マスターは天才
マイコプラズマも少し治ってきました。
最近はとても寒いので体調には気をつけてくださいね。
「何を言っているんだ?ファゾラ」
「ランコ.....それは」
レイミーが鋭い瞳でランコを見た。
僕は、ランコの言いたいことがわかるから辛かった。
「ランコ.....」
フムがピクリと反応した。
「お姉様の言いたいこともわかるし、私もフムちゃんには、助かって欲しいと思うよ」
迷ったような、切ない表情を浮かべ、ランコは俯いて拳を握った。
「でも、この子が消えちゃうってことでしょう?」
ランコは涙を流しながら僕達を見た。
そうだ。その通りだ。そういうことだ。
僕は、フムを助ける代わりにあーちゃんを消す、いや綺麗な言い方はしない。
殺すのだ。
「あーちゃんの脳のデータを別に移すことはできるが、するとあーちゃんの体はなくなるわけだ。つまり、このコンピューターの中で生き続けることになるがな」
レイミーは眉間を抑えながら俯いた。
「だがこのコンピューターも壊してしまうらしいからなぁ...」
チラリと僕を見た。
いや僕はあれは仕方ないと思って!フムの脳のデータを取り戻す為というか...根に持ってるなぁ...。
コンピューターの中のフムはじっと僕達の会話を聞いていた。
だが、耐えかねたように口を開いた。
「ランコは、優しいね」
フムは、ランコをしっかりと見据えた。
ランコは、フムの目の前であーちゃんを殺せないと言ったのだ。
それは同時にフムの体と脳の融合ができなくなるのを意味する。
「フムは、もう絶対マスターと会えないと思ってた。体と脳が別れちゃった時、絶対もうマスターにもランコにも会えないと思ってた。でも、会えた」
目を閉じてフムは語り出した。
「ランコ、貴方はもしゃもしゃメガネ女じゃなかったのね。にわかには信じられないけど思った通り可愛い女の子だったのね。きっともっとお互い知らない事があると思う。フムはマスターともランコとももっと仲良くなりたい。もっと話したい」
フムは、真っ直ぐランコを見据えた。
「だからフムは元に戻りたい。一緒にいたい。あーちゃん....フムの今の体にいる女の子は、ランコのお友達になったのね。彼女もフムの一部として、融合できないの?」
フムはレイミーを見た。
「えっと....それはつまり、フムちゃんとフムちゃんの体が融合するときにあーちゃんが自然に消えてしまわないように別々で融合できないかという事を言っているのかな」
レイミーが困った顔でフムを見る。
「奇跡でも起きない限り無理だと思うね。フムちゃんが入ったら自然とあーちゃんのデータに上書きされるものだから...」
伏せ目がちでレイミーは言う。
上書き、と言うことはつまり、フムが自身の体に融合したら自然とあーちゃんは消えてしまうということか。
ふむ...二人が同時に助かるのは無理なのだろうか。
「フムちゃんがまあ言うなればデータの海に沈んでいくあーちゃんの代わりにフムちゃんが海からぐんぐん激流で地上へと出て行くようなもの。二人とも地上に出るには沈んだあーちゃんを...」
「.....そう、ゼロじゃないのね。じゃあ大丈夫よ」
フムが、レイミーの言葉を遮り画面の向こうで少し微笑んだ。
「フムは天才発明家アーサー、マスターの作ったロボットなんだから」
自信満々にそういうのだった。
フムは僕の誇りだ。
本当にそう思う。
「あーちゃん、大丈夫よ。あなたは消さない」
フムは、あーちゃんを見据えてはっきりと言った。
あーちゃんは、無表情だが不安そうにランコとフムを交互に見る。
「大丈夫よ。絶対、大丈夫よ。私の友達が大丈夫だって、言ってるんだから」
先程まで泣いていたランコがあーちゃんに向かって微笑んだ。
「そうか....まぁ、もし奇跡が起きなければそこの天才発明家様に泣きついてくれ.....なんてな。ボクも自慢じゃないが天才発明家一家イアンビリー家のコンピューターや機械のプログラムに関しては類を見ない天才と言われてるからな。何とか激流を最小限抑えることくらいはやってみよう」
ペロリと舌を出してカタカタとまたキーボードを叩くレイミー。
僕はレイミーを信じているし、フムも、ランコもあーちゃんもきっと皆が幸せになれるような結果になれると信じている。
フムがいつも僕を信じてくれたように。
僕が信じなくてどうするんだ。
「あーちゃんを長テーブルに寝かせてくれ」
レイミーがモニターを見ながら言う。
フムのいる画面の中で物凄い勢いでロッカーのようなものが出来上がっていく。
「これは、何?」
フムがロッカーのようなものの周りをぐるぐる回りながら首を傾げた。
「あぁ、転送装置さ。この装置にフムちゃんが入って、そこから体に脳のデータを送るのさ」
僕とランコは端っこの方で布がかけてあった長テーブルをよいしょよいしょと運んだ。
あーちゃんも運ぶのを手伝ってくれた。
「ここでいいのか?」
「あぁ、そこにあーちゃんを寝かせてくれ」
「次はどうしたらいい?」
次の指示をもらおうと声をかけるとぴたりとレイミーの動きが止まった。
「ど、どうしたんだ?」
「あーちゃんとフムちゃんを繋げる機械がいる。あのハゲが前に研究していた時にボクに見せてきたんだ。趣味の悪いヘルメットみたいな......クソ、多分あの死体の山の方にある」
レイミーが頭を抱えた。
「僕が行こう。すぐ取ってくるよ」
「死体の山?...何があったの?マスター」
フムが反応し聞いてくるが、説明している暇はないし、僕もあまり説明するのに気が進まなかった。
「また今度、話すから大丈夫だ」
にっこり笑って死体の山の方へと向かったが、後ろから足音が聞こえた。
「私も行く」
ランコが勇ましい様子ついてきた。
「趣味の悪いヘルメットがあるからすぐわかるよ」
後ろでレイミーの声がした。
僕は足早にあの血塗られた部屋へと向かった。
「ランコはここにいなよ」
「だめよ。あの死体の山を見て腰を抜かしていたくせに」
「腰を抜かしてないよ!」
ランコはいつも僕が不安な時や困った時はついてきて助けてくれる。
僕は本当にいい友達を持ったな....男としては少し情けないが。
扉を開けると凄惨な光景が蘇った。
「クソ.....どこだよ。変なヘルメット」
ただでさえ血や死体で具合が悪くなりそうなのに....こんな部屋に長い時間いたら僕はどうにかなってしまう。
「あった。きっとこれだわ!」
ランコが手にしたのは、まさしくと言う感じの黒い鉄の塊。ピンクと紫のピカピカ点滅したヘルメットだった。
「でもこれ......」
そう、これなんかピカピカ点滅が凄い速さでピカピカピカピカしてるんだけどもしかして......。
「壊れてるね....これ」
案の定持って行ったらレイミーがヘルメットをいろんな方向から眺めて言った。
「使えないのか?」
「うーん、あの大量殺人があった時に下手すると多分どこかに落としたのか、この部分ちょっとかけてるし...」
レイミーが欠けた部分を撫でるとプシュウという音がして少し煙が出た。
「どうしよう、最悪だよ」
レイミーががくりと肩を落とし、頭をかいた。
「これって、直せたりしないの?」
僕は、レイミーの手からヘルメットを取り上げいろんな方向から眺めた。
「直すって....どんなものかどんな風にできてるかもわかんないのに、短時間で直すなんてできないよ....それに一時的にフムちゃんの体を再生させたけどもう再生できるかわからないし....これからは消えて行く一方になってしまう」
「やってみないとわからないだろ」
コンピューターの置いてない資料の山の乗ったテーブルの資料の山をどかし、ヘルメットそっと置いた。
「アーサー、工具持ってきたよ」
ランコが血が飛んでいる工具と、手袋を持ってきた。
「ありがとう」
手袋をキュッとはめ、工具の中に入っているドライバーを右手でくるくる弄び、僕はレイミーを振り返った。
「大丈夫だよ。僕はあのフムを作った天才発明家アーサーだぞ。こんな機械を治すなんて造作もない」
「手伝うわ。アーサー」
ランコが僕の隣で微笑んだ。
皆フムの為に、僕の為に戦ってくれた。助けてくれた。
今度は僕が戦う番だ!
今回も読んでくださりありがとうございます。
この主人公格好いいところがほぼなかったですよね、ほぼヒロインに助けられて生きてきたので。彼の今後の活躍に期待ですね




