一夜市①
一夜市駅の駅舎を出ると、目の前のロータリーにはお城を模したモニュメントがあった。
「さすがに田舎ね。大きな建物が一つもないわ」
真理さんが言い放ったように、駅前だというのに近くには3階建ての建物があるだけだ。遠くにちょっと高いビルが見えるけれど、それだけだ。でも、僕の実家がある村よりは、ずいぶん都会だ。って言うか、僕の村が、とてつもなく田舎過ぎるんだけど。
この半分田舎のこの地で、およそ9年前に何があったんだろう? 本当にこの地に異世界に通じる場所があるのだろうか?
僕たちは先ず、麻衣さんが住んでいた家の近くまで行ってみることにした。麻衣さんの家の住所は真理さんが調べてくれている。駅から近いようなので、三人で並んで歩き出す。 僕たちが歩いていると、すれ違うほとんどの人が僕たちの方をしげしげと見てくる。何でだろうと思っていたが、その理由が分かった。
僕や田畑君は、もう真理さんの正装、つまりゴスロリには慣れっこになってしまっていたが、一夜市みたいな田舎では珍しいのだろう。おまけに真理さんは類い希なる美少女なのだから、二度見するのも仕方ないのかもしれない。ただ一夜市の若者はシャイなのか、声をかけてくる人は誰もいなかった。ある意味、助かった。ドSモードに変貌する真理さんを見なくてすんだからだ。
30分くらい歩いて、僕たちは目的の場所に着いた。そこは何の変哲もない住宅地で、一戸建ての家が並んでいる。当然、夏のこの時期なので霧とかが発生するはずもない。
僕たち三人は、その住宅街をぶらぶらと歩いた。
ここの付近にパラレルワールドへの入り口があるのだろうか。しかし、何の変哲もない普通の町だ。
「このままこの道を真っ直ぐ行くと、麻衣さんが通っていた中学校に行けるけど、行ってみる? 」
真理さんが提案したので、「うん、いいよ」と返事したのが間違いだった。
麻衣さんが通っていた一夜市第二中学校というのは、小高い丘の上にあり、そこにたどり着くためには、結構な坂道を登らなければいけなかった。
目的地に着いた時には、へとへとになっていた。田舎に住んでいた時には、バスとかに乗る機会が少なかった(そもそもバスの運行本数が無いに等しかった)から、よく歩いていたけれど、都会に出てからは歩く距離が少なくなり、体力が落ちたのかもしれない。
このままでは、飛べないブタさんになってしまうかもしれない。鍛え直さなければ!
田畑君と目があった。田畑君も、僕と同じことを思っていたのか、そうだと言わんばかりに大きく肯いた。
そんな僕と田畑君と違って、真理さんは涼しげな顔で、眼下に広がる一夜市の風景を見ていた。あの細い身体のどこにパワーがあるのだろうか? 僕はある意味尊敬のまなざしで真理さんを見た。
「あれが狗魔川ね。以外と駅から近いじゃない」
真理さんが言ったので見てみると、先ほど列車から降り立った一夜市駅から程近い所に大きな川があった。
「あの川が霧を発生させるのね。もし、霧に一夜市の町が覆われて、この場所からそれを見たなら、自分がいつもと違う世界にいるような気になるでしょうね」
真理さんが狗魔川を指さしながら言う。
「一夜市の霧って、頻繁に発生するの? 」
「冬の晴れた日の朝は、よく霧が出るらしいわ。冬場でなくても、気温なんかの条件が揃った時には発生することもあるらしいわ。でも、それは極めてまれなことらしいけど」
「美和さんの家の郵便受けに、あの日記が入っていた日もだね」
僕が訊くと、真理さんが肯きながら、「そうかもしれないし、違うかもしれない」と答えた。
僕の頭の上に、?マークが現れた。
「美和さんが日記を見つけた日は、霧がすごかったんだよね? 」
僕は重ねて訊いた。
「本人に尋ねてみないと分からないけど、本人の思い違いということもありえるからね」
真理さんの答えに、僕の頭の上の?マークが二つに増え、腕を組んで仲良くラインダンスを踊り始めた。