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新たな同盟





私達がホールに入ると、招待客が頭を垂れて待っていた。

 シンシアが最初に声を掛けたのは、今回の主役である技術者の青年だ。続いて中立派の力を持つ伯爵や騎士団長になったイグルスにも挨拶をする。


そうして彼は微笑みを浮かべながら声を掛けていき、 ある男の前でその感情を全て捨てさった。

 

 黄金色の髪に黄金色の瞳。今現実世界で、手を繋いでいる男の未来の姿。

子供らしかった大きな丸い瞳は細く鋭く変わり、背はすらりと高く筋肉質。そしてその美しさとは掛け離れた、悪魔のような残虐さをもつ青年─────。

 

 

「サミュエル・ロッテンマイヤー」


「はい、殿下」


「それは何だ?」


「婚約者のメアリです。殿下のお目にかかりたく連れてまいりました」


 

サミュエルは恭しい声色で応える。それが余計に芝居がかっていて、不敬さが際立った。

そして人間の少女の正体がロッテンマイヤー公爵の婚約者だと知り、招待客は皆ざわめく。

大勢の吸血鬼たちからの冷たい視線を浴びて、メアリと呼ばれた少女は居心地が悪そうにうつむいた。

 

 

「此処はロッテンマイヤーの夜会ではないぞ。人間の出る幕はない」

 

「将来のロッテンマイヤー公爵夫人を、殿下に紹介しようとしたまででございます」


「人間を見つけ次第、即王宮へ通報すること。帝国の安寧の為だ。10の子供でも知っているそれを公爵が知らないとは思えないが」


「失礼ながら、時代遅れかと。人間とは共生するべきです。……今に、わかるでしょう。我々と殿下のどちらが正しいか」



人間は私たちの世界を知ってはならない。

人間が故意でカルロ帝国に侵入すれば処刑、事故ならば記憶を剥奪した上追放。それがこの国の掟だ。

 

何故ならば、人と関わりを持っていた建国前、数え切れない同胞の命が失われたから。

 

そうして我々の祖先は人間の数を減らし、人里離れた場所に吸血鬼だけの国を作った。

 例え食糧の一つを失ったとしても、私達は人間と決別することを選んだのだ。


 

常識を完全に無視したサミュエルの行動、そして大勢にとって初めて見る人間という存在。

それに圧倒されて静まり返った招待客たち。


「無粋な邪魔が入ったが、今日は良き日だ。舞踏会を始めるとしよう」


シンシアがオーケストラを一瞥すると、冷えた空気を払拭するように明るいワルツが鳴り響いた。

 

彼の手を取り踊り出すと、戸惑いながらも周りもそれに習う。

シンシアの次はお兄様。その次は今回の主役である技術者と踊る。

その頃には、ざわめきはすっかり払拭されていた。

 

そして暫く後、ダンスを休み社交に移ると私はあっという間に反ロッテンマイヤー派の令嬢に取り囲まれた。



「信じられません。あのような者がこの場にいる事を許されるなんて」


「そもそもロッテンマイヤー公爵は人間に恋をするなど、狂ってしまわれたのかしら」



皆、口々にメアリを糾弾する。

私を取り囲む歳若い令嬢たちも、少し離れたところでワインを嗜む翁たちも。

サミュエルはどこかへいってしまったようで、話題を独り占めしている人間の少女は一人壁際で佇んでいる。

黄金色のドレスは正にロッテンマイヤー好み。

桃色の頬は愛らしく、零れそうな大きな瞳はきらきらと輝く。

華やかな美女ではないが、小動物のような愛らしさがある。



ふいに――――彼女と目が合った。

 

とてとてと走りよる彼女に動揺していると、あっという間に彼女は私の目の前で微笑んでいた。


 

 「リーゼロッテ……様、ですよね?初めまして、メアリと申します」



ふわりと舞ったスカートをちょこんと掴んで、カーテシーをするメアリは可憐だった。

カーテシー自体は全くもって及第点には及ばない。けれどその微笑みが、彼女の仕草一つひとつが、実に庇護欲をくすぐった。

 

とはいえこの短時間で彼女はいくつものマナー違反を犯している。

目下の者から目上の者に声をかけてはならない───ましてや王太子妃に対して、初対面で名前で呼ぶなど言語道断だ。

貴族のご令嬢達は初めて見るタイプの生き物におののき、ヒソヒソと扇の下で陰口を繰り広げた。

 しかしメアリは何処吹く風で、ニコニコと微笑んでいる。その無神経さが逆に恐ろしかった。


 

「……貴方はどうしてこの国にいるの?知っているでしょう。私達は何者で、貴方達とは違う存在だと」


 

人間の少女がどうやって吸血鬼の貴族社会に入り込んだのか。

人を喰うロッテンマイヤーに庇護される人間。

その答えを聞き逃すまいと、周囲も静寂につつまれる。

 

遠い場所から聞こえる話し声と、オーケストラの演奏。

世界に私たちだけ取り残されたみたいな、妙な緊張。

そしてその雰囲気を払拭するように、花がほころぶようにメアリは微笑む。

 

「神がそう思し召しになったからです」


 

想像とは全く違う答えに私は息を飲んだ。

想像していたのは、愛だとか富みたいな俗的な返答だったのに。

 

「私はかの国で聖女と呼ばれていました。あっ、聖女というのは我が国で信仰されているユイギア様という神様の言葉を聞いて、それを教会の皆さんに伝える仕事です!

 そして神が、牙を持つものを愛せと思し召しでした。でもサミュと出会ったのは偶然で……。これで伝わりますか?」


 

ユイギア────初めて聞く名前の神の名前。

歌うように言葉を紡ぐ彼女は、美しく神々しかった。

それでも。


 

「……この帝国に貴方は故意に足を踏み入れた。それならば、償いは大きくつくでしょう」


理由がどうであれ、この国の掟通りならばこの少女は処刑対象だ。

冷めた感情でメアリを見つめると、彼女は震えながら座り込んだ。きっと死を理解したのだろう。


震える少女に手を貸すことができない。

王太子妃というのは、王族というのは、そういう役回りなのだ。



「メアリ!」


 

 大きな声で彼女を呼んで走りよった公爵の姿は、まるで騎士のようだった。

 サミュエルは力なく座り込んだメアリの肩を優しく支え立たせてあげると、彼女に向けていた視線とは真逆の鋭い眼差しを私に向ける。


 

「はっ……多勢に無勢とは、王太子妃は大層高貴でいらっしゃるようだな」


「大丈夫だよ、サミュ。リーゼロッテ様を怒らないで、ね?」


「お前を害されて、黙っていられるはずないだろう。何をされた」


「もう……サミュはほんとに心配性だよね。本当に平気。ね、元気そうでしょ」


「お前は辛い時も笑うだろう」

 


今まで、サミュエルが人間の少女を恋人にしたという事実を私はちゃんと受け入れられてなかった。

サミュエル・ロッテンマイヤー。人間を食べ、人間の命を誰よりも軽んじる冷酷で残忍な一族の長。

メアリといるのは何か計画の一つなのではないかと、そう思っていた。

けれど目の前の二人は、誰がどう見ても愛し合っている恋人で。

 いくつかの会話(ラリー)の後で、メアリは私を見て微笑んだ。

 

「リーゼロッテ様。どうか、次会う時には貴女のお友達になれますように」


まるで天から使いのように、彼女は清らかだった。






 

「……もういい。もうやめてくれ」


まだ幼さの残る、アルトの声。

()()のサミュエルの静止の声に目を開ける。

 


「ええと……大丈夫?」



 思わず心配してしまったのは、サミュエルが今まで見た事も無いほどに取り乱しているからだ。

 汗をかき、顔面は蒼白。先程まで繋いでいた手をじっと見つめる。


 

「これは、私なのか……?こんな愚かな……でもこれ程までに美しい金は私以外有り得ない……」


「サミュエルに間違いないわ」


「吐きそうだ。こいつは何をしている……頭が狂ったのか?」


「意外と常識的な反応で安心した。最初から頭がとち狂ってる訳じゃないのね」


「本当に無礼な女だな、お前は……」



頭を抱え俯く姿は、先程の愚かで不遜な姿とは結びつかない。

ぐるぐると思い悩む姿は正直、意外だった。

なんならこの記憶を見ても開き直られると思っていたぐらいだから。


 

「私が人間の女に恋すると思うか?」


「……信じ難いけれど、貴方は恋してた」


 

そしてその恋の代償は、本当に大きくついた。

カルロ帝国の滅亡。シンシアと私の死。その後があるのなら、吸血鬼と人間でまた戦争が始まるのだろう。

 

でも戦争は起きていない。始まる前にお兄様が寿命を大きく削って、2回目を始まらせたから。


サミュエルは眉間を指で抑え、少し考え事をしていた。

 

無言の時間はほんの数十秒ぐらい。

 

それでも私にはとてつもない時間に感じた。

 

心臓の音が大きく響く。

 

サミュエルは大きく溜息をつき、金色に輝く瞳が私をとらえた。

 


「私は国に忠誠心などありやしない。ロッテンマイヤー一族の繁栄しか興味は無い。…………が、私は私の名誉を回復したい」


「奇遇ね。私も貴方達からこの国を守って……今度こそ長生きがしたい」

 

「……この呪いを解いて、ロッテンマイヤーの屋敷に戻り───この未来を回避する。その為にはお前の記憶が必要になる」



 

私は手を伸ばす。

サミュエルはじっと私の手を見つめ、少し躊躇ってから彼は手を取った。

もう彼の手は、恐ろしくなかった。

 

 



─────


 

「にしてもその力、便利ね」


「便利だと?」


「だってこの国が滅びるだなんて非現実的な話、直接過程を見てもらわない限り伝わらないでしょ」


「まあ普通は信じないな」


「こんな簡単に話が通じるなんて……」

 


正直前回の記憶を覚えているお兄様以外でこんなに話が通じる人はサミュエル以外いないと思う。

アルトゥルだって、私の話を信じているのではなくお兄様の言う事だから信じているだけ。


バレてしまったのはハプニングだったけれど、結果としては上々だ。

今後もきっと、この力に助けられるはず。

……こうなったら、詳しく聞いておいた方がいいよね。

 

「ねえ、ちなみにその特性って手じゃなきゃ視れないの?緊急時だと、他の部位も可能だと使い勝手がなお良いと思うんだけど」


 例えば後ろ手に縛られた時、足が触れるだけで良いのなら犯人の前でもコミュニケーションを取る事が出来る。使い方次第ではかなり非常時に有利よね。


真剣に考えていると、ふっと鼻で笑う音が聞こえた。

馬鹿にされているのかと思ってサミュエルを見ると、サミュエルは顔を下げて震えている。……笑ってる?

 


「は、はは……」


「え、あ、どうかしたの?」


「ふっ……はは!あははは!」


「怖……」


 

突然笑い出すから、こちらとしても恐怖を感じる。

そんな気も知らず、サミュエルはご機嫌だ。笑いすぎて涙が出るくらいに。


そうしてひとしきり笑ったあと、サミュエルは帰っていった。

 


「じゃあな、リーゼロッテ」


「……おやすみなさい」


 

 なんだか、少し希望が見えてきた気がする。

 

 まだまだ問題は山積みだけど、前回と比べるとサミュエルを味方につけただなんて、信じられないくらい前進だ。

 昔のことを思い出したからだろうか、シンシアの事が頭に浮かんだ。

 彼は今、一人で戦っているのだろう。



「私は長生きしたいの。……だから、貴方を選べない」



 きっとこれは今ならまだ引き返せると微笑んだ彼の手を取らなかった選択の生。

 仄暗い後ろめたさを誤魔化すように布団を頭から被った。

 

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