父が、隣国コルドミリティ帝国との戦に向かった先で、
急死した、という知らせ。
それを伝えてきた重臣は、
父の不在中、内政を任されていた人物。
けれど母の側近が集めた情報によれば、
その重臣はどうやら、帝国と内通しているらしいのです。
「あなたたちは、わたくしの母国――アグラールへ亡命なさい」
言い切った母の肩に、白い影が羽音もなく舞い降りました。
「コフク……?」
コフクと言う名の、アグラール王家の魔獣、月白梟。小さく白い梟。
アグラールの使者として、時々両国を行き来するため、わたしたちも幼い頃から親しんでいます。
「先ほど使者として来ました。返事を飛ばします」
母はコフクを空へ放ちました。
「侍女たちが、あなたたちに化けます。
時間は稼ぎますから、速やかに出なさい」
涙を流す暇は、ありませんでした。
◇
地下倉庫で、わたしたちは仮面付きの冒険者装備に身を包みます。
「王家の古くから伝わる武器です。それぞれの分があります」
母から、武器を手渡されました。武器には魔力を強化する、宝珠が埋め込まれています。
長女エリシアには、魔法杖。
澄んだ青い瞳と長く淡い青金髪を持つ、美しく聡明な魔法使い。わたしたちの柱です。
次女リオネッタには、剣。
濃い青色の髪を結い上げ、日に焼けた肌と引き締まった体を持つ、凛々しく豪胆な戦士。戦場では誰より頼もしい。
四女ミリエルには、回復用のステッキ。
肩上までの柔らかな水色の髪と幼さの残る顔立ちの、優しい癒やし手。回復魔法と薬草に詳しい勉強家です。
そして、わたくし――セレフィナには、弓型のリラハープ。
ふわっとした茶色の癖毛に蜂蜜色の瞳。
支援魔法もまだまだで、剣も魔法も姉たちほど得意ではありませんが、
お茶とお菓子への思いは、誰にも負けない自信があります。
「セレフィナ、それ以上は無理だ」
次女リオネッタが呆れた声を出しました。
「ですが……お茶葉と、焼き型と、砂糖と……」
「まだ増えるのか!?」
「必要なのですわ」
わたくしは真剣でした。
どんな逃亡の旅でも、お茶の時間は心を守るもの。
それを手放す気は、まったくありません。
(姉たちのような魔法も武力もない、
これが、わたくしの役割――)
「この旅では、毎日お茶をいたします」
そう宣言すると、長女エリシアが微笑みました。
「ええ。心に余裕は必要。良い判断ですわ。」
◇
王城近くの森に入って、できるだけ速やかに離れるため、
その日は夜通し進み続け、日が昇り、
食事の時間には手荷物のパンをかじりながら、
歩き続けて、
午後三時。
わたしたちは仮面を外し、静かに腰を下ろしました。
わたくしは、慎重に包みを解きます。
「……母上のケーキですわ」
現れたのは、しっとりと焼かれた濃い色のケーキ。
干した果実とナッツがぎっしりと詰まり、ほのかに洋酒の香りが立ちのぼります。
「お母さまが……?」
ミリエルが小さく声を上げました。
「ええ。旅立つ前に、持たせてくださったものです」
――王妃が、得意としていたお菓子。
果実の甘さと、ナッツの香ばしさ、そして大人びた洋酒の余韻。
わたしたちの国、フィシエーラは、海沿いの、平和な国。
青い髪と瞳を持つ者が多く、水の魔力に恵まれた人々の、
海産物豊かな国。
――対して、母の出身国、その隣の内陸にある、農業大国アグラール。
茶色の髪と瞳と、土の魔力を持つ人々。
作物を育て、農産物豊かな、同じく平和を愛する国です。
母が食を大切にし、
お茶やお菓子を欠かさなかったのは、きっと、その文化の土壌があるから。
そして、わたしたち四姉妹もまた――
海と大地、その両方の血を引いています。
「……懐かしい味ですわね」
エリシアが静かに言いました。
「父上も、これが好きでした」
リオネッタは目を伏せ、一口を噛みしめます。
わたしたちは、少しずつ切り分けて、最後まで大切に味わいました。
それは――
王家の食卓の記憶であり、母の心そのもの。
わたしたちは声を抑えて、泣きました。
たとえ亡命の身でも、午後三時のお茶は、確かに心を支えてくれました。
わたくしはカップを手に、そっと誓います。
――この旅でも、必ず甘い時間を。
王女四姉妹の冒険は、こうして始まったのです。
※火、土曜日に短期連載予定です。




