レコードショップと思い出の曲
「うそ、これもうかなり昔に廃盤になった曲だよ!?」
「ハハハ、音楽オタク語りが止まない様子でオレモウレシイヨ」
2人は寂れたレコードショップを訪れていた。
店主はすでにおらず、一台のオルゴール駆動式のオートマタがカウンターで静かに座っている。
ブリキのボディにバケツを被ったような簡素な顔。胸には彼の心臓となるオルゴールがはめられている。
普通、オートマタの核になるオルゴールは保護布で防音されている。
しかし今はその布も破れてオルゴールがむき出しになって、かすかに優しいメロディが漏れている。
オートマタはしばらくメンテされておらずガタつきが見られ、ときどき動きが止まる様子も見られる。
ただ、その接客からいまはもういない店主が大事にしていたことはうかがえた。
『気に入ってくださいましたか? ヴィンテージものもご用意できます』
「ぜひ! ほんと初めて曲も多くて本当に目移りしちゃいます!」
『それは結構。最近、遠く西の都で起こったロックというジャンルもおすすめですよ。まさに雷に打たれたような衝撃を体験できます』
「ぜひぜひ!」
「ほんとうに音楽のことになると目の色が変わるな」
「むぅ、いいでしょ。コナタも好きな曲探しておいでよ。そこのレコードプレイヤーで試聴できるらしいよ」
「へいへい」
テンションがあがり、頬が紅潮するハマナスの熱から逃げるようにコナタはショップの別のコーナーへと飛び立つ。
ハマナスはあれもいいな、これもいいなとレコードを見ては上機嫌な様子を浮かべる。
『そのご様子を見ると、オーナーのことを思い出します』
「す、すみません。勝手にはしゃいでしまって。オーナーさんも音楽が大好きな方だったんですね」
『ええ、それはもう大変なマニアでした。古今東西の音楽を聞いたり、仕入れたり』
今は亡き店主を思い出しているのだろう。
錆びた首がぎこぎこと音を鳴らして、オートマタが店内に目を移す。
『このショップにいる時間は少なく、私がほとんど切り盛りしておりました』
「それは、大変でしたね」
『ええ。しかし、実に有意義な時間でした。なので、お好きな曲をお教えいただければ、お探しすることもできます』
「あはは、セールスがお上手ですね。でも、うーん…。私ほんと雑食でいろんな曲がどれも好きなんですよね。好きな曲かぁ」
悩ましい質問に、うーんうーんとフクロウのように首をかしげるハマナス。
『私に残された、時間は少ないですが、どうぞ、お好きに心ゆくまでお聞きいただき、お楽しみください』
「ありがとうございます! でも、いざ買うとなったらどれにするか悩んじゃって」
『とんでもございません。お客様さえよろしければ差し上げます。もう、この街にはお代をもらって喜ぶ人も精霊もいないのです』
「いやいやいやそんな! お金と音楽契約はしっかりしておけと両親からの教えですのでっ」
『それは、とても、素晴らしい親御さんですね』
「はい、自慢の両親でした。小さい頃に亡くなって、もう顔もおぼろげなんですけれど、大好きでした」
ハマナスは「あ!」と驚きの声をあげて、一枚のレコードを手に取る。
「これ大好きな曲なんです! 東の詩人が残した曲ですよね。弦楽器と雄大なテノールボイスの歌唱が魅力的で!』
ハマナスが試聴台のレコードプレイヤーにかけると、軽やかな弦楽器と雄大なテノールボイスが店内に響く。
まるでそれは大きな山の麓、静かな草原に立って空を見上げているような清々しさが感じられる。
羊の鳴き声、羊飼いの指笛の音、草原に吹く風の音。それらの光景が今、目の前に広がっているような気持ちよさがある。
堪能しているハマナスを見たオートマタは、わずかに肩を揺らして笑いをこぼした。
『とても楽しそうに聴かれて、私もうれしい限りです』
「えへへ、ごめんなさい。音楽のことになると夢中になっちゃって」
『いえいえ。それにしても、よくご存じでいらっしゃいますね』
ハマナスは、懐かしそうに優しくレコードのパッケージを撫でる。
今は過ぎ去ってしまった小さな頃の思い出が呼び起こされる。
「小さい頃に両親がよく聞かせてくれたんです。母は旅の思い出話を、父からはその土地にまつわる楽器の話をしてくれて」
家のリビングで両親と一緒に聞いたお気に入りの曲。家の匂いまでもが香ってくるようだった。
オートマタはハマナスの様子をみると、錆び付いた体も気にせずに立ち上がる。
『では、よろしければその周辺の曲でいくつか見繕いましょう。きっと気に入りますよ』
「あ、でも、その持ち合わせが少なくて……」
ごみょごみょと言葉を濁すハマナスに対し、オートマタの店員は大げさに一礼する。
『当店は大特価閉店セール中です。どうぞ、お好きな曲をお選びください。久しぶりのお客様へ、私とオーナーのささやかなお礼となります』
オートマタの店員は言葉を残してカウンターを去り、店内を巡っていくつかのレコードを持ってきてくれる。
そのどれもがハマナスにとって新鮮で、心が躍るような曲の数々だった。
「おーい、戻ったぞ。いやぁ大収穫だぜ。ここのオーナーは最高だ! そういやハマナス路銀足りるか?」
足には十数枚のレコード盤を大切に挟んで重そうに飛ぶコナタの姿が見える。
そんな様子にハマナスはくすくすと笑いをもらす。
「店員さん、ありがとうございます! お代はいくらですか?」
ハマナスが店員へ視線を戻すと、すでに眠りにつくようにイスへ静かに腰掛けていた。
「店員さん?」
返事はない。ただもの言わぬオートマタがそこに座っている。
胸の錆び付いたオルゴールは止まり、もう二度と動かないだろうとハマナスは察した。
今のいままで話していた人が、遠くへと行ってしまう感覚がよみがえる。
もっと話したいことも、聞きたいことも、たくさんあったはずなのに、哀しみが胸を埋め尽くす。
ハマナスは哀しみをぐっとこらえて、代わりにおすすめされたレコードを大切に抱え込む。
「素敵なレコードをありがとうございます」と、笑顔を返した。
オートマタに死後の安息があるかはわからないが、ハマナスはしばらく彼と彼のオーナーのために祈りを捧げる。
そうして、いくらかの路銀をカウンターへおいてコナタと一緒に店を去った。
「とてもいい店だったな」
「うん。忘れられないお店になったね」
「そうだ、こういうのはどうだ? いつか俺たちの曲をあの店に並べるのさ。華やかな新人楽士のデビューシングルってな!」
「ちょっと恥ずかしいけど……でも、いいね。きっとそうなるように、私もいっぱい演奏の練習するよ」
レコードを大切にバッグにしまい込み、ハマナスとコナタは旅を先へと進める。
失われたものは多いけれど、多くのものをもらいながら、1人と1匹は今日も旅を行く。




