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エピローグ

                    *



「で、どうだ? 三途の川で(おぼ)れた気分は」


 ライダースーツにゴーグル型眼鏡の帆花が、腕組みをしつつ冗談めかし、背もたれを起こしてベッドに座る蜂須賀へ言う。


 ベッドの脇には、抗生剤と痛み止めの点滴がスタンドでぶら下がっている。


「ははは……、あんまり気持ちの良いものじゃなかったね」


 かっこつけた事を言ったり思ったりしていたのを思い出し、蜂須賀は自分のジャケットに負けない位に赤面しつつ、苦笑いしてそう返した。


 蜂須賀に武器と一張羅を届けた際、わずかに利き腕の動きがおかしいのに気がついた帆花が、念のために知り合いの医師を近くに呼んでいた。


 そのおかげもあって、応急処置と輸血が間に合い、蜂須賀は胃をほんの僅か失っただけで済んだ。


「締まらないわねえ、2人して」

「いやー、全くね」


 隣のベッドで寝ている美雪は、傍らで眠っている雪緒の頭を()でながら、そんな蜂須賀へ少し肩をすくめながら苦笑して言う。


 全身打撲と手と足の骨折で全治4ヶ月と診断され、美雪は左手腕と右足を()っていた。


 ちなみに、美雪の乗った車を運転していた男は、捕らえられる際に暴れた彼女に逃がされていて、少し前に見舞いに来ていた。


「しかしまあ、荷物のフリをして雪緒を隠すのは良いアイデアね」

「雪緒ちゃんを(まも)りながら、なんて、私にもその子にもリスクしかないからさ」


 そっちの方が格好はつくけどね、と、いつも通りにおどけて言い、美雪は雪緒を起こさないようにクスクス笑った。


「……」


 幸せに満ちた様子ではしゃぐ2人を見て、少し表情を緩ませながら、1つ息を吐いた帆花は、


「じゃあそろそろ帰るぜ」


 と、蜂須賀へ告げ、ジャケットを羽織りつつそそくさと立ち去ろうとする。


「ちょっと待って貰えないか、帆花ちゃん」


 その少しだけ寂しそうな背中に、蜂須賀は美雪との会話を中断してそう呼び止める。


「……んだよ」


 またふざけた事を言うんだろう、と思いながら蜂須賀の方を振り返ると、彼女はちゃらんぽらんさのかけらもない表情をしていて、帆花は少しトギマギしながらそう訊く。


「色々助けてくれてありがとう。君のおかげで大切な人を守り切れたよ」

「私からも言わせて。娘を理恵と一緒に護ってくれてありがとう」


 彼女の目をしっかりと見据えてそう深く感謝した蜂須賀は、傷に障らない様に頭をだけを下げ、美雪もそれに習った。


「私は大した事してねえよ。それはおめーらのガッツがあったからだろ」


 変な恩を感じるんじゃねえ、と帆花はムスッとした顔をして早口で言い、2人からぷいと身体ごと背けてさっさと出ていった。


 帆花本人は隠しているつもりだが、耳まで赤くしていて、それが照れ隠しなのは明白だった。


 引き戸のドアが完全に閉ってから、蜂須賀と美雪が顔を見合わせて、互いに小さく噴き出す様に笑う。


「どう? なかなか可愛い子でしょ、彼女」

「ええ、そうね。思春期の娘、って感じかしら」


 まるで親のような言い方をする蜂須賀へそう返し、美雪がクスクスと笑ったところで、雪緒が目を覚ました。


「……蜂須賀さん?」

「そう」


 寝ぼけ眼で訊ねてきた彼女へ、蜂須賀は幽霊(ゆうれい)じゃないよ、と足を少し持ち上げると、


「良かった……! 良かったです……!」


 雪緒は目に涙を浮かべながら、ベッドから降りて彼女へ抱きついた。


「雪緒ちゃん、……まだ痛いよ」

「こーら、雪緒。理恵困ってるわよー」


 ビービー泣かれつつ雪緒にしがみつかれる蜂須賀は、困り半分嬉(うれ)しさ半分、といった様子で、微笑ましげに娘を注意する美雪を見て(ほほ)を緩ませていた。

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