小川とおやつの話
昼下がり。壊れかけの石橋を横目に小川のそばで1人の少女が荷物を広げている。
少女の肌をふわりと撫でる風は、草花の匂いをまとって鼻をくすぐる。
小川からはちろちろと透き通った水がとめどなく流れていく。魚が泳ぎ、魚の姿を 真似る水に近しい精霊たちも、楽しげに身を水流にくゆらせる。
誰にも手入れされず放置された石橋は、月日が経ち、途切れている。
旅の楽士である少女ハマナスは、そんな様子を見ながら昼下がりのお茶の準備を進めていく。
「コナタどこまで行ったんだろ」
頼み事をした相棒の行方を心配しながら、ハマナスは小川からいっぱいの水をポットに汲み、コップ、平皿をセッティングしていく。
焚き火の木々をなれた手つきで積み上げていき、マッチで着火剤の松ぼっくりに火をつける。
こんなもんかなと独りごちたとき、空から一羽のフクロウが舞い降りてきた。
「ハマナス、とってきたぞ」
フクロウの姿をした精霊コナタは得意げに一仕事したと大きなため息をつく。
首から提げた布きれを平皿の上に広げると、中には大小いろいろな形の、色とりどりのきのみが入っている。
「ありがと。お茶菓子がないとやっぱりさみしいよね」
「オレの分も忘れてくれるなよ」
「もちろん」
通り過ぎてきた昔を思い返しながら、ハマナスはカバンから一つの装置を取り出してくみ上げていく。
そうすると一台のバイオリン型の楽器ができあがった。
「さて、と。お客様、どんな曲がお好みですか?」
「そうさな。口当たりのよいビスケットみたいな、軽快な曲を1つ頼むよ」
「かしこまりました。それじゃ、こんなのはどう?」
ハマナスがバイオリンを弾く。小川や草原の草花の音に混ざって軽快な音が風と混ざって流れてゆく。
演奏をするハマナスの瞳は、まだ幼い日の光景を見つめていた。
もう今は亡き家族との思い出。遠い日の楽しかった記憶を音に乗せて演奏する。
コナタがじっくり聞いて演奏を味わっていると、あたりの精霊たちも興味を惹かれて集まってくる。
演奏が終わり、現実に戻ってきたハマナスは周りの精霊たちにようやく気づく。
精霊たちはお礼とばかりに小さな楽士へ歓声とヒレの拍手を送る。
ハマナスは目を丸くして身を縮めて枝のように細くなりつつも、一礼を返した。
コナタは腹一杯だと言い、草原に身を横にする。
「なかなかいい味だったぜ。少しほろ苦く、少ししょっぱいところもあったが、いいアクセントだった」
「コナタたち精霊って音を食べて生きているんだよね」
「そうだ。音と共に生まれ、音と共に生きる。それが精霊だな」
「味ってわからないんじゃないの?」
「チッチッチッ。甘い甘い。ロマンス曲やアリアより甘いぜ。味ってのは舌だけで感じるものじゃないのさ、音楽と同じだよ」
「ふーん、そういうもの?」
ポットから湯がちょうど沸く。
ハマナスは熱いポットに注意しながら、コップに湯を注ぐ。
「それじゃ私もいただきます」
木の実を少し口に入れて、少しずつゆっくりとお茶を飲んだ。
「ふふふ、おいひい」
ほのかな甘い匂いと味わいが口に広がり、ぼりぼりとした食感が楽しい。
「ハマナス、周りに耳を傾けてみな」
暖かいお茶が体を温めていく。コナタの言葉に、周りを改めて見渡す。
壊れた石橋は過ぎ去った時を感じさせる。
木陰から吹き抜ける風の音、小川のせせらぎ、やわらかな日差し。
そうしたまわりの全てをハマナスは今全身で味わう。
「ん。ちょっとわかったかも。確かにおいしいね」
「この瞬間しか味わえない、極上のおやつだな」
旅の幕間の小休憩。
とりとめのない時間を、1人の楽士と一匹の精霊は忘れないでおこう。
挿絵




