ep95 自覚した気持ち
それからまた時は経過し、清隆は中学2年生になった。部活動の体験入部で新一年生が体育館に来る。清隆はバトミントン部に所属していた。この中の何人が直属の後輩になるのかと清隆は楽しみにした。そして体験入部期間も終わり、本入部に残った1年生はそんなに数がいなかった。
御影島の特性上、県大会にも全国大会にも出場はできない。運動部は趣味の範囲でやっている生徒がほとんどだ。
そんな新入部員の1人に清隆は見覚えがある気がした。しかし、狭い島内だしどこかですれ違っただけだと思った。
そしてその後輩、師崎圭哉は清隆と同様に数少ない部活に真剣に取り組む人間だった。清隆はすぐに可愛い後輩だと、明らかに他の後輩よりも可愛がっていた。贔屓だと言われても仕方ないと自覚があるぐらいには。
その日もいつも通りに休日の部活動に励んでいた。そして部活終わりもう少し遊んでいくかと何人か残った部員同士で試合形式でバトミントンをする。残った部員は圭哉以外は清隆の同級生でバトミントンが好きで熱心に取り組んでいる者達だった。清隆は試合の様子を見ながら、順番待ちをしていた。するといきなりバーンと体育館の扉が開いた。
そして見覚えのある帽子を被った子供が入ってきた。
「おい、こら、バカ哉!!」
「げっ、蒼」
入ってきた子供に呼ばれ、圭哉は明らかに嫌そうな顔をする。
清隆はその呼び方を聞いて、圭哉はあの時、カラスと喧嘩をしているのを見かけた時に後から来た少年だったのかと気付いた。自然と口角が緩む。他の部員達はいきなり乱入した部外者に驚いている。
「ななさん経由で何故か俺がお前に勉強教えろとかわけわかんない流れになったんだけど、どういうことだよ! なんで英語の自分の名前をローマ字で書くだけの問題を間違えてんだよ! 目か手が悪いんじゃないのか!?」
「ーーっ、バッ、先輩達の前で何言いやがんだ!」
「バカがバカだと思われるだけだろ!」
軽快に口喧嘩を始める2人。圭哉の聞き捨てならない事実も聞こえた為、咳払いをして清隆は2人の間に入った。
「状況が読めないんだけど、圭哉ローマ字で名前すら書けないの?」
「雪村先輩! 違うんです」
「そうそう、ここにコピーが」
「なんでそんなんあんだよ!」
必死に言い訳しようとする圭哉にとどめを刺すように蒼が清隆にポケットから出した紙を渡す。思わず受け取って中身を確認する。あまりの酷さに清隆は言葉を失った。
「部活も大事だけど、学生の本分は勉強だよ?」
「いや、わかってんですよ」
目を逸らしながら答える圭哉は反省はしている様子はある。今はこれ以上突くのはやめてあげようと清隆が考えていると、夏生が近づいてきた。
「なんだ、圭哉の弟?」
「バカ哉の弟とか屈辱! 俺は、椎名蒼。圭哉とは幼馴染」
「あ、入口先輩、蒼これでも俺の1歳下で女っす」
「はっ? 1つ下? 女?」
圭哉の言葉に夏生が驚いたように声を上げる。清隆も驚いた。どう見ても少年にした見えないし、小学生低学年だ。
困惑している夏生に蒼はムッとした様子で答える。
「別に性別とかどうでもいいだろ!」
胸を張って答える蒼を清隆は眩しく感じた。
そしてその日以降、休日の部活中に蒼が体育館に入り浸るようになった。最初は警戒していたが、圭哉が信頼している様子を確認すると徐々に気を許してきた。懐かない猫が懐いてきたようで清隆は嬉しくなった。そしていつものメンバーにも懐き、部活のない日に一緒に遊びに行ったりもするようになった。
清隆はコロコロ変わる蒼の表情や行動を見るのが好きになり、定位置のように蒼が良く見える位置を無意識に陣取ることが多くなる。
そんなある日、商店街を歩いていると後ろから蒼の叫び声が聞こえた。焦っているような、涙ぐんでいるような声だ。普段の自信満々で天真爛漫な声ではない。まるでか弱くも聞こえる声が気になり、清隆は後ろを向く。そこには蒼がいつも被っている帽子を咥えた犬と、その後ろを黒く綺麗な長い髪を振り乱しながら追いかけている少女がいた。綺麗な子だなと見惚れる。
そして蒼を探す為に周りを見回そうとした時に、その少女が口を開く。
「返せよ!」
その声は蒼のものだ。清隆はその事に驚いた。なんで自分は蒼をしばらく男だと思っていたのだろうか? それぐらい美しかった。その為、蒼が涙ぐんでいる事に気づくのが遅れた。
泣いている? よくよく観察するといつもと違う気がした。しかし、それが何かわからない。しかし、何故か今の蒼には話しかけてはいけない気がした。だから、清隆はただ見てることしかできなかった。今まで身近に感じていた蒼が遠く感じて嫌だと思った。
後日、清隆は圭哉に世間話のようにこの事を話した。すると圭哉はなんとも言えない表情をして、誰にも言わないで欲しいと蒼の過去とトラウマを話してくれた。
あの小さな体でそんな悲劇を体験していた事に清隆は雷に撃たれたような感覚になった。
そしてそれでも気丈に振る舞い生きているからこそ蒼は輝かしいんだと思うと同時に自分の気持ちを自覚した。
初めて会った時からどこか忘れられなかった少女。きっと一目惚れをしていたんだ。だから、会うたびに目を離せない。
しかし、彼女の悲劇を知ってしまった。だからこそこの気持ちは隠し通さないといけない。少しでも蒼が楽しそうに笑って生きていけるように、困らせないように、この関係を決して終わらせないように。
きっと蒼は誰かの物には絶対にならない。それなら清隆も自分の気持ちを一生隠し通せるだろうと誓った。
♢♢♢♢
清隆は1年ほど前の自分の誓いを思い出して笑う。果たして自分は今もこの誓いを守れているのだろうかと不安になることがある。蒼と仲良くなるようになってから圭哉と同等かそれ以上の依存先と思われる"ゆい"という名をよく聞くようになった。
自分の鏡合わせで3年先をいってるんだと笑っていたのが懐かしい。時折、信頼されている会ったこともない"ゆい"に嫉妬を覚えることがある。圭哉との絆は嫌というほど見ているからもはや何も感じない。
しかし、会ったことのない自分の1つ上という情報の"ゆい"には名前を聞いて醜い嫉妬を覚えることがある。
果たして自分はこの気持ちを宝箱の中に閉じ込め続けることが出来るのだろうか? 学校で優しい王子様と同級生や後輩から言われるたびにこんなに腹の中にドロドロした感情を飼っているのに何を言っているんだと思ってしまう。
面と向かって、悪魔や腹黒と言ってくれる蒼の前だと自分も何も考えずに自然体でいられた。
まるで自分が蒼に溺れて、依存しているようだ。
日は傾き、月灯りが道を照らす。太陽のような少女が隠れてしまったように感じ寂しさを覚える。
自分は末期だと清隆は自嘲する。
決してこの気持ちは消えないだろうし、消すこともできない。でもせめて蒼にもこの薄汚い考えがバレないように厳重に鍵をかける。
蒼が自分に笑いかけてくれる。それだけで清隆が幸せな事実は変わることはないのだから。
今日も最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
次回は、明日20時に更新予定です。
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