閑話5:キラキラの裏側4
七月の最初の夜。
今日も一人、教室に残っている。
窓の外から、虫の声が聞こえた。
チィー、と細く。
遠くで、カエルも鳴いている。
以前なら、少し身構えていたかもしれない。
でも今は、ただ聞こえている。
そろそろ日記を書こうか。
カバンから日記を取り出す。
今日のことを書こうとして、少し止まってしまった。
……書くべきことが、多い気がした。
吉野さんとの、今日の会話を思い出す。
「続けよう」という言葉に、迷いはなかった。
その事実を書けばいいのに、まだペンが進まない。
書き始める前に、最近の日記を読み返した方がいい気がする。
少し前のページに戻る。
6/23のページを開いた。
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6/23(火)晴れ
席替えがあった。
教室全体が、少し浮かれた様子だった。
僕も、多少なりとも浮かれていたことだろう。
吉野さんがくじを引く瞬間を、見ていた。
特に意識したわけではない。
気づいたら、目で追っていた。
吉野さんは、わかりやすい。
くじを開いた瞬間の顔が、そのまま出ていた。
どうやら、気に入った席だったらしい。
自分の席が、吉野さんの真ん前になった。
嬉しかった、という言葉が適切だろうか。
僕らは秘密の修業仲間だけど、クラスメイトとして自然に話せる距離にいることができるから。
……だから、嬉しかった、で合っていると思う。
そんな思いから、少し吉野さんをからかってしまった。
恥ずかしそうに、吉野さんは顔を真っ赤にしていた。
やはり、吉野さんはからかい甲斐がある。
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(……「吉野さんはわかりやすい」と書いておいて、自分のことはどうなんだろう。顔に出ていなかっただろうか)
次のページをめくる。
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6/25(木)雨
吉野さんの家に行った。
女の子の家に上がるのは、初めてだった。
緊張していた。
顔には出なかったと思う。
……たぶん。
吉野さんの部屋は、想像とは少し違った。
いわゆる女の子らしい部屋、という感じではなかった。
でも、スケッチブックや絵の具や写真集が並んでいて、センスがよかった。
吉野さんらしい部屋だった。
暗闇の修業は、うまくいった気がする。
吉野さんがいるから、だと思う。
本人にも、そう伝えた。
……嘘ではなかった。
アロマの香りと、炎の光で、暗闇の怖さは思ったよりも和らいだ。
ただ、別の緊張があった。
吉野さんが、すぐ近くにいた。
手を伸ばせば、届く距離に。
雑念を払うのに、少し時間がかかった。
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(……「手を伸ばせば、届く距離に」という一文は、書かなくてもよかったかもしれない)
次のページを開いた。
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6/26(金)曇り
吉野さんの絵を、廊下で見た。
美術部の作品展示の時期らしく、廊下の壁に一枚ずつ貼り出されていた。
吉野さんの絵の前で、気づいたら立ち止まっていた。
梅雨をテーマにした水彩画だった。
アジサイが描かれていて、その花がどこか光を放っているように見えた。
葉の裏に、逆さに留まった蝶々が一匹いた。
雨宿りをしているらしかった。
雨の中なのに、明るい絵だった。
吉野さんが来て、絵の解説をしてくれた。
アジサイの光のこと。
葉の裏の蝶々のこと。
話しながら、吉野さんは少し嬉しそうだった。
修業の成果かな、と聞いた。
吉野さんが、「白石くんのおかげだよ」と言った。
しばらく、何も言えなかった。
修業に付き合わせてしまっていることへの、申し訳なさがあったから。
それが、少し和らいだ気がした。
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(……「申し訳なさが和らいだ」と書いた。本当にそれだけだったか。……まあ、それだけではなかったかもしれない。でも、それ以上は書けなかった)
ページをめくる。
少し、窓の外を見た。
虫の声が、まだ聞こえていた。
日記に視線を戻す。
最後のページまで来ていたようだった。
今日の分を書くとしようか。
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7/1(水)晴れ
驚かしの修業を試みた。
吉野さんが驚かし役、僕が驚かされ役をやってみた。
予告されて驚かされるというのは、なかなか難しい。
吉野さんが、これから驚かすぞ、という雰囲気を漂わせているのがバレバレだった。
いざ、「わっ!」と吉野さんが目の前に現れたときは、思わず「かわいい」と言ってしまいそうになった。
……あれだ。
子猫が人を驚かそうとして、わっと出てきたのと同じ感想だ。
断じて。
少し気が早いが、夏休みの修業について、吉野さんと話した。
「続けよう」と言った。
迷わなかった。
図書館、公園、虫が少ない場所、と条件を挙げた。
吉野さんに「それ修業と矛盾してない?」と言われた。
「段階的に、でしょ」と返した。
吉野さんが笑った。
夏休みも修業を続ける。
吉野さんと一緒にいられる時間が――
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ペンが、止まった。
続きが、書けなかった。
書けなかったのではなく、書かなかった。
……どちらが正確かは、よくわからない。
日記を閉じる。
パタン。
カバンからシールを取り出す。
いくつか並んでいる中から、ビックリマークの形をしたシールを選んで、表紙に貼る。
蛍光灯の光を受けて、シールがきらっと光った。
ふと、スマホがメッセージを受信したことを知らせてくる。
日向からだった。
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少し早いが、来月花火大会あるんだけど
一緒に行かないか
バスケ部の面子と一緒だ
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花火大会。
あまり得意ではない方だ。
でも、日向たちと行くなら、まあいいか。
「行く」と返信する。
花火大会。
吉野さんは、行くのかな、とは思わなかった。
……思わなかった。
窓の外で、虫の声が聞こえる。
チィー、と細く。
遠くで、カエルも鳴いている。
夏が、始まっていた。
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