料理と好きなこと
とある町の料理店でハマナスとコナタはランチをとっていた。
「んー!おいしい……!」
「見てるだけで腹いっぱいになりそうだぞ。」
美味しそうなパスタが描かれた看板が目を引く、少し古さを感じるレストラン。
店内へ入ると、テーブルや柱、ソファの所々は色が剥げたり、薄くなっていて、常連客らしき人もちらほら見える。
テーブル席に入り、メニューからカルボナーラを注文した。ハマナスの大好物の1つだ。
コナタは人のご飯は食べられないかわりに、厨房からする音を味わっているようだった。
「ん〜、ハマナス。ここの店、結構いけるぜ。期待してな」
そんなことを言われると、期待する一方でお腹はいっそう減ってしまう。
待っている間も店内を見渡すと、いろんなお客さんとの写真や楽譜が飾られている。
店内にはゆるやかなテンポのクラシックが流れ、厨房からのリズミカルな調理の音がパーカッションとなって合わさっている。
しばらくしてやってきたカルボナーラは、とろっとしたクリームやチーズの香り、ハマナスの知らないスパイスも振りかけられており、見た目もとてもかわいい。
「それじゃ、いただきまーす!」
ハマナスはカルボナーラを口いっぱいに頬張って食べていく。口に入れた途端にチーズの風味が広がり、絡まったパスタの食感と合わさって、食べる手が止まらなくなった。
一口、また一口。またたく間に皿に盛られたカルボナーラが消えていく。
その様子を不思議そうに眺めているコナタに、ハマナスは残念そうに食べる手を止めた。
「コナタも音だけじゃなくて食べられたらいいのにね」
「じゃあ代わりといっちゃぁなんだが、ぜひその味を教えてくれるか?」
普段、いろいろな人の感情や思いに触れて感受性が育っているハマナスだ。さぞかし素晴らしいコメントをしてくれるだろう。
と、期待の眼差しを送るコナタに対し、ハマナスは自信満々にコホンと咳払いをする。
「えっと……ベーコンがカリカリで、チーズとクリームがパスタによく絡んで……それから……」
「……それから?」
「とても……美味しいです」
「なるほど、説明書を読んだのかってくらい良く伝わったよ。お礼に味レポレビュー星1をつけてやるぜ」
と、コナタは肩(といっても翼の付け根部分だが)をやれやれといった具合に竦めた。
ちょっとムッと来たハマナス。しかし、どんな言葉もこのおいしいパスタの前には表現できないのだ。
それに、この料理だけじゃない、とハマナスは店内に目と耳を凝らす。
長年にわたってこのレストランに染みついた音や思いが、この場所が愛されてきたことを語ってくれる。
コック長らしき人と、そのオーナーの人。どちらも顔立ちが似ているので親子かな?
えくぼの浮かぶ笑顔が、印象的な二人が、多くのお客さんを前にいくつも厨房の音を奏でながら、料理を作っている。
それは長年愛されてきた曲が、思い出と木霊するように、いろんな人の舌と記憶に残ってきたのだろう。
しかし、なぜだか徐々にハマナスが『見える音』は数を減らしてゆくようだった。
ハマナスの考えは顔に出ていたのか、コナタも頷く。
「なぁんか古い店だよな。こんなにうまい店なのに、寂れてるっていうのかな」
「ちょ、ちょっとコナタ。失礼だよ。そう、こういうのはレトロっていって素敵なものなんだよ」
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「ふぅっ、ごちそうさまっ」
カルボナーラのあとに頼んだデザートのアイスも絶品だった。
美味しかったぁ……と、舌に残るバニラの香りの余韻に浸る。
くつろいでいるハマナスをみて、厨房から一人のコックがやってきた。
「お口にあったようでなによりです。久々のお客様ですし、コックとしては感無量です」
「厨房からする音も絶品だったぜ。相当いい腕してるな、あんた」
コナタの言葉に笑顔を浮かべるコック。
しかし、その笑顔はどこか寂しそうにも見える。
「あの、お客様?」
「あ、すいません、えっと……あ、お会計ですね!」
と、財布からその金額を取り出しながらちょっと気になって、
「えっと……アイス、美味しかったです。あとパスタも! ぜひまた来ます!」
ハマナスの率直な感想に、コック長は眩しそうに笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。そう言ってくださるのは嬉しいのですが、あいにくもう店を畳む予定でして……」
「えっ? でも」
なぜ、と言うのは踏み込み過ぎかなと、グッと堪えた。
ハマナスの様子に、今度は苦笑を浮かべるコック。
ハの字に曲がった眉が、優しそうで、苦労も多いんだろうなと見える。
その証拠に、おそらくまだそんなに年齢は重ねていないはずなのに、髪は黒より白色の割合が多い。
「なのでこうして、新しい方にこのお店の事を知って貰えて、料理人冥利に尽きます」
コックは少し迷った様子を見せたあと、思い切って口を開く。
「楽士と精霊の方と見込んで、1つ頼みたいことがありまして。お時間があればまた明日、この時間に来ていただけませんか? ぜひ召し上がってほしい料理があるのです。お代は結構ですので」
「私でよければ、お手伝いしますけど…」
「いいね、タダメシか。ただコックさんよ。こいつの食レポはお子様レベルだぜ? いいのかい?」
「あぁ、いえ。そんな繊細な感想を求める料理ではないのでご安心ください。では、また明日。よろしくお願いしますね」
この人の顔は相変わらず優しい笑顔だけど……寂しさと悲しさの音が聞こえてくる。
そんな不安が混じった感情を抱きながら、ハマナスとコナタは明日改めてレストランを訪れることになった。
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「おいおい、またカルボナーラかい?」
昨日とは少し曲調の違うクラシックが流れる店内で、コックとハマナスはカルボナーラの皿を前にしている。
コナタのツッコミをよそに、ハマナスはカルボナーラを食べる。おいしいクリームの味が口の中に広がる。繊細な味の違いは音楽オタクな自分にはわからない、と思っていたハマナスだったが、昨日と少し違って思えた。
昨日はまったりとしたクリームの味わいを強く感じたが、今日は軽い口当たりだ。味付けを変えたのかな?
そんなハマナスの思い込みとは裏腹に、コックは「実はそれ、昨日と味付けは何も変えていないんです」といたずらがばれた子どものように笑う。
「え、ほんとに? う、うーんそう言われたら確かに…?」
「ほらな。曲のことならいざ知らず。味の基本評価がうまいとまずいの2つだけのこいつに頼むのは厳しいぜコックさんよ」
「いえいえとんでもないことです。実は頼みたいこと、というのがその音楽についてなのです」
首をかしげるハマナスとコナタを前に、コックは事情を語る。
「このカルボナーラは創業当時からの人気メニューでして。ただ、どうしても創業当時のオーナーシェフの味が再現できないのです」
「再現、ですか? これでも十分おいしいですけど……」
「ありがとうございます。ただ、当時の味はそれこそ遠い地方からもお客様が来るほどでして。レシピもなく、ならばとオーナーシェフに直接話を聞くことができればいいのですが、病にふせっています。どんなに作り方やレシピを変えても同じ味にならず」
コックは店内を見渡す。繁盛していたであろうころがその目に映っているのだろう。
「私なりに腕を磨いてきた品なので、それなりのものはできたと自負しています。ただ、なにかが足りない。……そこで1つ、思い出したのが音楽でした」
「音楽? 飯と関係あんのかね?」
コナタの問いにハマナスが「聞いたことがあるよ」と補足する。
「楽しい音楽だとおいしくなったりするし、悲しい音楽の中だとなんだか味がしなくなったりするみたい。確か授業で聞いた覚えがあるよ」
「コナタだって音楽によって味が違うっていつも話してるでしょ?」と語るハマナスに、コナタはなるほどなぁと妙に納得した顔で翼を組んで頷く。
「そこで創業当時、流れていた音楽を思い出そうとしたのですが、どうしても思い出せないのです。そこでどうかその曲探しを手伝っていただきたい」
かわりの名物になるような新作を考えるも、肝心のメニューを作れないようでは常連客も遠のくばかり。
「ハマナスさん、それにコナタさん。どうか曲探しを手伝っていただけませんか? もちろんお礼は別でお渡しします。どうかよろしくお願いします」
コックの真摯な願いに、頼み事を断れないハマナスと食いしん坊のコナタは首を縦に振るしかなかった。
「オーナーシェフとこのお店のことについて聞いてもいいですか?」
曰く、このレストランはオーナーシェフの父と見習いの自分、数名の店員でやってきた。
オーナーシェフは若い頃は各国を渡り歩き、様々なレシピを覚えては吸収していく。
もちろん簡単にはいかない。旅には危険なことも多かったらしい。
ただ自分の料理の腕1つで、いろんな土地のお客さんに喜んでもらえるのは嬉しかった。そう、オーナーシェフは語っていたという。
いくつかの土地を旅し、腕と金銭を蓄えたあと開業したこのレストランはそれはそれは繁盛したとのこと。
「他に必要なものがあれば言ってください」
「ありがとうございます。あとは、ひとまずこのまま探してみます」
ハマナスは店内を見渡し、潜響で探る。
入れ替わり、立ち代わり。
いろんな人が笑顔で料理を食べている。
店の内装が変わっても、変わらずそこには笑顔があった。
その一方で、コックさんは真剣な眼差しで料理に向き合っていた。
それでいて、オーナーシェフの辿ってきた旅の写真をよく見ている様子だった。
どこか遠くの土地に思いを馳せている、そんな表情だ。
ハマナスは店の奥から1つ、変わらずずっと聞こえてくる曲があると気づく。
創業当時の写真だ。
「あの、ハマナスさん? 大丈夫でしょうか? どこか気分でも悪くされましたか?」
潜響から戻ってくると、眉をハの字にしたコックが心配そうにしている。
「あぁ、心配いらないぜ。こいつのちょっとした特技みたいなもんさ。集中するとこうなるのさ」
「は、はぁ。であればいいのですが…」
「あの、写真をみてもいいですか?」
ハマナスは潜響の情景と音を頼りに、店の奥にひっそりと置かれた1つの写真を手に取る。
すると写真立ての後ろにレコードが隠されていた。
「たぶん、これかも、です」
「そんなところに!? いったいなぜ……」
困惑したコックはレコードを受け取ると、プレイヤーにかける。
チリチリ、とした雑音がしたあと、軽快なクラシックが流れ始める。
少しアップテンポな、軽快な曲調だった。
ハマナスの記憶が確かであれば、昔流行った曲の復刻版だったはず。
「あれ、この曲……」
「おお、ついに見つかったか。いやぁうまく隠せてたと思ったんだがな」
年老いたオーナーが店の二階から降りてくる。
杖をつき、顔色こそ悪いが、背筋はしゃんとしており、目もするどい人だ。
「出歩いて大丈夫なのか?」
心配そうなコックとは裏腹に、手を振って笑うオーナーシェフ。
「そう邪険にするな。ただおいしそうな匂いと音楽につられてな。一口もらってもいいか?」
オーナーシェフはコックのカルボナーラから、手慣れた手つきで一巻きし、口へ運ぶ。
じっくり噛みしめる。
思い出を味わっているんだろう。
過ぎ去った遠い日々が、料理の形で思い返される。
「懐かしい。お前も腕をあげたな」
「いや、まだまだだよ。父さんには全然及ばない」
「そりゃ簡単に追いつかれたら俺も立つ瀬がないぜ。だが、そう卑下するもんじゃない」
どれもう一口、とカルボナーラを食べる老人。
コックはレコードプレイヤーのほうへ視線をそらす。
「なんであんな子どものいたずらみたいな。あの曲とこの味さえあれば、この店は変わらず繁盛してきたはずだろ」
「変わるさ。店も、時代も、俺もな」
オーナーシェフの言葉に、コックは視線を戻す。
そこにはただのオーナーシェフではなく、病にふせて、年老いた父の姿があった。
「ここに縛られる必要はない。店をたたむのも続けるのも自由だ。この店はもうお前のもんだ。自由にするといい」
お嬢さん、とオーナーシェフはまっすぐにハマナスに微笑みかけた。
「お嬢さん、ありがとう。ぜひごゆっくり」
ハマナスはコックさんに笑顔が似てるな、と感じた。
オーナーシェフだった老人は、ハマナスに一礼する。
どこか背筋の伸びた様子の老人は、そのまま散歩へ行くと話して店の外へ出ていった。
「ハマナスさん。ありがとうございました」
コックは深々とハマナスにお礼をした。
その声は、なにか吹っ切れたようでもあり、ためていたものが決壊したようでもあった。
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ハマナスがコックからいくつかのお礼をもらったあとの話。
しばらくしてレストランは一時休業となった。
コックが修行の旅に出るのだと。
街に戻ってきたコックは、レストランを再開すると、あの頃の変わらない味と変わった味。いずれも絶品の料理を提供し、さらに名を上げたという。




