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プロローグ:この世界と私たちの今まで 前編

 とある町の広場に音楽が響いている。

 観衆の中心には一人の少女とふくろうの精霊がいた。

 少女がフルートを奏でる横で、ふくろうの姿をした精霊が譜面を少女が見やすいように掲げている。

 演奏を終えて少女が深々と一礼をすると、観衆は割れんばかりの拍手を彼女に送った。

「相変わらず素晴らしい演奏だ。彼女、なんといったかな」

「ハマナスちゃんだよ。あっちのふくろうはコナタだっけ?」

「そうだそうだ。いやぁ見事な演奏だ。さすが楽士学校の生徒さんだな」

 町の人々が口々にハマナスの演奏を褒め称える中、コナタは箱を片手に路上演奏の代金を集めてまわる。

 一方で制服の少女ハマナスは気恥ずかしそうに体を小さく縮め、顔を赤らめていた。

「いえ、そんな、まだまだ勉強中なので」

「おいおいせっかくの褒め言葉だ。もらっとけよ」

 相棒のコナタはハマナスに「もっと楽士なら堂々としとけ」と言葉を投げる。

 ハマナス自身は人見知りが激しい様子で、さらに小さくなってしまう。

 そんな様子に町の人も微笑むが、そこで1人、「そういえば」と疑問の声を上げる。

「そういえばあなた楽士学校の生徒さんよね? 学校はどうしたの?」

「あっ、エト、ソノ…」

 急な指摘に対し、ハマナスは途端に言葉を詰まらせてしまう。

 どう答えたらいいか迷っていると、コナタがハマナスの頭に飛んできた。

「課外授業なんだよ。学年が上になると校外でこうして演奏してくる課題があるのさ」

「あらそうだったの! がんばってちょうだいね!」

「ふぅ・・・・・・。ありがとうコナタ」

 一安心したといった様子で頭上の相棒にお礼を言うハマナス。

 コナタはフン、と鼻を鳴らしてにやりと皮肉めいて笑いかける。

「いいってことよ。まさか寄宿学校を抜け出してきましたなんていって、学校に連れ戻されるなんてのはイヤだろ?」

「うん。まだ何もお母さんお父さんのことも、自分のことも何も思い出せてないから」

「そういうこった。さぁ今日の日銭も稼いだし宿に戻ろうぜ」

「そうだね。もうおなかぺこぺこだよ~」

「オレも腹へったぜ。今日はどんな音楽を頼もうかなァ」

「ねぇ、コナタ。私の演奏つまみぐいしてなかった? もうおなかへったの?」

「さぁなんのことだか」



「「女将さんお昼ご飯おねがいします!」」

「はいよ!」

 宿屋に着くや否や、二人は宿屋の女将さんに昼食を頼んだ。

 一人でこの宿屋を切り盛りする女将さんは、料理の腕前も評判だ。

 女将さんは二つ返事で厨房に立ち、キッチンに備え付けられたオルゴールのつまみをひねる。

 楽しげなアップテンポの音色が音管を伝って、それぞれ厨房の道具へ音を運ぶ。

 かまどに住むサラマンダーの精霊はあくびと一緒に火を灯す。

 小さな蛇の姿をした水の精霊ウンディーネは蛇口から鍋に水を入れる。

 道具に備え付けられ、そこに住む精霊たちは音楽に合わせて力を貸してくれる。

 オルゴールの音色の合間に、女将さんが鍋や包丁を振るう音が入り、厨房は小さなオーケストラのようだった。

 音楽にハマナスが耳を傾けていると、数分もしない間に料理がやってきた。

 今日も焼きたてのパンとくず野菜のスープ、取れたて卵のスクランブルエッグにソーセージ。

 そして取れたて野草を入れたサラダを前に、ハマナスは喉を鳴らす。

 小さな町だけに、メニューの品数自体はすくない。

 しかしハマナスがこの町に来て3日経つが、1週間でも1ヶ月でも飽きないだろうおいしさだった。

 パンとサラダをくちいっぱいに頬張ると、ハマナスは満面の笑みを浮かべる。

「うーん! サクサクふわふわとしておいしい~!」

「どれ、オレも一口もらおうかな」

 ハマナスのパンをかじる音から、音符が落ちてくる。

 それをコナタは器用にくちばしで拾い上げ、丸呑みしてしまった。

 精霊は音を食べる。

 音が集まり、生まれる存在。それが精霊だ。

 彼らが望めば、周りの音や音楽は音符として出てくる。

 彼らは普通の生命とは違い、そうして生まれた音符をーーつまり、音を食べて生きている。

 コナタは精霊でも特に食いしん坊で美食家だった。

 机に備え付けられたレコードから聞こえるBGMを、大口を開けて食べていく。

「確かにこのパンの音は絶品だな。のどごしがいい。もちろん女将さんのかけるレコードの音楽センスも最高だぜ」

「相変わらず口の達者な精霊さんだね!ほめても食後にクッキーしか出せないよ!」

「クッキー! ありがとうございます!」

 口いっぱいに昼ご飯をほおばっていくコナタとハマナスの様子に、宿屋の人たちも大声で笑った。

 昼食を食べ終わり、クッキーに手をつけた頃、女将さんがレコードのおかわりとお茶を持ってきてくれる。

 レコードには見覚えのある作曲家の名前が見える。

「女将さん、フランツ・リスターがお好きなんですか?」

「もちろんさ! この町の人らはあの人にはだいぶ世話したり、されたりしたからねぇ」

 女将さんと町の人たちは、昔を思い出し、懐かしそうに、楽しそうに、または苦笑いを浮かべている。

 それはどういう意味だろう。ハマナスが疑問を口に出そうとするが、女将さんが口を開く方が早かった。

「そういえば、あんたらなにか探しものは見つかったのかい?」

 落ち着いていたハマナスはふと表情を曇らせる。

「ここに来て3日はたつけれど、全然手がかりがなくて・・・」

「たしか両親が昔ここに来たそうじゃないか。その話は確かなんだよね?」

 女将さんの言葉に、ハマナスとコナタはうーんとうなり声を上げる。

「そのはず、です。写真もあるし、それとお父さんがこの町で作った曲もあるので・・・」

 ハマナスは宿屋の人にも、お客さんにも聞いてみたが特に反応はないようだった。

 ハマナスの父親は旅の楽士である母親と一緒に、作曲家兼楽器発明家として有名だった。

 しかしその足跡はまったく見えてこない。

 ハマナスが町から離れようか悩んでいると、1人の娘が宿屋へ入ってきた。

 10代半ばのハマナスより、少し年上の女性だ。

 質素な町装束だが、顔立ちや振る舞いから品を感じる。

「よかった。ここにいた。もし、楽士さん。なにかを探しているのだとか?」

「はい。えと、父がここで曲作りをしていたって聞いて」

「それで、アンタは?」

 コナタの問いに、女性は簡素に一礼をする。

「私はブランディーヌ・リスターと申します。普段は隣町で暮らしております」

「リスターっていうと、まさか作曲家さんの娘さんですか!?」

「え。ええ、そうです」

 突然、テンションのあがった様子のハマナスにブランディーヌは目を丸くする。

「私、リスターさんの大ファンなんです! お父様は今どこに!?」

「おーい、こら、ハマナス。すみませんねお嬢さん。こいつ音楽マニアで」

 曲のことになると途端に早口になるハマナスに、コナタは翼で小突いて注意する。

「すみません。好きな曲のことになるとつい」

 しゅんとした様子のハマナスに、ブランディーヌはくすくすと笑いを漏らす。

「いいえ。亡くなって数年になりますが、そのように言葉を下さるのはうれしい限りです」

 宿屋の女将さんや、町の人も「そうそう」と相づちを入れる。

「あの人は顔も広かったし、なにか知ってたはずだよ。そりゃもう腕も頭もいい楽士だったからね」

「人柄は気難しいやつだったがな!」

 町の人たちの言葉に、ブランディーヌは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ええ、気難しい人だったけれど、音楽の腕前は確かでした。街外れのアトリエならなにかあるかもしれません」

 しかしすぐに少し表情を固くして「1つ、注意事項と頼み事があるんです」とつぶやいた。

 ハマナスとコナタは顔を見合わせて頷いた。

「ぜひ聞かせてください」

 アトリエは楽士でなければ立ち寄れない状況にあり、放置されているという。

 その中に、手つかずの彼の遺作がまだ眠っているらしい。

「もちろん、無理にとはいいません。ただ死ぬ直前までなにか曲を作っていたのが気がかりなんです」

「いいぜ。任せときな。こうみえてオレもハマナスも、凄腕だからな」

 コナタの言葉にハマナスはぎょっとするが、ブランディーヌの哀しげな表情をみて「自分にできることなら」と流れのままに引き受けた。

 ブランディーヌはアトリエまでの地図を書き、ハマナスたちに深々と一礼した。


 もらった地図を頼りに、ハマナスたちは街外れにあるフランツのアトリエへ向かう。

 行ってみるとアトリエとは名ばかりで長い間、手入れする人がおらず、荒れ果てている廃墟だった。

 話の通り、家主はすでに亡くなってかなり経つらしい。

 さらに不思議なことに、普通ならばどこの大気にも感じる精霊の気配がここにはなかった。

 不気味な雰囲気を感じつつ、ハマナスはコナタを抱きかかえながらアトリエへ入った。

 アトリエの中は音楽用の道具や楽譜が散乱している。

 足の踏み場もないほどにモノであふれかえっている様子だ。

 サックス、フルート、バイオリンといった楽器をはじめ、見慣れない楽器も見られた。

「こうゴミゴミしていると探すのも手間だな」

 コナタがやれやれとため息をつく一方で、ハマナスはうっすら、不思議な音と光景を感じる。

「なにか見えるか?」

 コナタの疑問に、ハマナスは小さく頷く。

「ただ気配が薄いの。ちょっと集中してみるね」

「ならオレも手伝ってやるか」

 コナタが翼をはためかせると、周囲から音が消え失せた。

 精霊はそれぞれが不思議な力を宿している。

 火を噴いたり、水を生み出したり、風を吹かせたり、その力は様々だ。

 さらにコナタは他に類を見ない、無音を司っていた。

 周囲からありとあらゆる雑音が消えてゆく。

 ハマナスはより深く集中するために瞳を閉じる。

 この家に残った音を1つ1つ拾い上げ、そしてーー意識を家に染みついた記憶へ潜る。

 瞳を開けると、目の前に水でできた鏡のようなものが浮かぶ。

 先ほどまでいた家とは様子が変わっている。

 ハマナス自身の数少ない取り柄であり、悩みの種だ。

 音が光景に、光景が音に変化して感じ取る。

 音と光景が重なり合い、そうして1つの道が見えてくる。

 アトリエの主らしき男性、フランツがアトリエの奥へ向かう姿が見えた。

 奥へ向かうと廊下の、なにもないところへと姿が吸い込まれていく。

「フランツさん、この奥にいってるけど何もないよね?」

「ふぅん、ちょっと待ってな」

 ハマナスがどうしたものかと悩んでいると、コナタが飛び立って違う角度や音の反響から様子を探る。

 すると、奥に1つの部屋があることを突き止めた。

 コナタからもらった情報から、さらにハマナスの見る記憶が変化する。

 奥へと吸い込まれていくフランツは、壁にあるスイッチを押して部屋へ入っていく。

 ハマナスとコナタは息をのみながらスイッチを押す。すると、隠し部屋に通じる扉が開いた。

 中へ入っていくと、ノイズーー人やモノに害を及ぼす瘴気が満ちていた。

 瘴気は部屋の中心から出ている。

 そこには、所々が虫食いになった楽譜と古びたバイオリンが、ただ静かに置かれていた。


挿絵(By みてみん)

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