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夢桜  作者: 空亜
第1章
17/22

16.景子の場合



「あーあ。」


一言で言えば、寂しい。


景子は病院の窓から外を眺めてため息をついた。


辛かった痛みは鎮痛剤のおかげでほとんどなく、今は快適に過ごしている。



ベッドの枕元には御見舞いの品々や励ましの色紙、千羽鶴などがある。


しかし側に居てくれる人はいないのだ。

親しい友人だって、それぞれ生活があるのでそう頻繁に訪れてきたりはしない。

こうしてこのまま1人で寂しく死ぬのだろうか。

見舞いに来てくれる人がいるだけで恵まれているのだろう。しかし、今まで(せわ)しなかった人生の中で1番寂しい時間を今は過ごしている気がする。


「あーあ。…結婚、したかったな。」


景子は本日何回目になるかわからないため息をついた。





病室の窓から、小学生か中学生くらいの少年が病院に入ってきたのがみえる。いつも通り、無愛想そうな顔をしている。


決まって昼食を食べ終えたくらいの時間にやってくるので眺めるのが日課になってしまった。毎日来ている訳ではない。週に3回くらい。

歩き方や服装、そしてその醸し出す近寄りがたいオーラ。誰もが不良少年だと思うだろう。

だが景子は彼が根は真面目な事を知っている。


そういった外面と内面のギャップがまた景子が少年に興味を惹かれる理由の1つだった。


初めて彼を見たのはいつだったか。

その日は雨が降っていて、フードで影になってる目が キラリと光るのが印象的だったのを覚えている。





コンコンと病室のドアを叩く音がしたので、どうぞと声をかけると先ほど窓から見ていた少年が顔をだした。


「こんにちは」

「…ちは」

不機嫌そうに挨拶を返して、少し遠慮気味に部屋に入って来た。

「こっちに座りなよ」


ベッドの横の椅子を指差していうと、遠慮気味に近づき、どかっと座る。

近づくのは遠慮気味なのに座るのは豪快。それが性格をそのまま表してるようで、景子は思わずくすりと笑ってしまう。


「…なに」


笑ったことに気付かれた。鋭い目で睨んできている。

きっと、歳の近い相手なら怯えてしまうのではないかと思うほどの眼力だ。

しかし景子は一回り以上も歳上の大人であり、そしてこの目つきの悪い少年が良い子だというのを知っている。


「ふふっ。なんでも。貸した本は読んだ?」

「読んだ。返す。」

「読むの早いね。感想聞かせて?」

「……そんなの、ありかよって思った。最後。」

「納得いかなかった?」

「いや、俺が気付かなかっただけで、ありなのかって」

「ふふっ!そっか!」


感想を聞いて、自身が気付かなかった抜け道について受け入れる事が出来る柔軟性を持っているのだなと景子は思い、嬉しかった。

また彼のことを1つ知った。


よく病院に足を運ぶこの少年と初めて話したのは、2ヶ月ほど前だ。


少年と初めて話した日、景子は病院内の売店近くで急に体調が悪くなった。その時に偶然居合わせた彼は医者が駆けつけるまで側に居てくれた。

医者に引き渡されてからはいつのまにか居なくなっていたが、この時には既に景子は彼が病院によく訪れていることを知っていた。その後は景子からお礼がてら話しかけるようになったのだ。最初こそ懐かない猫のようだったが、見かけるたびに声をかけ続けた為か、少年からも気づいたら挨拶してくれるようになった。


少年は見た目に似合わず、本が好きらしい。特に推理小説がお好みのようだ。

病室にずっと1人でいると気が滅入ってしまうので、景子はよくロビーで本を読んでいた。その時たまたま読んでいた本が推理小説で、少年が本に興味を示した事から本の貸し借りが始まったのだ。景子は本当は推理小説はあまり読まないのだが、少年に貸すために調達しては読むようになった。


それ以降、少年は病院へ来たら必ず景子の病室へ寄ってくれるようになった。




少年が帰った後、ナースコールボタンを押す。

実はもう限界だった。鎮痛剤が切れたのだろうか?日に日に鎮痛剤が切れやすくなっているような気がする。

…もうすぐ、なのだろうか。


少年には何度か情けない姿を見せてしまっているので、大人のプライドとしてもうあまりそんな姿は見せたくない。

手紙を書きのこして、そして、もう病室に来ないでって言おう。

書き出しはどうしよう。いつも来てくれてありがとう?あぁ、そういえば、名前知らないや。







(うな)されて目が覚めた。

あぁ、なんだかすごく身体が重い。さっきも看護師さんに来てもらったばかりなような気がするけれど、どれくらい寝ていたのだろうか。身体が重くてとても息苦しいだけで、不思議と痛いとかはなかった。


誰かが側にいる気配がした。看護師さんだろうか、担当の先生だろうか。呼ばなくても済んだことにホッとした。


「あのさ」


私は今どんな状態ですか、今日は何日ですかと言おうとして、その予想外の声に何もいえなくなった。声変わりが完全に終わってないような、男性にしては少し高めの男の子の声。

視線だけを向ければ鋭い目が金色に光っていた。


「な、んで」

やっと出た声は掠れていた。


「…俺らの作った世界で、生きてくんない?」


…?


「なあ。俺、まだアンタと話し足りない。だからさ、この世界棄てて、俺らの世界に来なよ」


嬉しい。話し足りないと、思ってくれていたなんて。あぁでも、私が長くないって、やっぱりわかってたんだ。


でも、なにを言っているんだろう。どう言う意味だろう。

私はもう生きられないのに。

…そっちにいったら、生きられるの?

キミの名前を聞いて、そして、キミの名前を呼べるのかな?


あぁ、苦しい。だめだ、頭が動かない。視界にモヤがかかってきた気がする。


「キミの…名前、おし…え…て…?つれ、ていっ…て」

「……ん。」


モヤがもっと濃くなって来る。


コンコンコン!

激しいノックと、ガチャガチャと扉を開けようとする音がする。


誰かが私の名前を叫んでいる。多分今度こそ看護師さんだろう。


モヤがさらに濃くなり、頭は働かない。視界に殆どもう何も映らない。だけど少年が騒がしい外の音を気にしたそぶりがないのだけはなんとなく気配でわかった。


「頼む」


少年の声が誰かにそう短く言ったのを、最期に聞いた。



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